飴乃寂


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£嵐の……£




「おかえり。どうだった?リンチャンは」


「……思ったより大丈夫そうだったな」



並盛から電車で少しの距離にある白沼町。


そこの外観が真っ白ないつもの一軒家を借りて宿泊している白蘭は、たった今ずぶ濡れで帰ってきたジンににこりと笑うと、ふーんと適当に相槌を打った。


「流石アルコバレーノに目をつけられただけはあるね」


「愛人候補としてだけどな。未だあのビアンキが襲ってこないのが不思議だが」


「ははっ。それ本気で言ってるなら、いくら君でもぶん殴るよ♪」


「…………」


「そう警戒しなくたってもちろん冗談だよ。君も分かってて言ってることくらい知ってるし。あ、タオルそこに置いといたよ」


「…………珍しく気が利くじゃねぇか、不気味だな」


「えー、ひどいなぁ」



ジンはたたきの上で雨合羽を脱ぎ、適当な所に引っかけると、玄関棚の上に置かれていたタオルを手にして白蘭のいる廊下に足をかけた。


いつものように菓子袋を持ってジンを出迎えた白蘭は、笑いながら続ける。



「僕は彼女が心を歪めて別人になってしまったら、イチノちゃんが悲しむと思って今夜わざわざ君に様子見に行かせたのに…………君だって、それを心配して気になってたんじゃないの?」


「そりゃそうだけどよ……あのままにして危なくねぇのか?早川リンもここに呼んでおいた方が、多分向こうもあいつといられて嬉しいだろうし、俺も守りやすいんだ、……」



濡れた髪をタオルで拭きながら話していたジンは、歩いてもう目の前まで近づいていた白蘭の目を見て口をつぐんだ。


意見も拒否も許さない、と目で語る冷たい双眸で、白蘭は声のトーンを低くした。



「イチノちゃんにとって彼女は大きな鍵になるだろうからね。いつ殺すか殺さないかは僕が決める。それ以上の面倒を見る気はないよ」


「……分かったからそのこえー顔やめろ。この家にも俺達以外の人間が入ることはない…………で、いいんだろ?」


「当然!それが絶対原則だからね」



語尾にハートがつきそうな勢いで言う白蘭に、ジンはこっそり溜息をつく。


この家にいるのは自分を含めると三人。


そしてこの男は返事も何もない空間で一人、とても楽しそうに喋り、とても嬉しそうに寄り添っているのだ。


手を握り、刷り込むように、解けない催眠をかけるように。



¨僕は陸だよ。僕が陸だよ¨


¨この手は陸の手。この声は陸の声¨


¨君とずっと一緒にいた陸は僕¨


¨だから安心してね。陸はずっと君の傍にいるから¨



呪いのような呪文を吐きながら、飽きもせず、一日中。



「さっきまた一つパラレルワールドが僕のものになったんだ。今回はイチノちゃんみたいに¨皆とお友達のハッピーエンド¨を目指してみたけど、結局のところ生存者が史上最低だからユルゲーになっちゃった」


「そうか」



適当に会話をしながら二人でリビングに向かい、白蘭はソファへ、ジンはオープンキッチンのカウンターに寄りかかった。



「それにしても、君から聞いたリングの時間軸……あれが本当ならボンゴレリングの力でイチノちゃんのトリップを防止できるかもしれない。あのトリップ能力は僕と同じ、横の時間軸の力だからね。マーレリングを放棄した彼女が受け取れば、確かにこの世界に留める足枷になってくれるかもしれない」


