飴乃寂
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ヴァリアーやチェルベッロ達は造作もなく飛び乗り、飛び下り去った、高い高い塀。
私が飛び下りたら良くて捻挫、打ち所が悪ければ最悪お陀仏だ。
どこか下におりられそうな蔦とか、都合よく生えてないかしら。
「あ、もしかして……」
「それ以上は言わないで沢田!!さっきからあなたの先生がにやけた顔で挑発してくるの!!!」
「リボーン!意地悪してないで早くそれ貸してやれよ!!」
「俺はいつ貸しても構わないぞ」
「お黙りそこ二人!!」
「はっはいいいい!!!」
「コラテメーッ!!十代目は心配なさってくれてんだぞ!!」
「これは私とリボーンちゃんとの戦いなんだから、手出しは無用よ!!」
スカートだからってなんだ。行きは人に連れてこられたからってなんだ。
二度と力を借りないと断言したばかりな手前、あの赤ん坊が右肩にかけている鍵縄を欲しては、私のプライドにかかわる!!!
チクショー覚えていなさいと内心で八つ当たりしつつ、ぶら下がれそうな太い枝に手をかけ、自力での着地を目指す。
ギシッ
「きゃ、」
あれちょっと、見た目より頼りない?
体重をかけた途端想像以上に下を向いた枝に、一瞬落下を覚悟して体に力を入れる…………と。
「はい、ちょっとごめんよ」
大きな両手で脇を挟まれ、軽く持ち上げられてそのまま音もなく着地する。
足の裏には安定したコンクリートの感触がして、後ろを振り向くと、沢田のお父さんが笑っていた。
「ごめんな。女の子がケガしたら大変だから、勝手に手を出しちまった。リボーンには後で俺からキツく言っとくから」
「あ……いえ、ありがとう」
そういえばこの人、反対側の塀にいたんじゃなかったかしら。
周りを見ればいつの間にかあの片目男子や部下らしき人達も、塀から下りて私達の傍まで来ていた。
と、とりあえず……リボーンちゃんの手は借りてないから……よ、よしとしよう。
いいのよ、リボーンちゃんじゃなければ、いいんだから!
「それにしても、まさか連中に誘拐されてたなんてな……どう詫びていいのか。怖かっただろう?」
「そっ、そうだった早川!ケガとかしてない!?」
私達の傍に沢田達も駆け寄ってきたが、目の前の沢田父の本気で困った顔を見上げ、今までのイタリア生活を思い出す。
凶器が飛び交う三度の食事。唐突にどこででも始まる破壊と乱闘。
激励する度にブチ切れて、大声で追い回してくるスクアーロ。
ルッスーリアの着せ替え&撮影会や、口では言えない日常からダークなマニアものまでのホモトーク。
ルッスーリアの美味しい食事に、見目はいいボスとスクアーロ、生意気で可愛い系のマーモン。
ベルは…………まあ、ベルね。
遠からず近からずなちょうどいい距離にいて、でもノリがいいから会話をすれば軽く弾む。
ボスの話ならルッスーリアだけでなくレヴィも中々に話してくれるし、実は秀才だった彼には、イタリアや世界のうんちくを教えてくれた。
よって結論は。
「……いいえ。むしろ有意義な滞在だったわ」
「ヴァリアーとの共同生活が!?」
「あんな濃い人達、傍にいるだけでネタが溢れてくるもの。メモリーはもういっぱいよ」
「お前のコミュ症どこいったんだよ」
「ははっ、みんな楽しそうなのな!」
保存できる限界まで撮ったデジカメを見せると、受け取った山本がデータをさかのぼり、それを両脇から沢田や獄寺達がのぞきこむ。
誘拐犯にまで礼儀をわきまえるほど――――というか、別に監禁されて無飲食を強いられていたわけではないし、あれほど無法地帯な場所だとかえって自由にできて、意外と楽だったかも……。
「ん?なんだこの服の山の……」
「じゃあ私は帰るわ。アリヴェルヂ」
「ああ、待ってくれ!親御さんに一応説明させてほしいんだけど、一緒にいいかな?」
不思議そうに目を瞬かせる彼等の反応にサッとデジカメを取り上げ、爪先を帰路に向ける。
が、沢田父の言葉にハッと我に返った。
二日後の週末に帰ってくる予定だったのが、一週間以上音沙汰がなかったのだ。
ヤバい、捜索願いとか出てたらどうしよう。
「とりあえず親御さんには、俺の知り合いと意気投合してキャンプに行っちゃったから、帰るのが遅くなるとは伝えてたんだけど。もう一回直接謝りたくてな」
そんな曖昧な理由で、うちの母は納得したのだろうか。
「あの娘、日本より外国の方が友達が作れそうねって言ってたぞ!」
「初対面の人に何を暴露してんのよあの人!!!!!」
余計なお世話よ結果的にイタリアの知り合いが一気に増えたのは、一日足らずで打ち解けたのは、認めるけど!!!!
