銀魂短編

□甘味は愛情
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銀時が眠りから浮上した。

ふと気が付けば毛布が自身の身体を包んでいる。
新八が掛けてくれたのだと、まだボンヤリする彼の頭でもすぐに理解が及んだ。
あの子が気遣ってくれた事が嬉しいし、自分の体温で温まったこの毛布の中は極楽である。
銀時は身も心も温かいこの状態でもう一眠りするべく目を瞑ろうとした。

ところが、部屋の中へは何やら甘い匂いが漂っている。
甘いものには目のない銀時だ、一度この匂いに気付いてしまえば大人しく寝直す事なんて出来る筈もない。
頭を一気に覚醒させて、毛布ごとガバリと起き上がった。



「あ、銀さん。お昼寝はもういいんですか?」
「うん、もう目ェ覚めた。
 で、それ何?何作ってんの??」

匂いを辿って台所へと入って来た銀時。
その身にはまだ毛布を纏っている。

新八が何を作っているのかが気になって、彼の背後からオーブンの中を覗いた。

「クッキーじゃん」
「もうすぐ出来上がりますよ」
「これはアレか?
 新八クンからのバレンタイン的な?」
「そうですよ。
 ・・・今年は予算の都合上、これが精一杯なんです」

チョコじゃなくてごめんなさいと、困ったように眉尻を下げる新八。
今ある物で解決する作戦自体は順調だが、肝心の銀時の反応は如何程か。
いざ本人を目の前にすると、やはりこんなものでは彼は不満かもしれないと、新八は自信が無くなってきた。
今年も何日も前から今日を楽しみにしていた銀時。
彼がガッカリしてしまうのが悲しくて、新八はすっかり下を向いてしまった。


しかしそんな事は新八の思い過ごしである。
何せ、相手はこの世のありとあらゆる甘味をこよなく愛する銀時だ。
彼は「バレンタインと言えばチョコレート」という固定観念には捉われていない。
チョコだろうとクッキーだろうと、新八がこうして気持ちを込めて甘味を作ってくれたと言うのだから文句のつけようも無い。

寧ろ、新八の手作りの甘味なんて年に一度も無いぐらいの超レアなもの。
オーブンの中のそれは、市販のチョコよりもよっぽど価値がある代物なのだ。
反対に、これを喜ぶなと言う方が不可能である。
そういう訳で銀時は内心とても浮かれている。



「・・・毛布、サンキューな」
「ふふ、どういたしまして」

一緒に焼き上がりを待つ間、纏う毛布の中へ新八も包み込んで抱き締めた。
ここに暖房が無い所為で新八の身体は冷えている。
すっかり冷たくなった新八を更に労うように、銀時は彼の額や唇を沢山啄ばんだ。


オーブンに表示されている残り時間は3分。
早く焼き上げろと銀時が機械を急かすので、新八が吹き出した。
銀時のこの反応を見る限り、どうやら自作の簡素な甘味でも喜んでくれているらしいと分かる。
自分の心配が杞憂でよかったと新八はホッと小さく胸を撫で下ろした。

温かい毛布に、温かい銀時の腕の中。
甘い香りで満たされたこの空間で受ける、擽ったい程に柔らかい口付け。

オーブンが焼き上がりを知らせるまで、新八は夢中で幸せに浸った。


+++

「ふふ、おやつですよ」
「待ってましたよォ新八クン」

新八が持って来た皿の上には、勿論出来たばかりのクッキー。
様々な型をしたそれらは、素朴だが手作りならではの温かみがある。

実は先程、焼きたてを一つつまみ食いしようと目論んでいた銀時だが、粗方冷めるまではお預けだと新八に手を叩かれてしまった。
なので皿が目の前に置かれた瞬間、今度こそと一つつまんで味見をする。

「おぉ、ちゃんと甘ぇ。ひょっとしたら砂糖入ってねぇんじゃねぇかと思ってたけど」
「折角のバレンタインですからね。今日ぐらいは糖の制限は無しです」
「んー、美味ぇ美味ぇ」
「ふふ、よかったです」

料理は愛情だとよく言われるが、それは甘味だって同じ事。
優しい新八の作ったクッキーはやっぱり優しい味がして、大変に美味である。
もっと食べたい、いくらでも食べたいと、銀時はいつにも増して貪欲だ。

自らの作った甘味を頬張る銀時がこんなにも満足気な表情を見せるので、新八もとても嬉しい。
彼も頬を綻ばせて、銀時の隣へ腰を下ろした。



「ココアもいれましたよ」
「おー、いいねェ」
「でしょ?」

ご機嫌で一つ、また一つとクッキーをつまむ銀時へ差し出されたマグカップ。
中の飲み物がホカホカと湯気を立てている。
カップをゆっくり傾けてそれを口へ含めば、クッキーとはまた別の甘さにほっこりする。


今非常に家計が苦しい事は、銀時にも分かっている。
(その責任は経営者たる彼にあるのだが。)
それなのに新八は、こうして自分の為にと何とか甘味を用意してくれたのだ。
その気持ちの、何と有難く温かい事か。


銀時がふと隣へ目を向ければ、両手でカップを持ってふぅふぅとココアを冷ます新八。
何だかあどけない彼の、その丸い頭をそっと撫でてやった。


二人でココアを飲みつつ手作りの甘味を頬張る。
甘くて幸せなこの団欒のおかげで両者の心はとても温かい。
頭を撫でられた新八は、ニッコリと銀時へ微笑みかけてこくりとまた一口ココアを飲んだ。




「ごっそーさん」
「お粗末様でした」

沢山あったクッキーはすっかり二人で食べつくした。
・・・否、九割を銀時が食した。
カップの中のココアも全て飲み干し、今年のバレンタインも存分に満喫した彼ら。

「あー満足満足。
 美味かったぜ、ぱっつぁんのお手製クッキー」
「えへへ。そう言ってもらえるのが何より嬉しいです」
「お前ェ殆ど食わなかったけど、よかったの?」
「えぇ。銀さんが喜んでくれたから、僕はそれで十分です」
「ふぅん?」

そう言ってまたふわふわと笑う新八。

銀時は新八の纏うこの温かい雰囲気が大好きだ。
自分だけに向けられたこの柔らかい癒しを十二分に堪能すべく、彼をまた自らの腕の中へ引き込んだ。

「さーて。来月のお返しは何がいいかねェ?」
「ふふふ」

銀時に抱きすくめられて新八はニコニコと楽しそうだ。

見上げる新八の丸い頬へ大きな手が触れる。
撫でたりふにふにと摘まんでみたり、滑らかな感触を銀時もおおいに楽しんでいるらしい。


暫く銀時の好きなようにさせていた新八がそっと顎を上げた。
彼のその仕草はキスをねだるものだと、銀時はよくよく知っている。
その望み通り唇同士を合わせてやれば、彼は頬を僅かに上気させてはにかんだ。



「新八ィ。・・・ありがと」
「どういたしまして、銀さん」

甘味を有難う。
温かい気持ちを有難う。

突然ボソリと呟いた銀時の一言にはそんな感情が詰まっている。

だがマダオな銀時にとって、感謝の気持ちを言葉にするというのはとてもハードルの高い事である。
慣れない事をして照れた彼は顔を赤らめて明後日の方を向いた。


しかし銀時の気持ちも心境も、新八には全てお見通し。
その証拠に新八が浮かべる笑みが本日の中で一番輝いている。



こんな様子の銀時と新八、両者は今とても良い気分だ。


END
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