NOVEL

□Happy Birthday my Dear Bad Friend
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All 小野瀬vision





まだ10時か・・・。




見るとはなしに目に入ってしまったデジタル表示。


常に時間を意識して動いているから、自然と時刻が目に入ってしまう。
複数の試料を同時進行で解析していくために、瞬時の判断力は重要だ。

今日ばかりは、そんな自分の身に着いた習性が恨めしかった。



一向に進まない時間の意味を考えると嫌気がさし、俺は、独り残るラボで今日何度目かのため息をつく。


毎日、まともな時間に家へ帰ることさえできないほど忙しいはずなのに、公休日でもある今日はめずらしく静かだ。

聞こえるのは、自分の足音とオートシステムで稼働する機械の無機質な音だけ。


日頃手の回らないデータの整理や、次の学会の準備をしたり、新しい文献を読んだり・・・と、やることは山のようにあるのだが、手を付ける気になれなかった。





だが、そんなラボの静寂を破るように、いきなりノックもなしにその男は入って来た。


穂積
「よう、小野瀬。暇そうだな」


金髪碧眼の長身、不遜な態度、もしかしたら今一番会いたくない人物かもしれない。


小野瀬
「・・・こんな時間に解析依頼は、お断り」


俺は横目で睨むだけで向き合うこともせずに吐き捨てる。


穂積
「そんなんじゃねえよ」


穂積は、俺の不機嫌さを鼻で笑うと、視線をパーテションの奥に向けた。

こいつの、片方の口角を上げた表情だけで、何が言いたいのかが分かってしまう。


そこには、テーブルの上だけでは置ききれないほど、色とりどり大小さまざまなパッケージの・・・要するに俺の誕生日プレゼントがうず高く積まれてあった。


小野瀬
「依頼じゃないなら何の用だ」

穂積
「いや?てっきり、もう適当なオンナとお楽しみの最中だと思ってたんだけどな」


俺が、今日ばかりは女性と過ごさないことを知っていて、わざと煽ってくる。


小野瀬
「嫌味なヤツだな。言いたいことは明日言え。今日は何も聞きたくない」

穂積
「せっかくの誕生日を一人寂しく過ごす色男の顔を拝みに来てやったんだ、有り難く思え」

小野瀬
「・・・大きなお世話だ。どっちにしろ邪魔しに来たことには違いないだろ。ああ、案外おまえも暇なんだな」




『おまえも』と言ってしまってから、自分が暇だと暴露したことに気付いた。


だが、

穂積
「いいから付き合えよ。俺が、呑みたい気分なんだ。下で待ってるぞ」



穂積はやっぱり尊大な態度で、俺の同意を得ないままラボを出て行く。



俺は今日何度目かのため息をついた。



そして、見る気もないのに手にしていたファイルを置き、諦めてロッカールームへ向かった。








穂積
「一杯どうだと言いたいところだが、下戸は残念だな」


いつものバーで、いつものノンアルコールカクテルを手にした俺のグラスに、穂積は、自分のバーボングラスを寄せる。


マスター
「休みだっていうのに、二人とも相変わらず忙しいんだね」


マスターが、声をかけて来た。

穂積
「下っ端は辛いんですよ。どこもね」

マスター
「そろそろ二人とも下っ端なんて言ってられなくなるんじゃないの?小野瀬君、幾つになったのかな?」

小野瀬
「え・・・?今日が俺の誕生日だって、覚えててくれたんですか?」


たしか、去年は穂積がアメリカへ研修へ行ってたから、ここでいつそんな話をしたのだろうか?自分でも記憶が曖昧なのに。


マスターは、それはおごりだからね、と笑いながら次の客の所へ移って行った。



カクテルに口を付けると、酒を飲んだわけでもないのに胸の中にじんわりと熱いものが広がる。


穂積
「さすが接客業だな。マスター、侮れん」


穂積は、そんな俺を見透かすように苦笑した。


穂積
「それにしても、29歳か・・・。来年は三十路だな、俺たち」

小野瀬
「おまえのところもそろそろ本格的に始動するんじゃないのか?」

穂積
「ああ、二人は確保できた。なかなか人材を揃えるのは難しいけどな。結構面白い」



