飴乃寂


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「いいえ。各守護者にそれぞれの使命があったのも、ゆうべ初めて知りました」



晴の守護者なら、ファミリーを照らす日輪。


肉を砕きファミリーを守ることを使命とする彼等は、その使命に見合った格闘家であることが多いとか。


それならもちろん雪の守護者にだって、由縁や使命があるのだろう。


黙って言葉の続きを待っていると、ジンさんはゆっくり話してくれた。



「ボンゴレの雪の守護者は、一面を彩る淡雪と謳われている。その使命は、」



ーーーー軽やかに舞い、鮮やかに染まるファミリーの不可視の壁。



「…………不可視の……壁?」


「拳や重火器を武器としない、時には戦争が起こる前に、血を流さずに終息させてしまえる壁だ」


「えっ!?そ、そんなに凄いならもはやチートじゃないですか!?」



争う前に円満解決、鶴の一声、見えない=最強の鉄壁……みたいなものだろうか。


そういえば、雪の守護者戦も両者不戦敗の引き分けーーーー戦わずして終了していた。


まさかあれは、いやまさかも何も、その「結果」こそが雪の守護者の戦い方としては「正解」だったのか。


では、その壁の正体とは?



「情報だ。雪の守護者は代々情報屋を生業とし、公式の場に出ず己の正体を隠したまま活動する者までいたという」


「情報屋!」



以前から情報通として有名で、ついに事務所まで立ち上げてしまったイチノちゃん。


そんな彼女なら、まさしく使命にピッタリだ。


むしろこの並盛町でそれ以外の人間が思いつかない。



「なるほどそれで…………今回はジンさんが対戦相手のイチノちゃんがこの場に来れない事を知っていたから、相互に利害のない引き分けにする為に、わざと遅刻したんですね?」



沢田とヴァリアー、どちらかが一勝してしまえば角が立つ。


ついでに他の守護者達よりも一足先に開始して終わったのも、戦いに納得せず抗議するようなギャラリー(例えばベルとかスクとかヴァリアーとかリボーンちゃんとかヴァリアーとか)がいない日時にあえて当てはめたのだとしたら。



「凄いですねジンさん!もうこれ以上ないほど完璧イケメンなのに頭脳派まで加わるなんて、知れば知るほど本当に非の打ち所がない人ですね!!」



私のハートをさらっていった人は、一体どこまで私を惚れ直させる気なのだろう。


やっぱり私の中で一番のイケメンはジンさんだ。この人以外あり得ない。この人より完璧な三次元男子なんているわけがない。



「あー、完璧と言っても……日時に関してはチェルベッロと話し合いしたというか言いくるめたというか、いつの間にか勝手にそう仕組まれていてこっちも急だったというか…………」


「え?」


「ま、まあボンゴレリング争奪戦は全てで八試合。誰もが最初、四勝四敗の引き分けになったらどうすると考える。もちろん情報屋といえど腕っぷしに自信があるなら勝つに越したことはないが、これはただのガチバトルではなく、あくまでも¨ボンゴレリングに相応しい者¨を決める戦いだ。個人の戦法をとるか、リングに相応しい戦法をとるか…………情報屋としては、ここも駆け引きのし所だな」


「な、なるほど……」



首を傾げた私に誤魔化すように、饒舌に語り始めたジンさん。


その重要そうな話題に私の意識は一気に持っていかれ、前言に感じた違和感は自然と消えてしまった。


少し身を乗り出して話に聞き入っている私を見て安堵したのか、ジンさんはホッと息をついてから話を続けた。



「だが大方雪の守護者候補達がとる行動は一つ…………」


「両者不参加の不戦敗引き分け、つまりリング戦をわざと奇数の七試合にすることなんですね!」


「ああ、そうだ。骨は折れるが、調べれば歴代の雪の守護者戦が必ず初日に行われることも分かるしな。その情報を手に入れられるかどうかも鍵になる」


「……確かにチェルベッロ達は、必要最低限の情報しか話してくれない感じですもんね」



いくら超絶スタイルのいい色黒マスク、美声美女達だとしても。


やっている事は淡々と事務的で、こちらの都合などお構い無しといった感じだ。



「ああ。まさか雪の守護者候補の試合だけ初日だと決められているだなんて、あいつらの口からは絶対に出ねーだろうしな。あとは仲間が勝つと信じて身を引く(引き分ける)覚悟と、敵の情報でも掴んで仲間をサポートできりゃ、雪の守護者を体現できる」


「……最小限の戦いで勝利に導くのが¨不可視の壁¨……」



なるほどなるほど。ともすれば雪の守護者は俗に言う穏健派というやつでもあるのかもしれない。


イチノちゃんならどうしていただろう。


もしもイチノちゃんが沢田側で、ヴァリアー側には知らない人がいたとしたら。



『美男美女をフルボッコだなんて極刑に値するよ!!!』



………………穏健派、と呼んでもいいのだろうかあれは。


彼女なら敵味方構わずいつもの如く親友になって帰ってきそうだ。(対戦相手が美男美女であるかどうかも分からないが)


