妖逆門 小説

□泪
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『なぁフエ、フエって泣かないのか?』





そんなことを訊かれたのは、いつだったか…。













――個魔空間の端…。どこを見るでもなく、そこに立ちすくんでいる男が1人。黒ずくめの男。
その男の後ろ、そんなに距離を置かない場所に、男がもう1人静かに現れた。シルクハットの、整えた身なり。


「不壊…まだこうしているのかい…?」


声を掛けられても、男は身動き1つ取る気配がない。シルクハットの男は目を細めて静かなため息をつき、また口を開く。


「不壊、気持ちは痛いほど分かる。私だってとてもつらい。心に大きな闇が出来てしまったようだ。だが…」


そう言いかけてシルクハットの男は口を閉ざしてしまった。目を伏せると、男は静かにその場から溶けるように消えていった。
残された男はゆっくりとそっちを向き、それからまた戻った。







――妖逆門が終わった。


個魔達は、自分のぷれい屋と別れた。


この男は、自分のぷれい屋と最後に別れた個魔であった。つまりこの男のぷれい屋は優勝したのだ。

しかし、一番嬉しい立場にあるはずの男を支配しているものは、ただ…。





――男はうつろな眼差しで虚空を見上げた。




“泣かないのか?”


「……」



『あ?何でそんなこと訊くんだ、にぃちゃん?』
『だってフエって全然泣かなそうなんだもん。泣くことってあるのか?』
『あるね。にぃちゃんがげぇむに負けたとき、しょうもない失敗をしたとき、手に負えない行動をしたとき…』
『馬鹿にするな!からかうなよフエ!』
『悪い悪い。だがにぃちゃん、俺は泣いたことなんて無い。他の奴らが思うほど、悲しいときなんて滅多に無いもんだ』
『…じゃあフエ、オレとさよならしなきゃならないときも泣かないのか?』
『…多分な』


そっか、と寂しげに聞こえた声を、忘れない…。





男は目を閉じた。
瞳の奥では、赤い帽子の少年が元気に駆け回り、自分の方を向き、怒って、しょげて、強がって、笑って…。あの笑顔、太陽のようだった…。



だが今は手を伸ばしても、もうあの少年を抱きすくめることは出来ない。
からかって怒らせることも出来ない。
頭を撫でてやることも出来ない。





「…にぃちゃん…」



男が呟いた途端、つ…と頬を伝った、泪。
泣くことの無かった男が零した泪は次々に溢れ、落ちていく。


「っ……く…」





初めての悲しみは あまりにも大きくて
躯が裂けてしまいそう



せき止めていたダムが陥落するように、男はくずおれて哭き始めた。
それほどあの少年は、男の中で輝いていたのだ。




「にぃちゃん…っ」



“フエ〜!”





悲しみに耽って哭き続ける男の頭の中で、少年の声はいつまでもこだましていた。


しかしもうその声は、ただ男の心を悲しみに埋めるだけ…。



<おわり>

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