銀魂短編

□夢追う君へ、愛を込めて
3ページ/5ページ



あれから暫くぐっすり眠っていた新八。
居間からの賑やかな声に目が覚めた。
辺りを見回せばもうすっかり日は落ちているらしい。

身体を起こしてボンヤリ襖の向こうへ耳を傾ければ銀時や神楽に混じって姉の声もする。
寝巻きのままなのを忘れ、皆の声に釣られるようにしてゆっくり和室の扉を開いた。

開けるなり3人の視線がこちらへ一気に集中する。
それが何となく気まずくて新八が眉尻を下げると、目の前に銀時がやって来てクシャッと頭を撫でられた。

「あの、僕・・・」
「おはよーさん。そろそろ起こそうかと思ってたとこだ」

新八がふと居間を見渡すと、テーブルの上には品数豊富なおかず達。
それぞれが食欲をそそるいい匂いを放っている。

もう一度困ったようにおずおずと銀時を見上げれば、彼は苦笑いをこちらへ向けた。

「主役がそんな顔してんじゃねぇよ。
 銀さん、頑張って作ったんだぜ?」
「そうよ新ちゃん。ニッコリ笑って見せなさいな」

銀時の背後からお妙も近づいてきた。
ニッコリと笑みを浮かべるお妙の手が新八の頬をスルリと滑る。

けれども、いつもに比べてその微笑みはどこか曇っているようだ。
新八がそれを疑問に思っている時、彼女の手がそっと腕へ触れた。

「新ちゃん、怪我は大丈夫なの?」
「えぇ、大した事ないです。
 銀さんと神楽ちゃんが手当てもしてくれましたから」
「そう、よかったわ無事で。心配してたのよ?」
「ごめんなさい姉上」

漸く安堵したのか、お妙がホッと胸を撫で下ろした。
そして彼女は今度こそいつもの笑顔を浮かべて言う。

「貴方の元気が出るように、沢山卵焼きを作って来たのよ」
「え、あ・・・、ありがとうございます姉上」

姉の思い掛けない「卵焼き」の一言に新八は内心凍りついた。
恐る恐るもう一度テーブルへ目を向ければ、確かにそれはそこで禍々しいオーラを放っている。

とは言え、彼女の好意は有難く思う。
新八は少しぎこちないながらも礼を告げた。

「沢山作りましたから、銀さんと神楽ちゃんも遠慮せずに召し上がって下さいね」
「え?あ、あぁ・・・。ウン、ソノ、恐レ入リマス・・・」
「も、勿論アル!アネゴが作ってくれたネ!私、心して食べるヨ・・・!」

新八だけでなく、銀時と神楽の目もドキリと見開かれた。
そしてそれぞれ声が裏返っていたりテンションがおかしくはあるが、背中に冷や汗を流しながらも返事をした。


「それじゃあそろそろお祝いをしましょうか」
「キャッホー、私もうお腹ペコペコで餓死寸前ネ」
「えへへ、僕もお腹が空きました」

お妙の仕切りにテンション高く喜ぶ新八と神楽。
そんな子供達に、銀時もそっと笑った。


「あ、僕着替えて来ます!」

全員が席についたその時、新八が慌てた。
一応は自分の為に皆がこうして集まってくれているというのに、寝巻きのままでは失礼だ。
生真面目な彼は申し訳なさそうに立ち上がった。

「んぁ?別にいいだろそのままで。どうせ身内しか居ねぇんだし」
「そうアル。怪我人は怪我人らしく楽な格好しとけヨ」
「大体、せっかく着替えてもこの後俺が全部脱がしちまうしなァ」
「お料理が冷めないうちにいただきましょう新ちゃん。
 ・・・あと、そこの天パ野郎はぶっ殺されたいのかしら?」

銀時の余計な一言にお妙のこめかみに青筋が浮かぶも、皆が新八へ向ける言葉は温かい。
お座りなさいと姉に促されて、そして隣の銀時に手を引かれて、新八は申し訳なくも有難く従った。


全員揃っていただきますの挨拶をすれば、早速神楽の食欲が爆発する。
そんな彼女をニコニコと眺めていた新八の元へ、銀時からおかずを取り分た皿が差し出された。

「あの時も言ったけどよ。お前は軽過ぎだ、ちゃんと食え」
「わぁ、ありがとうございます。何から食べようか迷ってました」
「どれもこれも、銀さんからの愛情が篭ってんぜ?」
「えへへ、じゃあ沢山いただきますね」
「おー、そうしなさい」

