妖逆門 小説

□どっちがいい?
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ある寒い冬の日の会話。

宿の窓辺に寄り掛かり、気温と室温の差によって窓ガラスに生じた曇りに、暇つぶしだろうか、指で適当な形を描いて水滴を滴らせる不壊に、三志郎はふと声を掛ける。


「なーフエ、イチゴとメロン、どっちがいい?」


ガラスをなぞる不壊の指がピタリと止まる。

「…あ?何だ唐突に…」
「だから、イチゴがいいか?メロンがいいか?って聞いてるんだって」


…なんのことやら…?
冗談抜きに疑問符を浮かべる不壊。そしてその末に導きだした答えらしき内容に、まさかな…とは思いつつも、念のため訊き返してみる。

「現物がここにある、のか?」
「えっ、まさかぁ」
「だよな…」
「え、フエ、食べたかったのか?」
「いや、別にそういった意味で言ったわけじゃねぇけどよ…」


…?じゃあ…。

「さっきのは何なんだ…?」
「さっきのって?」
「何をどっちにするかって訳の分からねぇ質問だ」
「ああ、それか!そうだったそうだった!で、フエはどっちが食べたい?」
「今は俺が訊いてんだよっ、にぃちゃん。苺と何とかの『何』なんだ」


キョトンとした顔を見せたのちにハッとし、あぁ、それな!と手のひらをポンと打つと、三志郎は奥の部屋へと戻っていった。少ししてから何やらガサゴソとビニールの擦れる音が響き、すぐにそれが止んだと思ったら、また三志郎はひょこっと不壊の前に姿を現した。

「これとこれ。どっちがいい?」


三志郎の手にはそれぞれ、赤と緑の中瓶があった。ラベルには…

『イチゴ』
『メロン』


「…?」

一瞬それが何なのか判断に困った不壊であったが、少ししてから理解したらしい、しかめていた眉を緩めた。


「確かあの時、欲しいってにぃちゃんが駄々捏ねてた…」
「覚えてたんだ!そうっ、かき氷シロップだよ。フエはイチゴとメロン、どっちにする?」

三志郎が両手を軽く振る度に、瓶の中のシロップがとぷん、と小さな音を立てる。

数日前、ふらりと立ち寄ったスーパーの食品棚の一角でこれらを見つけた三志郎は、「冬にかき氷っていうのもいいなぁ」から始まって、欲しいですオーラを自分に見せ付けていた記憶が、不壊の頭の片隅から出てきた。もっともその場は不壊の「馬鹿言うな」の一言で三志郎をそこから引き離したのだが。

「あれから買っちゃったんだ♪」

あぁ、このことか…と納得した不壊だったが、また新たな疑問が湧く。


「今食うのか?かき氷…」
「うん」
「…外見てみろ、にぃちゃん」

呆れた声で促され、何の疑問も無いような顔で窓の外を向く三志郎。
先刻まで不壊が指で窓の露を拭った部分から見える外は一面――昨夜に降り積もった、白雪の広がる世界。

「雪が降るほど寒いのに、かき氷なんか食う馬鹿があるか」


しかしそう言ったところで、「そうだよな」と簡単に引き下がらないのが三志郎だ。


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