銀魂長編

□08
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銀時が新八へ1人での外出禁止令を出した翌日の朝。
元の身体に戻るまで送り迎えをするとの約束通り、彼は恒道館道場へ来ていた。

元々銀時は早起きが苦手だし嫌いなのだが、やろうと思えば何とかなるものだ。
新八の声に起こしてもらえないのは少し残念だが、その代わり朝一2ケツで後ろからの抱擁というご褒美があるので、まぁヨシとする。

だが今日のところはほんの少しだけ早く来てしまったようで、肝心の新八はまだ姉によってコーディネートされている最中だった。
銀時はもうすっかり勝手知ったるこの家の居間でテレビを見ながら新八の準備が整うのを待つ。
まだ少し眠気の残る身体でボンヤリとニュースを眺めていると、昨日歌舞伎町内で起こったらしい婦女暴行事件を伝える内容が流れた。

被害者の女性には心から気の毒だと思うが、それが新八でなくて本当によかったと銀時はまた胸を撫で下ろした。
昨日新八へ暴行をしようとした連中は警察に引き渡されたらしいが、それでもやはり胸糞悪い。
出来る事ならば、大事な新八に怖い思いをさせた奴らへそれなりの落とし前をつけさせてやりたい。

銀時が収まっていた怒りを再度燃やしているところ、居間の扉が開く。
すっかり可愛らしくおめかしをした新八が茶を持ってやって来た。
そして姉に仕込まれたらしい淑やかな動作で銀時の隣へ座り、ニコッと笑ってそれを差し出した。

「銀さん、お待たせしてすみません。
 万事屋へ戻る前にお茶をどうぞ」
「おぉ、サンキュー。今日の格好も中々良いじゃねぇか」
「フフフ、当然ですよ。
 元々の素材の良さと、この私のプロデュースも加わってるんですもの」

新八の淹れてくれた茶を啜っているところ、お妙も入って来た。
彼女は寄り添って座っている2人の前に腰を下ろし、銀時へ疑問を投げ掛けた。

「ところで銀さん、こんな朝から態々どうしたのかしら?
 新ちゃんの出勤も待てない程に耐え性が無いのですか?」

彼女が天敵である銀時へ向ける言葉にはいつも少々の棘がある。
一見は柔かではあるが、銀時へ向けるお妙の目は笑ってはいなかった。

そんなお妙が寄越した言葉を受けて、銀時が隣の新八を見やる。
新八は目が合った途端に気まずそうに俯いてしまった。

「・・・お妙に話してねぇのか?」
「・・・はい」

露骨に嫌味をくれてやったので、どうせまた癪に障るような返事をしてくるのだろうとお妙は思ったが予想は外れ。
2人の会話の文脈からどうやら新八に何かあったらしい事を悟ると、お妙の表情は彼を案ずるものへと一変した。

「新ちゃん?何かあったの?」
「・・・別に、大した事ではないんです。何でもありません」
「とてもそんな風には見えないわよ。
 いいから、話してごらんなさい」

姉が自分の事を心配してくれているのは有り難い。
しかし、内容が内容なだけに新八はどうしても彼女には話し辛いのだ。

「・・・あー、俺が代わりに言うわ」

新八がすっかり暗い表情で困っているのが見て取れたので、銀時は彼に代わって話す事にする。
先ずは昨日起こった忌々しい出来事について報告せねばなるまい。

「・・・昨日の出勤途中、タチの悪ィ連中共に絡まれたらしいんだ」

銀時が真面目な顔で語り出すのでお妙は大人しくそれに耳を傾けた。
彼は段々と青くなってきた新八の背中を摩りつつ、更に説明を続ける。

「んで、ひと気の無い路地裏に無理矢理引っ張り込まれそうになったんだ。
 ・・・そいつらがコイツに何をしようとしたのか、言わなくてももう大体想像がつくだろ?」
「・・・新ちゃん、本当なの?」