自分が寝ていた間に銀時が用意してくれた沢山のおかず。
新八は受け取った皿の上からそれを一つ摘み頬張る。
忽ち笑顔を浮かべた彼に銀時もふっと笑った。

「美味い?」
「はい、すっごく!・・・普段もこうしてご飯作って下さいよ」
「それァ無理な話だなぱっつぁん。
 だって俺、お前の作る飯の方がいいんだもん」
「もう、ただめんどくさがってるだけでしょ」
「違ぇよ。本心だっつの」

若干不満そうな顔をした新八だが、ニッと笑う銀時に絆されてしまう。
まぁいいかと新八が笑ったその時、銀時の箸がずいと伸びて来た。

無言でこちらを見据える銀時へ新八が視線を寄越すも、彼はまたニヤリと笑うだけだ。
その箸先に摘ままれたおかずは、どうやら食べろという事らしい。

こういう時は諦めて彼の思惑に嵌ってやらない限り解放されないと、新八はよく理解している。
彼はおずおずと目の前のおかずを直接受け取った。

「ハーイよく出来ましたー。
 何なら今日はこうして俺が食わしてやろうか?」
「い、いえ、僕自分で食べますから大丈夫です!」
「何だよ、照れんなって」

わしわしと新八の頭を撫でる銀時。


しかし、些か調子に乗り過ぎたようだ。
銀時は目の前のお妙の射抜くような視線を一身に受ける。

「フフフ。私も食べさせてあげますね、銀さん」

そう言うや否や彼女が箸で例の卵焼きを一切れ摘まむ。
そして目にも留まらぬ早業でそれを投げた。

銀時が気づいた時にはもう口へ卵焼きが入っていた。
一瞬にして炸裂したその攻撃へ銀時の顔が見る見るうちに青ざめる。

そんな彼へ向けるお妙の笑顔も神楽のジト目も、驚く程に冷ややかだった。

///

誕生日におけるメインと言えばケーキであると言うのは、銀時の予てよりの主張だ。
今日は自分の誕生日でもないと言うのに彼は今誰よりもソワソワと落ち着きが無い。
皆で談笑を交わしながらの楽しい食事が終わるや否や、それは始まった。

お妙と新八が台所で夕食の片付けをしている最中、神楽が呆れた様子で話しかけた。

「銀ちゃん、さっきからソワソワ鬱陶しいネ。
 落ち着きが無いのは髪とムスコだけにしとくヨロシ」
「しょうがねぇだろ。髪はともかく、ムスコがヤンチャなのは新八の所為だし?
 ホント色々たまんねぇよ。もう見てるだけでムラムラするんですけど?」
「うわぁ、これ以上近くに居たらビョーキが移りそうでマジキモいアル。
 私あっちに行くネ、ついでにケーキつまみ食いしてやるアル」

ペラペラと饒舌な銀時に神楽が思い切り顔を顰めた。
このまま放っておけば更にとんでもないトークまで聞かされかねない。
三十路手前のおっさんの生々しい惚気話は絶対にごめん被ると、神楽は足早に台所へと姿を消した。


「・・・アンタ、神楽ちゃんに一体何言ったんすか?」

神楽と入れ替わりで新八が戻って来た。
どうやら彼女に仕事を取られてしまったようだ。
新八は苦笑いをしながら更に銀時へ問い掛ける。

「何かドン引きしてましたよ?」
「別に何も?アイツが俺のムスコがどうのこうの言うから、その真相を教えてやったまでだ」

彼と神楽の間にどんな会話があったのか新八には大凡の検討がついた。
深い溜息を吐いてジトリと銀時を見やる。

「・・・アンタねェ、年頃の女の子に下ネタはダメっていつも言ってんでしょうが。
 ましてやアンタのシモの話なんて可哀想にも程があります。
 神楽ちゃん、トラウマにならなきゃいいけど・・・」
「ケッ、あの耳年増なマセガキにゃァ丁度いい薬だろ。
 何なら百聞は一見に如かずっつー事で、今から目の前で実践してやるかァ?」
「あら、何を実践なさるおつもりですか?」