「何度も言うが確証はねーぞ。リボーンからアルコバレーノの話を聞いて色々調べてたが、お前が現れたお陰でもう調べるのは止めたんだからな」


「ふふっ、そりゃあトゥリニセッテとは全く関係ないところで目的のお面に出くわしちゃったんだから、無理もないよ」



でもさ、と白蘭はマシュマロを口に運びながらジンを見上げた。



「イチノちゃんにそっくりだった初代雪の守護者……あれについては調べてくれたの?」


「調べてねぇ。…………というか、何も手がかりがなかった」


「なかった?」


「ああ。ファミリーに入った経緯や身分も分からない。そしてある日、唐突に姿を消したらしい」


「………………ふぅん。唐突に、ね」


「というか、そういうのはお前の方が詳しいんじゃないのか?」



考え込むようにマシュマロを手で弄ぶ白蘭は、ジンを横目で見てから己の手元に目を落とす。



「仮説はあるよ。でも確証はない」


「……イチノのことになると、俺もお前も毎回これだな」


「だから好きって部分もあるんだけどね」



マシュマロを口に含み、また新しいマシュマロを唇に近づける。


眉間にシワが寄り、不機嫌なことが見てとれる。



「ねぇ、ジンくん。もし雪の守護者がマーレリングを手にしたことで姿を消したんだとしたら、彼女の行き先はどこだと思う?」


「…………は?そりゃ、別のパラレルワール、ド…………」



白蘭の問いに答えながら、ジンは頭に浮かんだ可能性にみるみる目を見開いた。


その様子に相手も自分と同じ仮説に行き当たったのだろうと、皮肉な笑みを浮かべた。


それに慌てて、ジンは身を預けていたカウンターから背を離した。



「待て!!ならイチノがいた世界まで飛んでったて事か!?じゃあ俺が陸の願いで連れてきた事はどうなる!?元々あいつらはこの世界の人間の子孫だったってことか!?」


「突拍子ない話だけど、それなら僕の嫌いな言葉に当てはまるんだよね」


「嫌いな言葉……?」



¨在るものは在るべき者のところへ行く。それだけです¨



頭に響くチェルベッロの声を消すように、乱雑に菓子袋に手を突っ込む。



「理由がどうであれ、彼女は帰るべくしてこの世界に帰ってきたんだ。全てが神様の必然だっただなんて冗談じゃない」


「…………」


「君も知ってる通り、人間を別の世界へ移動させるのは、世界が壊れるくらい大掛かりで大変だ。だけど雪の守護者がトリップした時は、どの世界も壊れることはなかった…………でなきゃ、本体が一つしかないマーレリング保持者の記録が残ってるはずないもん。雪の守護者は僕よりも遥かに強いトリップ能力を持っていたことになる」


「待て待て待て!ならリングが存在しない世界に行ったのはなんでだ!?そもそも行けることから信じらんねーのに、そのまま帰ってこない理由も……」


「だからじゃない?」


「え?」


「君もイチノちゃんを見てたら、思い当たる節があるでしょ?」


「……、……あぁ、なるほどな……」



がしがしと片手で頭をかきながら、ジンは白蘭の正面のソファにどかりと座った。


その顔は、驚きと混乱の連続で憔悴している。



「リングなんかいらなかったから、リングのない世界に行ったのか……」


「いっそ嫌うほどにね。お陰で何度も僕も拒絶されてバットエンドを迎えたよ」


「…………約百年前の雪の守護者がそれほど力を持っていたとしたら、全く制御できずに振り回されているイチノが信じらんねーな」


「彼女がいわゆる先祖帰りなら、本来衰退に向かっている能力が強大すぎるのも当然だよ。君が彼女を連れてきた事をきっかけに能力が開花したけど、その体は陸と再会するためだけの小さな器で、力が収まりきらない。だからこそ、彼女は器が壊れるまでの一定の時間しか一つの世界に留まれないんだ」


「…………それは体を俺の幻術で強化するだけじゃ、ダメなのか?」


「ふふっ、前にも言ったでしょジンくん。こういうのにその手は通じないし、僕以外の力が介入したら意味がないんだ。僕が絶対にとりたくない方法だ」


「そうか」


「まっ、雪の守護者と彼女の容姿がそっくりなのも、偶然にしちゃできすぎてるよね」


「確かにな。ボンゴレとマーレリングが密に関わりすぎてる」


「そして今の彼女の体質のお陰で、ボンゴレリングに頼りやすくなった」


「!」


「僕にしてみれば、二度とボンゴレから逃げられないようにした呪いみたいなもんだよ」



ガツッとわし掴んだ大量のマシュマロを食らい、そのまま八つ当たりするようにそれを食べ続ける。



「大空のアルコバレーノが何か知ってるかもしれないと思ったけど手応えないし、あとはボンゴレをもっと深く探るか、それこそ百年前の当事者達に聞くしか分からないかもね」


「今ならボンゴレ本部にも簡単に潜入できるだろ?リング戦のお陰でてんやわんやだしな」


「そんなのとっくに調べたよ。結果は君と同じ」


「…………ならあとは様子見ってことか」



おもむろに立ち上がったジンはキッチンに向かい、白蘭はぽつりと呟く。



「リング戦が終わるまであと五日……」



カチャン、と目の前のテーブルに置かれた紅茶を見た紫苑の瞳が、冷静さを帯びて細められる。



「ーーーーそういえば、君にまだ聞いてなかったね」


「何をだ?」


「骸くんを殺しても、君は僕に仕え続けるかだよ」


「!」


「ほら…………どうしたの?」



思わぬ問いに動揺を見せたジンだったが、迷うように視線をさ迷わせた後、ゆっくり口を開いた。



「…………イチノと六道骸は、別々に生きる方を選んだ。もし俺があいつに手を貸そうとしたところで、余計な世話だって断られるのも目に見えてる……」


「だから?」


「俺は自分から言った、イチノの面倒を最後まで見るって約束を守るだけだ」


「ふふっ。君のそういう責任感の強いとこ、僕は好きだよ」



心を見透かすような鋭い視線が和らぎ、白蘭は嬉しそうに声を上げる。



「じゃあリング戦が終わったら、後はもう僕達の番だ。今まで以上に働いてもらうよ、トリカブト」


「……ああ」




  
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