今、穂積は、緊急特命捜査室という新しいセクションを開設するための準備を任されている。
この若さでこの男は、誰よりも有望で、誰よりも多忙な毎日を送っているのだ。

穂積
「おまえがラボを任されたときは、ザマアミロと思っていたが、まさか俺にもその任が回って来るとはな」

小野瀬
「ははは、ザマアミロって、今度は俺が言ってやるよ」



他愛もない会話が、ささくれだった心を和ませる。



ふっと気をゆるませた所に、女性の声が聞こえた。


女性
「あの、ご一緒してもいいですか?」


女性二人連れが目の前に立っている。
甘い化粧と香水の匂いがして、一気に不快な気分になった。


異性に声をかけるなど、バーやクラブではよくあることだ。
ましてこの目立つ男と一緒なら、積極的な女性が寄ってくるのも不思議ではない。


いつもの俺なら歓迎するシュチュエーションだが、今日はどうしても我慢がならなかった。


返事をしようとするのに、声が出ない。
グラスを握る手に力がこもり、冷や汗が背中を伝うのが分かった。


女性の、一番見たくない姿を目の当たりにして、吐き気がしそうだ。





穂積
「あ〜ら、せっかくワタシがカレとデートしている所なのに、無粋な女ねぇ?邪魔しないでくれるかしら?」




一瞬の空白な時間を破る、穂積の黄色くつくられた声がした。


カウンターに片肘ついてもたれ、俺の手を握って、目の前の女性に冷ややかな流し目を向ける。



女性
「え・・・?えぇ??」

女性
「し、失礼しました!ほら、行こうよ」


動揺した女性二人は何やら耳打ちしながらその場を離れ、そそくさと店を出て行った。


外で何を言い合っているのか想像できて、眩暈がしてくる。


当の穂積は、しれっとした態度で酒を煽っていた。


小野瀬
「おい・・・穂積、やりすぎだろう」

穂積
「ふん、女なんか視界に入れたくもないくせに。たまには正直になれよ、マザコン野郎」


俺は返事に詰まり、視線を外した。


穂積には、俺の家族のことを話したことがあるから、気付かれているだろうとは思っていた。


なんだかんだと理由をつけて───大抵は仕事が忙しいからと、
毎年、俺が誕生日に独りで過ごしていることを。


高飛車な言い方をすれば、俺が誰かと過ごすと、その女性が特別な存在だと勘違いさせてしまうことにもなりかねない。

だけど、それが言い訳であることは、誰よりも自分が一番自覚していた。




俺を生み、俺を捨てた女性。

この世で、最も知りたくなかった、最愛の母親の女性としての姿。



要するに、俺は、29年前の今日という日に俺を生んだ女性のことを、嫌でも思い出す同じカテゴリーの存在と一緒にいたくないのだ。




優れた洞察力と、瞬時の判断力に秀でた男。穂積泪。

誰もが羨む天性の資質を備えたこの男に・・・俺は何度救われたのだろう。


そしてこれからも、きっとこんな風に、一緒に歳をとっていくのかもしれないな。
それも悪くないと思う。



小野瀬
「・・・ありがとう」


気付いたら、口にしていた。


穂積
「お、素直じゃねえか」

小野瀬
「おまえも、紅葉の精に入れあげてるロリコンだもんな」

穂積
「・・・うるせぇ」


庇ってやるんじゃなかったとふてくされる穂積の耳が、わずかに赤くなっているのがわかった。




穂積
「もうすぐ、日付が変わるな」


ああ・・・ようやく忌まわしい一日が終わる。



こんな想いが、いつかは消えていくのだろうか?


今日最後のため息をついた俺のグラスに、バーボングラスをカチンと合わせ、
穂積が、気障ったらしくウィンクを投げてよこした。




穂積
「Happy Birthday my Dear Bad Friend」




らしくもない穂積の言動に、俺たちは顔を見合わせ声を潜めて笑い合う。









笑いすぎて、涙が出そうだ。


本心から笑える誕生日が来るのは、そう遠くないかもしれない・・・そんな予感がした。





FIN.



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