銀魂短編

□鬼よりも福
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恵方巻きを食べ終えた一同。
後片付けがあるからと新八とお妙の二人は台所へ篭っている。

片や、勝手知ったるこの家の居間にてゴロゴロと横になる銀時。
程よい満腹感を抱えてコタツで寛ぐのは何と至福なのだろう。
そして、テレビの目の前に三角座りで噛り付く神楽。
適当につけたテレビが丁度「ご当地恵方巻き」なるものを紹介しているのだ。

「最近は地球以外でも恵方巻きなんて食べるアルな〜」
「へェー。そりゃァ恵方巻き業界もさぞウハウハだろうよ」
「そんな業界初めて聞いたネ」
「そりゃそうだろ。んなもんある訳無ぇんだから」

やる気の無い銀時の返答。
しかし神楽もそんな事はどうでもいいようで、ふぅーんと気の無い返事をしただけだ。

テレビ画面の中には相変わらず色んな地方の色んな恵方巻きが映る。
これは良さそうだと思うものから奇想天外なものまで、実に様々。
それらについては二人は何も言わずにボンヤリ眺めた。

「ま、何だかんだ言っても普通のが一番だねェ俺ァ」
「そうアルな。私もチャラい寿司には興味無いネ」
「結局のところ、あの地味〜な寿司が一番落ち着くんだよ」
「見た目も味も毎年地味なあれアルな」
「地味で悪かったなっ!」

スパンと開いた障子の先で新八が二人を見下ろしている。
そして彼は、まったくもうと小さな溜息を吐いた。


そんな新八、何かを持って来た。

空の枡と、豆が入った袋。
彼もコタツへ入ってきて枡の中へサラサラと豆をあける。

食べ物があると分かるや否や神楽がさっさとテレビから離れて興味津々で手元を覗きにきた。

そしてまるで当然とでも言いたげに枡に盛られた豆をポリポリとつまみ食いする。
一口につき一粒だったのが二粒三粒と増えきたので新八が嗜めているところ、お妙も遅れて部屋へ入って来た。

「豆撒きをしましょうか」
「ヨシきたネ!鬼を退治したくて私の右手が疼いてたまらないアル!」

豆の入った枡を一つ持って勢い良く立ち上がった神楽。
その中の豆をまた幾つか口の中へ放り込んだ。


「鬼は誰がやりますか?ジャンケンします?」

新八の何気無い問い掛け。
しかしお妙の目がキラリと光ると同時に、銀時の背筋がゾクリと震えた。
突然の第六感の異変に、銀時がキョロキョロと辺りを見回した。

「新ちゃん?鬼ならそこに居るじゃないの」
「え、銀さんですか?銀さん、いいですか?」
「え?あ、ウン・・・」

姉に指された銀時を不思議そうに見つめる新八。
クジもジャンケンもせずに鬼役を任せてしまって、本当に良いのかと本人に尋ねた。

銀時本人も、鬼役をする事自体はまぁ良い。
しかし今は何やら嫌な予感しかしないのだ。
なので出来れば辞退したい。

それでもそれが叶わなかったのは、フフフと微笑むお妙の目が全く笑っていないからだ。
もし断ったらただじゃおかないと、彼女の背負う般若がそう告げている。
なので、銀時はぎこちなく頷くしかなかったのである。


///

「「鬼はァァァ外ォォォォォ!!!」」
「ギャァァァ!」

頭に厚紙で出来た簡素な赤鬼の面をつけられた銀時。
彼は今、お妙と神楽による猛烈な豆攻撃を全身に受けている。
バシバシと一身にそれを受けるのはいくら銀時といえども中々に辛い。

何故こんなとんでもないスピードで豆を投げつけられるのかと彼が抗議すれば、更に勢いを増した豆が飛んで来た。

「・・・テメェ、さっき新ちゃんを眺めてナニを想像してやがった?アァッ!?」
「フケツアル!インモラルネ!」

彼女らの目的。
鬼、つまりは自重が足りない銀時を懲らしめる事なのだ。
そう言われてやっと銀時もさっきの第六感の異変に合点がいく。
あのやり取りを気付かれていたのかと内心舌打ちをするが、もう遅い。

それに、銀時と言えばお妙にとっては大事な新八を取り合う天敵だ。
これを機会に彼を始末しようとしているのかもしれない。

しかしいくら理解が及んだからといってもこの攻撃は堪え難い。
銀時は堪らず居間から飛び出した。

「「待たんかいクソ天パァァァ!!!」」

お妙と神楽、見事なハモり。
目を釣り上げた彼女らは息もピッタリ合うようで、二人同時にタンッと畳を蹴って走り出した。



「はぁ・・・。まったくもう・・・」

そしてすっかり一人取り残されてしまった新八。
ポツンとその場で小さな溜息を吐いた。


完全に手持ち無沙汰になったので、新八は茶を淹れて居間のコタツへ戻ってきた。
テレビではまだ恵方巻きの紹介が続いているらしい。

喧騒の外で一人熱い茶を以てほっこり温まっているのも悪くはない。
家の彼方此方でバタバタと暴れ回る三人の気配はとても賑やかだ。
姉や同僚の女の子も同席する中での銀時の先程の悪ふざけは確かにマズイだろう。
自身の見境無さを少しは反省すべきだと、新八は一先ず制裁を二人に任せておく。