自分が情けなくて恥ずかしくなり、両手で顔を覆う。
どうせ友達なんて、パソコンの向こう側にしかいないわよ。
リアルな友達だって、ホモ属性を装備していなければ打ち解けられないわよ。
つまり外国の方が属性を装備している人が多く、確率的に友達ができやすいという仮定を、今回証明してしまったわけだけど!!
「スクアーロに女の影がない限り、ザンスクの可能性は消えないんだからね!!!」
「えっ、ザン?……ま、待ってくれリンちゃん!」
「親方様!拙者はどうすれば……」
「あ、バジルはツナ達と帰っててくれ!俺はリンちゃんを送ってから行く!」
「はい!」
「早川……なんかイタリアに行く前より元気になってるね」
「すげ〜美人になってたしな!」
「なんだ山本、お前ああいうのが趣味か?」
「いや、ただ学校の時より雰囲気違うなって!」
「……まあそれは、な」
「リンとは誰だ?」
「早川の本名は、早川リンだ」
「なるほど!」
後ろの掛け合いなんて知らないまま、一路慣れ親しんだ自宅を目指す。
踵の高い靴もドレスも走るには難儀するけれど、きっと挙式を飛び出した花嫁は、このまま最愛の人の場所へ向かうのよね。
とっても辛いわ。そりゃスクリーンの中の彼女も、途中でヒールを投げ出すわよ。
「あっ」
脳内だけ現実逃避していると、小石に躓いてヒールが片方脱げてしまった。
取りに戻らねばと立ち止まると、ちょうど靴が脱げたところの脇道から、人影が現れた。
私よりその人の方が、靴との距離が近い。
もちろん私が辿り着く前に足元のそれに気がついた人は、屈みこんで靴を拾い上げた。
「ご、ごめんなさい!それ、私のっ……」
ひょこひょこと高さの合わない足で近づくと、その人影が自分より小柄な女の子だということに気がついた。
自分はともかくこんな夜遅くに、どうしたのだろう。
しかし彼女はどこかぼんやりした顔をしていて、ゆっくり私を見上げ、次に不揃いな足元を見た。
長い髪のせいで片目が見えないけれど、瞳がこぼれんばかりに大きい。
絶対に可愛い顔立ちをしているに違いない。
あれとあれとあのキャラのコスプレさせて、あらゆる角度からなめ回すように写真を撮り……おっと。
ルッスーリアのせいで、コスプレの妄想も重症になってきたの、ボロが出る前にどうにかしないといけないわね。
というか何。今はマフィアで前髪で片目を隠すのが流行っているのかしら。
彼女がマフィアなわけはないだろうけれど。
いや、そんじょそこらにそうマフィアがいてたまりますかってのよ。
そんなわけがないわ。
「…………」
「……あの」
しかし、どうしてこうも反応がないのだろう。
もしかして、夢遊病の人?
沢田父もまだ追いついて来ないし、恐る恐る彼女の顔をのぞきこむ。
急に襲われたりは、しないよね?
