読み切り
□I'll become your friend once again.
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中学3年の時、オレと俊成ともうひとり、君彦という小柄で気弱なクラスメイトもよくつるんでいた。漫画が好きで、絵が上手くて、将来は漫画家になりたいと夢を語っていた。オレや俊成が空手を始めたきっかけも大好きな漫画の影響だったから、君彦ともよく話が合った。君彦はその臆病な性格のせいで絡まれることが多かったが、ガタイのいい俊成やオレといることが増えてからはそんなこともなく、日常は平和で、楽しかった。君彦は好きな漫画を好きなだけ描いて、オレと俊成は空手でどんどん強くなっていた。
『大志は型がとても綺麗だね。スキが無くて強そうだ』
『強そうじゃなくて強いんだよ』
『ふふ、そうだった。俊成は大志に勝ったこと無いもんね』
『うるせぇ。次は俺が勝つ』
『うん。俊成の気迫は凄いから、あとは冷静さがあれば勝てるかも』
『お前はすぐ頭に血が上るからな』
『あぁ?バカにしてんのか!』
昼休みは屋上で過ごして、そんなやり取りもした。君彦の観察眼はなかなかのもので、オレや俊成だけじゃなく、他のクラスメイトのことも担任のことも、的確に分析していた。オレの冷静さと俊成の気迫と、君彦の分析力が合わされば、最強の男が出来
上がる。本当にそう思っていた。
『お前が伊佐山か』
夏休み前の学校で、いかにも不良の奴に呼び出された。面倒だからそういう奴らには関わらないようにしてたが、赤髪に鼻ピアスのそいつの口から君彦の名前を出されてそうもいかなくなった。人質のつもりだ。
校内で一番人気のない体育館裏に連れられて行くと、瞼が切れ、口端から血を流した君彦が二人掛かりで地面に押さえ付けられていた。涙でぐしゃぐしゃになった顔は砂塗れになっていて、それを見たオレは怒りで脳が沸騰しそうになったが、拳を握りしめてなんとか堪えた。
『何のつもりだ?』
オレは案内係の赤髪が耳打ちしにいったガラの悪い男に向かって言った。実物を見るのは初めてだったが、顔面に無数の傷痕があるそいつは、紛れも無く校内一の不良生徒で番長を張っている、角谷だった。
『つもりも何もねぇよ。俺はテメェが気に入らねぇから呼び出しただけだ』
『なら、そいつは関係ないだろ。放せ』
『ああ、いいぜ。コイツは十分痛め付けたからな』
角谷の指示で下っ端が突き飛ばすように君彦を解放した。よろめいた身体を抱き留めると、君彦は啜り泣きながら何回も謝っていた。
『君彦、立てるか?』
背中を撫でて落ち着かせた。ようやく身体の震えが治まった君彦が、痛々しい眼で見上げてきた。
『ここから離れられるな』
『た、大志っ…』
『行け』
オレが強い口調で言うと、君彦は肩をびくつかせた。躊躇う足取りで後退り、それでもオレが黙って見つめると、また泣きそうな顔になって振り切るように走り去っていった。足音を後ろに聞きながら、角谷たちに対峙すれば、奴らはおかしなものを見るようにニヤニヤしていた。
『伊佐山ぁ、テメェのそういうスカしたとこだよ。気に入らねぇ!』
『…やんのか?オレは強いぞ』
『へっ!あのオタク野郎もそんなこと言ってたなぁ?キモいヤツだ。次会ったら手潰してやる』
げらげらと下品な笑い声が響いたとき、オレの手の平に血が滲み、次の瞬間には近づいてきた赤髪を殴り倒していた。
そこから先は何も聞こえなかった。初めて素手で人を殴る感覚と鳩尾を蹴り上げたときの弾力、軋む拳、赤く滲んだ視界、腕が痺れるほどの衝撃。
気がついた時には、目の前に鼻血やら何やらを散らせた角谷たちが倒れていた。荒い息を落ち着かせようと深呼吸をしたが上手くいかなかった。
身体が震えていた。視界に映る凄惨な光景が自分の手によるものだという事実に、耐えられない恐怖を感じた。
血みどろの拳を見てくずおれかけたオレを、力強い腕がぐっと支えた。俊成だった。