だって仕方がないではないか。ヴァリアーの個性豊かさもさることながら、顔面偏差値もボスを筆頭に上の上だ。


つい自然と彼等と並べられる顔を想像してしまう。



「…………、いや……」



周りが周りなせいか博識レヴィは中の下、つまり平均的かそれ以下に見えてしまうが、お屋敷では突然暴れだして追いかけて来ることはなかったし、一番安全で話し相手としては打ってつけだった。


それにああ見えて、物凄い努力家なのだ。ルッスーリアから聞いていたままの不器用すぎる男だったが、ボスの為、幹部の座を守る為に惜しみなく努力する姿は、つい応援したくなる。


と、そこで気がついた。



「今日って確か……!」



雷の守護者候補は、そのレヴィだ。


そういえば今は何時だ。すっかり話に夢中になってしまっていたが、もうとっくに戦いが始まってしまっていても仕方ない。


今からでも急いで行こうと慌てて窓をみやり、ジンさんを見上げる。



「すっすみませんジンさん!私そろそろ学校へ……!!」



ああこんな状況でなかったら、お茶菓子でも何でもありったけ出して引き止めているところなのに!!



「ーーーーああ、あっちはもう終わった頃みてーだぞ」


「えっ?」



しかし私と同じように学校がある方角を見ていたジンさんは、まるで何かの練習試合が終わったかのような気軽さでそう言うと、窓枠に器用に立ち上がった。


それが何かの合図のようで、彼の雰囲気を不穏なものへ変える気がしたのは、今も尚続く雷雨のせいだろうか。



「ジンさん……?」



何故この場から試合が終わったか否かが分かるのかとか、やっぱりどうして沢田達と距離を取ろうとしているのかとか、消えかけていた当初の疑問や不安がむくむくと膨れ上がってくる。


自分の中では爽やかで優しい好青年で、家事も容姿も申し分ない彼は、マフィアとは最も縁遠い人間だったはずなのに。


………………否、それを言ったら自分もだ。


自分こそ、一生すれ違いもしないものだと思っていたのに。



「………………イチノちゃんは、無事なんですよね?」



しかし自分から勝手に出てきた言葉は、その不安のどれもと違っていた。


頭に浮かんだ彼女の名前を口にすれば、フードの影で顔が見えなくなった彼が笑ったのが、気配で分かった。



「心配すんな、あいつには¨世界一¨の医者がついてる。少なくとも死んだりはしない」


「そう、ですか……」



少しホッとできたのは、親友の安否を再確認できたからか、はたまた返ってきた声が自分の知る優しいものだったからなのかは、分からない。


だけどこれだけは、はっきり言える。



「…………ジンさんは、ヴァリアーや沢田達とは一緒にいられないけど……イチノちゃんの、味方なんですね?」


「、」


「そこだけは、信じたままでいいんですよね?」



祈るような気持ちで手を握ると、数秒の沈黙の後、雷光が彼の情けなそうな、弱々しい笑みをうつした。


彼の好きな部分の一つの、優しいお兄ちゃんのような笑顔を。



「あいつの身を守るのが、俺に残った唯一のやりたいことだからな」



それはまるで、今までの己の人生全てを凝縮させたような重味のある言葉だったが、それ故に、絶対の信頼を得られる言葉だった。


何故だかにじむ涙を拭い、今の自分にできる精一杯の笑顔を返す。



「私ももう、友達がいなくなるのは嫌ですからね」



たとえどんな状況であろうと、全てはそこに終結する。


ルッスーリアも、イチノちゃんも、もちろん沢田達だって。


欲を言えば他のヴァリアー達にも無事でいてほしいが、そこは彼等の持つ掟上、難しいだろうか。


自分だってお灸を据えてやりたいだけで、別に命を奪いたいわけではないのだ。



「じゃあ俺はもう行く。お前も今日は外に出ずに、あったまってから寝ろよ」


「…………はい、ありがとうございます」



律儀に窓を閉めてから跳躍した彼は、ヴァリアー達のように民家の屋根と屋根をつたって嵐の中に消えていく。


その後ろ姿に見覚えのある鬼のお面があったことも、今となっては些末な事にすぎなかった。


雨風にさらされていた腰の黒い面は、真っ白な病室にはとても似つかわしくなかったものだ。


彼が飾った魔除けや健康祈願の類いの物だと思っていたが、どうしてそれを今、彼が持っているのだろう。


単純に考えれば、同じものを複数持っていただけ。今この瞬間も病室にはあの面が飾られていて、彼女を見守っているに違いない。


それに、あの面の真実が何であれーーーーー。



「イチノちゃんだけは、絶対に大丈夫だもの……」



つい先刻、彼も約束してくれたように。


自分に言い聞かせるように呟いて、机に置きっぱなしになっていた端末に手を伸ばす。


今夜の試合結果はどうだったのか。


明日は一体誰が戦うのか。


たとえどんな報告を聞かされたって、昨日自分は覚悟を決めた。


たった二日で早くも怖じ気づいてはいられない。


自分もボンゴレの、マフィアの一員なのだから。







一勝二敗
(+ 一引き分け)
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