それからどのくらいの時間のんびりしていただろう。
新八の居る居間の襖が開いた。
目をやると軽く息を切らせた銀時が部屋へ入って来た。
一人で静かに茶を啜る新八を見やるなり彼は静かに歩み寄って来て隣へ腰を下ろした。

「・・・お前ェは何をのんびり茶なんて飲んでんの?」
「ふふふ、鬼退治は姉上と神楽ちゃんに任せたんですよ」
「ふぅん?」
「二人は?」
「撒いてきた」

ふわりふわりと微笑む新八。

彼の纏う空気がこんなにも温かいので、銀時もすっかり穏やかになってしまう。
新八の顎をそっと持ち上げて、唇同士を合わせた。

鬼よりもよっぽど恐ろしい二人に追われている最中だという事を、うっかり失念しそうだ。

「・・・全然反省してないなアンタ」
「このまま押し倒していい?」
「いい訳ないでしょ!
 もうっ、姉上と神楽ちゃんも居るんですよ!」
「んー」

分かっているのかいないのか、銀時の反応は曖昧だ。
また何度か新八の唇を啄ばんでニヤリと笑った。

丸くてなだらかな新八の頬を銀時の手がスルリと滑る。
彼らの間に何となく妖しい空気が漂い始めたその時、ドタドタと賑やかな足音が近付いてきた。
それからあっという間にこの部屋の襖がまたスパンと勢い良く開かれて女子二人が表れた。

「ターゲット発見アル!」
「フフフ、退治される覚悟はよろしくて?さぁ新ちゃん。そこをお退きなさい」
「そうアル新八!でなきゃそこの天パを殺れないヨ」

にじりにじりと詰め寄って来る二人。
彼女らは相変わらず般若を背負っておりとても恐ろしい。
これ以上豪速の豆を当てられてなるものかと、銀時が身を縮めて新八の影へ入り込む。

「助けて新ちゃん!新八クン!!」
「・・・これは貴方の為なのよ新ちゃん。
 貴方に寄生する不埒な鬼は、退治しなきゃならないわ」
「そうアル!お前は毎年恵方巻き食べる度に、ねっとりじっとりナニかを連想されたいアルか?
 マダオのオカズにされてもいいアルか!?」
「ちょっと!!何て事言うの神楽ちゃん!!」

神楽の少女らしからぬ発言に今度は新八が真っ青になった。
しかし当の彼女は真剣らしい。
お妙もその隣でうんうんと頷いている。

たしかに自重しない銀時にも困っていたのだが、お仕置きはもう十分だろう。
彼女らの鉄拳制裁にもそろそろ終止符を打たねば。
新八は小さく息を吐いて、極力穏やかに話す。

「・・・姉上も神楽ちゃんも。これだけやったなら気が済んだでしょ?
 もうこれ以上はダメですよ、銀さんが可哀想です」
「新八ィィィ!!」
「「チッ」」

銀時の感激の声と女子二人の舌打ちが混ざる。
兎に角これ以上彼女らを刺激するまいと、新八が眉尻を下げてふふと笑った。

結局のところ新八はいつだって銀時に甘いのだ。
仕方の無い彼を一瞥して、お妙も神楽も盛大に呆れた溜息を吐いた。

「・・・アネゴ。アネゴの前でこんな事言うのはアレだけど、新八もあんまり賢くないアル。
 って言うかアホヨ」
「・・・えぇ、ホントに。我が弟ながら嘆かわしいわ。
 こんな下品な天パ野郎の何処がいいのかしら?」

何だかもうすっかり気力を削がれてしまった彼女達。
銀時成敗に躍起になっていた数分前までの自分達を思い返すだけでも馬鹿らしい。

私達もお茶にしましょうかとお妙に微笑みかけられて神楽も素直に頷いた。


「ホントもう大好き新ちゃん!
 今晩はいつも以上に愛してやるからな!」

一方の銀時はと言うと。
新八が自分の味方をしてくれたのがよっぽど嬉しかったらしい。
般若とその舎弟の眼前だという事を忘れて新八を抱き締める。

折角新八が事態を収めたと言うのに。
この男だけはどうしようも無いのだ。

「「調子に乗るんじゃねぇぇぇ!」」

女子二人の目が再びキッと釣り上がる。
一旦戦意を喪失したとは言え、また目の前で愚行が繰り返されるというのならば話は別だ。

彼女らの放った四角い枡が二つ。
見事に当たった銀時の頭が鈍い音を立てた。
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