NOVEL
□彼女が彼シャツに着替えたら 〜明智誠臣の場合〜
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ヒロインvision
「はぁー、やっと終わりましたね」
「そうだな、結構長引いてしまった。なんとか解決して良かった」
私と明智さんは、外回りから帰庁し、捜査室へ戻るために警視庁内の廊下を歩いていた。
「きゃぁ!」ドンッッ
そこに、いきなりの悲鳴と大きな衝撃音が聞こえた。
反射的に身体が声の方へ向く。刑事の習性だ。
何が起きたのかと思って駆けつけてみれば、
化粧室の前で、タイトスカートが捲れ下半身が露わになった状態で女性職員が倒れていた。
「どうした?」
「大丈夫ですか?」
「す、滑って・・・、イタたたっ、あっ、見ないでください〜〜〜!!」
隠そうとするが、転倒した際に怪我でもしたのか、強い痛みがあるらしく、動けないようだ。
「あ、ああ、すまん。これで隠すといい」
明智さんは、そう言って素早く自分の上着を脱いで、女性に着せ掛ける。
怪我の具合が分からない状態で、むやみに動かすのは危険だ。
「私、医務室に連絡して医療スタッフを呼びますね」
すぐに、保健師がやって来て症状を確認する。
どうやら、足首の捻挫か骨折の可能性があるようだ。
受付から車いすを持参した他のスタッフも駆けつけ、女性は医務室へ運ばれた。
「はぁ、びっくりした」
「本当だ。花柄のパンツが見えた時はどうしようかと・・・」
「え?」
「い、いや、トイレの床に水がこぼれていたんだな。些細なことでも転んで大けがをする恐れがあるという事だ。俺たちも気をつけよう」
「ですね・・・。明智さん、上着はどうします?」
女性職員と共に医務室へ持って行かれてしまったのだ。
「・・・仕方ないさ。あとで医務室へ取りに行けばいい。とりあえず、俺たちは捜査室へ戻ろう。今日の仕事を、無事に終わらせないといけないからな」
「はい」
優しい笑顔で促され、捜査室へと廊下を進んだ。
今日は金曜日。新たな事件が何も起きなければ明日は二人でお休みだ。
お仕事が終わったら、明智さんの家にお邪魔する約束をしている。
『母と姉たちを追い出すことに成功したから、泊りにこないか?
家で休日をゆっくり過ごそう』
そう誘われ、楽しみにしていたのだ。
神様は、私たち周囲の気持ちを汲んでくれたのか、その日はトラブル等の発生も無く、二人で帰路に着くことができた。
警察の仕事は、事件発生状況で休日が大きく変わる。
実際に休みが取れるかどうかは、その時にならなければ分からないのが現状だ。
おまけに、都外へ旅行するには書類申請が必要だし、今の二人の家庭状況では、『ゆっくり過ごす』こと自体が難しい。
だから、本当は『追い出した』んじゃなく、お姉さんたちが私たちに気を使ってくれたんだろう。
彼のお姉さん方は三人ともとても優しいから。
朝のうちに下ごしらえを済ませておいたからと、明智さんが手早く作ってくれた夕飯を、一緒に食べ片づけをする。
些細な時間もデートしてるみたいで、幸せだなと思う。
先にお風呂に入っていいよと言われ、ちょっぴりくすぐったい気持ちでお風呂から上がって来ると、
交代で明智さんがお風呂へ。
明智さんのお部屋で髪を乾かしながら待つ間、自然に顔に熱が集まってしまう。
化粧水でパッティングしながら、必死で顔のほてりを冷ます。
ふと、クローゼットの扉が半分ほど開いていることに気付いた。
几帳面な明智さんにしては珍しい。
閉めようと扉に近づくと、中に掛けてあるスーツが見えた。
そういえば、明智さん、今日、転んだ女性職員に自分の上着を着せ掛けてたな。
ああいうときとっさに思いやりのある行動が取れる明智さんって素敵だなと思う。
でも。
反面、思い出すとなんとなく胸がモヤモヤしてしまう。
緊急時の対応だったとはいえ、他の女性に・・・なんて。
しかも、あの女性職員の下半身・・・、すらっとしてて綺麗だったし。
明智さんにも、バッチリ見えてたはず。
あ〜、やだやだ;
そんな風に思ってしまう私って、心が狭すぎる。
自分が転んでたとしたら、居たたまれないだろうし、
上着で隠してもらえて、本当にありがたかったと思うもの。
クローゼット内のスーツの横には、
きちんとアイロンの掛かった真っ白なシャツが並んでいた。
う・・・、美しくて眩しすぎる。
私がアイロンを掛けると、なぜか変な皺ができちゃったりするんだけど、明智さんがそんな失敗するわけないよね・・・。
そっと触れてたつもりだったのに、シャツが一枚ハンガーから滑り落ちてきた。
つい引っ張ってしまったらしい。
『いけない』
手に取ると、ピシッとノリの効いた清潔感溢れる手触り。
「・・・」
はおってみてもいいかな・・・?
いいよね。
今の私、お風呂上がりだし、汚す心配はないんだから。
自問自答して、そっと腕を通す。
パジャマの上から着ても、まだ全然大きい。
指先も見えないよ。
洗いたてのシャツから、どことなく明智さんの香りがした。
うっとりとした気持ちで、ベッドにもたれ座る。
しあわせーー
私は、明智さんに包まれているような夢見心地になり、目を閉じた。
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