飴乃寂
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£嵐の夜に£
長い前髪で目元を隠している華奢な少年は、こう見えて巷では悪童で有名だ。
金髪で、いつも緑と黒のパンクな服装。
今日は誰にどんな悪戯をしてやろうかと悪巧む笑みに、恐れのののく者はいない。
………………否、いなかった。
少なくとも、少年が吊り上げられるまでは。
ウサギ狩り等に用いられる罠を、何故か街道のど真ん中に設置して、少年の片足を見事に縄で吊り上げた無骨な男が現れる前までは。
「……………」
「……………」
「おい、おろせよ。つか誰だよお前」
「…………」
「……、……っこっ、の……!」
流石の悪童も、いつまでも逆さまになってバンザイをしたまま揺れているわけにもいかない。
正直、この無表情で何を考えているか分からない男の素性もどうだっていい。
己を人目のつくこんな場所で晒し者にした愚か者へ、とっとと報復するのが最優先だ。
しかし男はこちらを見向きもせず、悪童を吊り上げた縄以外の、捕獲道具と思われるガラクタを手際よく片付けるだけだった。
その平静さも、己が全く相手の眼中にないことも、悪童の神経を逆撫でるには十分だった。
「ぶっこ「しょっちゅう面倒事を起こして困るから、お前を捕まえてくれと依頼があった。だから捕まえた」
プツン。
脅し文句を遮って淡々と説明し出した男に、太くない悪童の堪忍袋の緒が切れた。
全力で腹筋に力を入れ、足首にかかった縄を解こうともがく。
相手はマイペースすぎて話にならない。元々話をする気もないが、もうダメだ。こうなったr……
コンコン
「待って、今やっとネタの神様が降りてきたところなの。冒頭部分を書き終わるまで待ってちょうだい。ご飯は後ででいいわ」
ノックの音に反射的にそう返したのは、悪童と男の出会いをパソコンに打ち込む早川だ。
が、手を止めて一拍の沈黙の後、自分は数時間前にきちんと夕飯を食べたことを思い出し、更に今のノックの音が、部屋の扉ではない方角から聞こえたことに気がつき、ゆっくり窓がある方を振り返った。
カッ ゴロゴロゴロ………
外は雷雨。今日はレヴィとランボとかいう子供が戦う雷戦。
いくら電話でレヴィをザンザスさんの隠れエピソードやブロマイドで釣ろうとしても、相手が誰であろうが戦いに手は抜かないの一点張り。
流石のレヴィも今回ばかりは、相手の死=戦いへの勝利=ザンザスさんの為。という図式は覆らないようだった。
プロとしては立派だけれど、大人としてはどうなのよそれ。そもそも幼稚園に通う年頃の子を、デスマッチの候補に上げるリボーンちゃんもリボーンちゃんよ!!
言いたいことは山のようにあるが、既に出せる手は尽くした。
だからあとはこうして時間が来るまでプロットに没頭していたかったというのに。
ピカッッ
「ヒッ!?」
それは、運悪くカーテンごしでもよく見えた。
勢いよく光った稲妻に映し出された、一瞬の影。
それは窓枠を掴んで、ただでさえ足場のないそこにしゃがんでいた。
音を立てないようにそっと椅子の背もたれを押し、ゆ〜っくり、それはもうゆ〜〜っくりと立ち上がり、窓から一歩離れる。
こんなことを一番しそうなのはリボーンちゃんだが、影の大きさからして確実に違う。
とすると、窓や天井、なんなら壁からでもまるで玄関を開けるようにぶち壊して入ってくるヴァリアーの誰かだろうか。
と思ったが、その推測は一瞬で消えた。
あの彼等が、わざわざノックなんてするはずがない。
今もこうして相手が動くまで待つことなく、さっさと派手に壊して気ままに入ってくるだろう。
お前ら、プロのアサシンならせめて静かに登場しろよ。
日数にすれば半月も経っていないが、まるで遠い昔のことのように覚えている、色濃いお屋敷での生活。
思わずかわいた笑いをこぼしてから、ピン!と閃いてしまった。
退け腰でいつでも逃げられる準備をしたまま、もう一度カーテンを見る。
落雷がないので影は見えないが、多分、まださっきの人影はそこにいる。
リボーンちゃんでもヴァリアーでもないのなら、
「…………っ」
一体、誰なのだろう。
ますます分からなくなった突然の来訪者に一気に恐怖が増し、唾を飲み込む。
どうしよう、声をかけてみようか。
それともメールで、こっそり誰かに連絡をとった方が良いのだろうか?