姉の問い掛けに新八はコクリと頷いた。

流石のお妙とて、可愛い新八がそんな目に遭わされただなんてとてもショックである。
思わず絶句するも、一番傷付いているであろう彼の手をギュッと握った。

「・・・新ちゃん、怖かったでしょう・・・?大丈夫?」
「はい。たまたま巡回中だった沖田さんが通り掛かって助けて下さったので、僕は無事でした」
「そう。貴方が無事で、本当によかった・・・」

新八本人から無事を確認しお妙も漸く胸を撫で下ろす。
そして姉が安心してくれたことに新八もホッとした。

そこで新八は銀時と姉へ向け、床に両手をついて頭を下げた。

「お2人共、心配をおかけして本当にすみませんでした」
「まぁっ、頭を上げなさい新ちゃん。悪いのは貴方じゃないわ」
「怖ぇ思いさせられたってェのに、お前が気ィ遣う必要なんて無ぇよ」

新八が恐る恐る頭を上げれば頬にお妙の柔らかい手が添えられる。
そしてそれと同時に銀時の大きな手が頭へポンと乗った。
更に目の前の2人は自分へ向けて優しく微笑んでおり、新八の目からは大粒の涙が零れ落ちた。

涙の理由は勿論昨日の出来事の恐怖の所為などではない。
こうして自分の事を本当に案じてくれた2人への感謝の気持ちの表れである。

「・・・銀さん、姉上。本当にありがとう・・・」

そう告げたきり新八の涙は暫く止まる気配を見せなかった。
2人はトントンと背中を叩いたり頬や頭を撫でたりと、泣き止むまで彼をあやし続けた。

///

「沖田さんにも、助けてもらったお礼をしなきゃ」

漸く泣き止んだ新八が小さくそう呟いた。
それについて隣の銀時が片眉を上げて訝しむ。

「そんなもん、それがアイツの仕事じゃねぇか。
 別に取り立てて礼をする必要なんざ無ぇだろ」
「そういう訳にはいきません。
 彼のおかげで僕は事無きを得られたんですから」
「・・・ホントに律儀な奴だなァお前」
「ウフフ、全ては志村家の教育の賜物ですよ」

こうして時折表れる新八の育ちの良さについて、お妙が自慢気に微笑む。

そして勘の良いお妙は、先程の2人からの報告を受けて全てを悟っていた。
銀時が今こうしてここに居る理由は、これ以上詳しく話す必要はなさそうだ。

彼女はニッコリと笑って銀時を見やった。

「・・・事情は大体分かりました。
 新ちゃんの身の安全は、銀さんにお任せします」
「姉上・・・」
「フフフ、従業員に録に給料も出せないようなロクデナシはこれぐらいして当然よ。
 普段こき使われてる分、今は散々こき使ってやりなさい」

お妙のその言葉は冗談でも何でもなく本気なのだろう。
その証拠に、再び銀時へと向けられたその笑顔はどこか冷やかである。


「ついでに言っときますけど。
 新ちゃんに無体を強いたり傷つけるような事があれば、問答無用で殺しますからね銀さん?」
「わぁってるよ。
 そんな心配しねぇでも俺達ァいつだって合意の上だし、痛がったり泣くような事もしねぇって」

銀時の際どい発言にお妙のこめかみへは大きな青筋が浮かび、背後に般若が現れる。
そして手元の薙刀を持つ手にグッと力が篭った。

「私の新ちゃんを汚さないでくださいます?
 貴方のその粗末なモノ、今すぐ去勢してやってもいいんですよ?」
「悪ィけど新八は俺の嫁なの、妻なの、女房なの。
 っつー事で今はもう俺のだから。つーか粗末じゃねぇし。なぁ、新八?」
「し、知りませんよ!変な話を振らないで下さい!」

真っ赤な顔で抗議する新八が可愛らしくて、銀時はお妙の眼前である事を早くも忘れてついニヤけてしまう。


可愛い妹についたこの悪い虫を、お妙は今度こそ容赦無く蹴り飛ばした。

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