その時ニヤニヤとどこまでも下品な彼の髪が背後より引っ張り上げられた。

般若を背負うお妙の手が、天然の銀色パーマネントを容赦無く毟らんとする。
身体が浮き上がりそうな程強烈な引きに銀時の悲鳴が上がった。
ギリギリと蓄積する頭皮のダメージに、彼は再び青ざめる。

「新八ィ、心配はいらないネ。
 さっきのは脳が拒絶したらしくてあんまり覚えてないアル」
「そっか、それならよかったよ」
「2人共、またセクハラされるような事があれば思い切り玉を蹴り上げて潰してやりなさい」
「任せてよアネゴ!ご自慢のムスコ諸共、闇へ葬り去ってやるアル!」
「あ、あはは・・・」

他の身内もいる中で際どい言動を繰り返す銀時は、確かに悪いとは新八も思う。
だがそれにしても急所を潰すとは恐ろしい。
うっかりとその光景を想像してしまい戦慄した新八は、冷や汗と共に目を泳がせた。



「わぁ、美味しそう!」

一悶着の後漸く出てきたホールケーキ。
銀時だけでなく、新八まで浮かれ出した。

「私が選んできたアル、心して食べるヨロシ」

彼女はどこか誇らしげに胸を張った
今聞くところによると、昼間の彼女の外出はこれを調達する為だったらしい。
綺麗な外観を保ったままのそれからは、道中の彼女の扱いが非常に丁寧だった事が窺える。

「ホントは俺が作るつもりだったんだぜ?
 なのに仕事のせいで予定が狂った」
「ふふっ、でもご飯作ってくれたじゃないですか。
 僕はもう十分嬉しいですよ」


切り分けられたケーキが各々の目の前へ配られる。
皆で2度目のいただきますの挨拶をし、甘いデザートにそれぞれ顔を綻ばせた。


そして大きなホールケーキはあっという間に姿を消した。

その後も暫く団欒の時を過ごし、夜も更けてきたところで今日の席はお開きとなった。



「仕方がないから今日はお前らに気を遣ってやるアル」

お妙の帰り仕度に合わせて神楽が席を立った。
突然の申し出に新八は驚いたが、銀時は無言で彼女へグッと親指を立てた。
そんな銀時の浮かれっぷりに、神楽はやれやれとポーズを取って彼を鼻で笑った。



「それじゃあ神楽ちゃんは私が連れて帰りますけど。
 ・・・銀さん、分かってますよね?」

玄関にて女性陣を見送る際、銀時へお妙から釘が刺さった。
それはあまり調子に乗るなと言う彼女からの警告なのだ。
その証拠に彼女の目は全く笑っておらず真剣だ。

それに引き換え、神楽にはもうすっかり耐性がついているようだ。
銀時そっくりなニヤリ顔を新八へ向け、握りこぶしの中から親指を突き出して見せた。

「新八ィ、今日は怪我してついてなかった分、今から銀ちゃんにアレコレしてしてもらって相殺しろヨ」
「か、神楽ちゃん?!」
「おー、任しとけ神楽。
 相殺どころか、バッチリプラスにしてやんぜ」

そして銀時もまた、ニヤリ顔で握りこぶしの中から親指を突き出して見せた。
こんな時ばかり息の合う2人が居た堪れず、新八は赤い顔で俯いてしまった。

「ぎ・ん・さ・ん?」
「分かってマス、絶対調子に乗りません。
 愛情と思い遣りを持って、慎重に大切にいたします」

妙に目を煌めかせてそう言い終わるや否や、銀時がグイと新八の身体を抱き寄せる。
今は目の前に女性陣が居る為すっかり油断していた新八、突然の事で驚いた。
しかしながら、不思議とそこから逃れようとは思わない。

戸惑いながらも満更ではないといった彼の様子に、お妙も神楽も呆れて大きな溜息を吐いた。


「・・・うちの道場の跡取り、楽しみにしてますからね」

あろう事か、ついにお妙までもが握りこぶしから親指を突き出した。
そして、2人へ向けてそっと微笑んだ。

「ちょっと、姉上?!」

姉の予期せぬ言動へ新八が目をまん丸にして青ざめた。
赤くなったり青くなったり、コロコロと忙しい弟へお妙はもう一度微笑みかけて頭を撫でた。


そして楽しそうに歩き出した彼女達の背中を、2人は並んで見送った。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