パソコンの傍に置きっぱなしにしていた端末をチラ見して、再度カーテンに目をうつす。
さっきと特に変化がないことを確認しながら、そっと端末がある方へ手を伸ばした。
「俺だ、早川リン」
ジャッ スパーンッ
「お久しぶりですジンさんお元気でしたか今までどこにいたんですかイチノちゃんの調子はどうですかというかジンさんもリング戦に…………ってもう何から話せばいいのやら……!!!」
私が三次元で唯一ゾッコン中であるナンバーワンイケメンこと、ジンさん。
ずっと恋しかった彼の人の声に恐怖は吹き飛び、嵐にも負けずカーテンと窓を全開する。
目の前には声通りの人が黒い雨具を着ていて、初めて見るフードをかぶった姿は網膜にしっかりと焼きつけた。
やっぱりイケメンは何を着ていてもよく似合う。これからは普段着にパーカーも是非取り入れてください。
口は勝手に思い思いの言葉を発していたが、聞きたいことがありすぎて思わず両手で頭を抱えた。
そんな私の様子に困ったように苦笑したジンさんは、部屋に雨が入らないよう少し窓を閉める。
流石ジンさん。やっぱりジンさんは優しい理想のイケメンです。お屋敷じゃそんな気遣いできる良い人は、励ます度に鬼の形相で剣を振り回してくる苦労人だけでした。
「急に来て悪いな」
「いえジンさんならいつでも大歓迎です!ってそれより、そこでは濡れっぱなしになりませんか?どうぞ中に……」
雨具を着たままサッシにしゃがんでいるジンさんは、自分で半分閉めた窓の外側にいる。
つまり今もかなり雨にさらされているはずだと室内をさしたが、首を横に振られてしまった。
「いや、今は並盛の連中にも会いにくいからな。長居するつもりはねぇよ」
「それって……」
もしかしなくても、リング戦のことだろうか。
当事者である沢田達にもヴァリアーにも知られずに行われていた、不戦の雪の守護者の勝負。
それに沢田側にはジンさんが、ヴァリアー側ではイチノちゃんが出るハズだった。
しかし不思議なことに雪の守護者戦は代々戦わずして終わるらしく、今回も例にもれず、両者が集合時間に現れなかったことで不戦敗の引き分け。
そして何故か時間を過ぎて現れたジンさんが、二つのハーフボンゴレリングを持ってチェルベッロに返還した。
沢田のお父さんやリボーンちゃんも暫く会っていないというから、そのままイチノちゃんが入院するイタリアへ行ってしまったのかとも思っていたが。
「………………」
やはりこの行動は、不可解だ。
イチノちゃんに預けられたハーフボンゴレリングを、兄であるジンさんが持っていてもあまり不思議はない。
が、形式的には二人は対立する敵だった。
ジンさんは沢田のお父さんから「イチノちゃんの代理として」ハーフボンゴレリングを預かったと聞いたが、彼女のハーフリングは誰が渡したのだろう。
笹川先輩もルッスーリアも、戦う直前まで相手を知らなかったのだ。
とすると、ジンさんも対戦相手は知らなかったはず…………いやそもそも意識のない入院患者にわざわざ大事な指輪を託すだろうか?それこそ馬鹿げた話だ。
しかしこの裏社会は常識が通用せず、厳密なルールのあるガチンコバトルかと思えば適当なのが当たり前だったり、完全に矛盾に矛盾をかけた未知の世界である。
そしてそんな私の心を読んだように、ジンさんはごく簡潔に、それもまあ簡単に正解を発した。
「ヴァリアー側のハーフボンゴレリングは、ルッスーリアがイチノの病室に置いてったんだ」
「えっ、ルッス!?」
ルッスーリアといえば、私の全ての始まり。
病室に居合わせて何故か気に入られてしまったが故に拉致され、しかし後にどんな会話もできる新しい戦友となったマッチョな彼女。
あの時は確か、雪の守護者候補の顔を見に来ただけと言っていたが………。
「………………」
もしかして、本来の目的はそれだったのだろうか。
ルッスーリアは常々首を突っ込みすぎるなと言っていたし、他のヴァリアー達も私の前では裏社会の事をあまり口にする事がなかった。
ゆうべのリング戦初日にはリボーンちゃんに追い返されそうになったし、あの時も私に深入りさせない為にはぐらかした可能性は十分にある。
病室の時だってゆうべだって、顔を見に来ただけとあえて同じ主張をして。
「……っ!」
ふいに試合に敗北したルッスーリアの姿が脳裏をよぎって、慌てて目元を拭う。
ずっと私を気遣ってくれていた料理上手で優しい友達の、変わり果てた姿。
それをまるで興味をなくした野次馬のように見ていた仲間こと、ヴァリアーの面々。
いくらお世話になった人達といえど、許せることではない。
絶対に絶対に、打ち負かしてやるんだから!(沢田達が)
「……あ、あれ?でもジンさん…………いつルッスーリアに会ったんですか?」
なんとか涙をこらえて顔を上げると、ジンさんは驚いたように少しだけ目を見開いた。
綺麗な碧眼が迷うように揺れ、瞼の奥へと消える。
冷静に考えれば、そうだ。
拉致されてパニックに陥っていた私がいつの間にか置かれていたリングに気づかずとも、リングがその時に置かれたのなら、少なくともジンさんはあの場にいなかった。
しかし私の案内役をしてくれていたディーノさんの部下ならルッスーリアを見ていただろうし、そもそもリングを置いたのがその時とは限らない。
私がお屋敷にいる間、任務の合間にリングを置いてくるのだって可能なはずだ。
それかジンさんが病室にいた時に、ルッスーリアが直々に渡したとか。
……………もしそうならルッスーリア、その時ジンさんに何か失礼なことしてないでしょうね……?
親密になったが故の一抹の不安を感じつつ、小さく息をつく。
これだけ可能性があるなら、別段おかしくはない…………か?
「…………確かに抜け目ないと言うか、痛いとこをついてくるな……」
「ジンさん?」
「いや、なんでもねぇ」
「い、いえ……私も変なこと聞いちゃってすみません」
自分の考えすぎだろうと結論づけた辺りでジンさんが何かを呟いたが、小さくて聞き取れなかった。
なんだか気まずくなってしまった空気を変えるように、ジンさんはなあ、と口を開いた。
「お前は雪の守護者の使命を知ってるか?」