銀魂短編

□甘味は愛情
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歌舞伎町の某所に佇むスナックお登勢の階上、万事屋銀ちゃん。

皆揃っての昼食の後、遊びに行って来ると神楽がご機嫌で玄関から飛び出した。
その元気な彼女を笑顔で見送った新八が、鼻歌交じりで食事の後片付けに取り掛かる。
そんな二人を尻目にあーあと大あくびをした銀時。
大きく伸びをしてゴロンとソファに横になった。


午後のこの場所にはいつも、夕刻までの数時間のんびりと時間が流れる。
それは、バレンタインデーたる本日も例外ではない。



片付けを終えた新八が居間へ戻ると銀時がスゥスゥと寝息を立てている。
一応この部屋のストーブは点いているが、こんな真冬にソファで転寝をしていては風邪を引いてしまう。
仕方が無いなと呟いた新八、銀時の眠りを妨げないようそっと毛布を掛けてやった。

いつもならばこんな真昼間からゴロゴロするなと小言の一つも言うところだ。
だが今の新八にとって、彼が眠っている事は好都合なのだ。


+++

砂糖とバターと卵をよく混ぜ合わせ、バニラエッセンスを数滴。
そこへふるった小麦粉も足してよく纏める。
出来たら一旦ラップで包み、冷蔵庫で休ませる。

簡単で手軽だが、これでも立派な菓子の生地だ。
一通りの工程を終えて、新八は後に出来上がるものを思い浮かべ小さく微笑んだ。


生地をねかせる間は手が空く。
新八は暖房が無く寒いこの台所を出て居間で温まる事にする。

ソファの上では銀時がまだ気持ち良さそうに眠っている。
この際じっくり寝顔でも見てやろうと新八はそっと彼に近付いた。
音を立てないように彼の目の前にゆっくり腰を降ろす。
するとそこにあるのは、何とも穏やかで危機感の無い寝顔。
侍がこんなに無防備でいいのかと新八は苦笑するが、それだけ銀時がこの場所やここに居る自分に安心をしているという証でもあるのでまぁ良しとする。

それに、こうしていると同衾の時よりもゆっくりと彼の寝顔を堪能出来て悪くない。
彼の腕に包まれて眠る時は大抵新八の方が先に寝てしまう。
銀時の体温や匂いを感じながら優しく背中をあやされて眠りに落ちるのが、新八は大好きだ。


「・・・銀さん。今バレンタインのお菓子を作ってますからね。出来たら一緒に食べましょうね」

銀時を起こさないよう新八は小さな声で囁いた。
夢の中に居る彼からの返事は当然無い。
それでも新八の表情はとても柔らかい。
眼前の銀時のフワフワの銀髪へ手を伸ばして、そっと撫でた。

まだまだ起きる気配の無い銀時。
新八はもう一つおまけにと、彼の額にちゅっと唇を落とした。




ねかせた生地は薄く伸ばして型を抜いた。
そして今、それらは天板に並べられてオーブンの中だ。


新八が作っているのは、クッキー。
特に凝ったものでもない、ごくごく普通の。

本日はバレンタインデーであるからして、本来ならばチョコレートを使った甘味を作るのが一般的だろう。
しかし家計と財布の事情により今年はチョコレートは用意出来なかった。
家賃を納めて光熱費を払うと、あとは最低限の食材と生活用品を購入するだけで精一杯なのである。

だからと言ってこの日を疎かにしては、伴侶である銀時がどんなに拗ねるかは想像に難くない。
三日は続くであろう銀時のネチネチ・ジトジトの文句や嫌味を考えただけで新八は頭が痛くなる。
また、自他共に認める甘味狂の彼。
毎年この日を楽しみにしているのを知っている手前、「今年のチョコレートは無しです」と通告するのも心が痛い。

新八はそれらを色々と考えた末、今あるもので何とかしようという結論に辿り着いた。
それが、もうすぐ焼き上がろうとしているこのクッキーなのである。

砂糖や小麦粉はいつも買い置きがある。
それに、ラッキーな事に一番値の張るバターは丁度先週買ったばかりだった。
卵かけご飯愛好者の居るこの万事屋では卵も日頃優先的に購入するし、バニラエッセンスなんて洒落たものがあったのは銀時が時々甘味作りをするおかげだ。

とにかく、これで銀時の期待を無碍にせずに済んだのだ。
新八はまたフンフンと機嫌良く鼻歌を歌いつつ、オーブンの中を覗き込んだ。
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