声を上げられるだけなら、スクアーロですっかり慣れてしまったから平気だけど。
一応いつでも逃げ出せる用意をして、口を開く。
と、その前に彼女が瞬きをして、その目の焦点が私と合った気がした。
思わず動きを止める私に構わず、相手は再びその場に屈みこむ。
何をしているんだろうと見下ろすと、不意にふくらはぎを触られた。
タイツごしに感じる、冷たい手。
声も出せぬくらいギョッとしてしまったが、私に靴を履かせると、その手はすぐに離れていった。
ゆっくり立ち上がる彼女がスローモーションで更にゆっくり動いている気がして、何となく一歩後ずさる。
何なの、この人。
「よく、お似合いですよ」
「っ!?」
見た目よりも低い声で囁かれ、もう一歩、下がる。
しかし相手はそれ以上何も言うことなく、小さく微笑んで靴があった方向―――彼女の進行方向だった―――へ、悠然と歩いていってしまった。
本当に、何なのよ、あの人は。
「…………っ」
そして私は同性の彼女に褒められて、どうして赤面しているのよ。
いいえ、夜といえども外でこんな夜会のドレスのような格好をして、恥ずかしいに決まっているじゃない。
照れているのではなくて、恥じよ、ハジ。
あの人もどこかおかしかったけれど、相手から見れば私も十分におかしいやつだと思われたのかもしれない。
なのにどうしてか、さっきの彼女に見覚えがある気がして、慌てて記憶を探った。
沢田達はともかく、私が夜な夜なドレスを着て歩く趣味があるとか噂されたら、洒落にならないわ。
するとふいに、ある顔が思い浮かんできた。
『笑顔が可愛らしい』
いいや違う。そもそも性別が違う。
そういえば彼も、片目を隠していた。既視感はそのせいだ。
しかもよく考えてみれば、彼に会ってから片目の人間に会うことが増えた。
会ってからほどなくしてイチノちゃんが体調を崩して、今回の件に発展した。
日付にすれば一ヶ月くらいしか経っていないのに、もう半年も前のような気分だ。
ああもう、嫌になってくる。
そうだわ。そんなことよりも、何よりもまず、私がやらなければならないことがあったじゃない!
「リンちゃん!良かった追いついた〜!……リンちゃん?どうかしたか?」
「…………りっ、た」
「うん?」
勢いで飛び出してきたけれど、どうして忘れていたのかしら。
「着替えてから帰りたいのに、荷物をあの場に忘れてきたわ!!!」
ずっと人に担がれていたから、感覚的には手ぶらだったのだ。
デジカメは常備していたけれど、お土産や衣類を入れたキャリーケースとバックパックは塀の上だ。
しかもこんな格好のまま家へ帰ろうものなら、何を言われるか分かったもんじゃない。
今まで着替えるという発想がなかったのだから、かなりお屋敷内でのコスプレ祭に毒されてしまっている。
この格好であの道のりをもう一度、なんて最悪だ。
「ははっ、心配ないぜ!キャリーケースとリュックならおじさんが持ってきたぞ!」
「!!」
ドレスで走る私に全く追いつかないなんておかしいと思ったら、わざわざ忘れ物を取ってきてくれていたせいらしい。
ああ私が戦友のお前を忘れるなんて、イタリアは本当に恐ろしい所だわ。
「ありがとうございますーっ!!」
「どういたしまして」
感極まってキャリーに抱き着くと、渡伊する前より表面にキズが増えていることが分かった。
本当に色んなことがあった。
本当に色んな人に会った。
「た、ただいまー」
「あら」
途中で公園のトイレに寄って私服に着替え、沢田父を伴って、自宅の玄関を開ける。
すると既にパジャマを着て寝支度を済ませた母親が、リビングから出てくるところだった。
バチッと目が合い、一瞬怒られるかも、と身構える。
「おかえりなさい、りっちゃん」
しかし予想は外れて迎えてくれたのは見慣れた笑顔で、まるで今まで忘れていたかのように、親に会えなかった寂しさが沸き上がってきた。
沢田父が後ろにいるのを忘れて、荷物を置いて乱雑に靴を脱ぎ、廊下を駆け出す。
すると拒まれることなく抱き止められて、懐かしい我が家の香りがした。
「ぐすっ……ただいま」
「やだ、泣いてるの?」
「いやー随分と友人が気に入いったようで、長々と娘さんをお借りして、すみませんでした」
「いいのよ沢田さん。どうせ外出しなければ、一生部屋から出ない娘ですもの」
そんな言葉を沢田父と交わしながら、優しい手が頭を撫でる。
ああ、本当に。
ようやく本当に、帰ってこれたんだ。
早川さんのイタリア旅行記
(そしてこれが、この世界の入口でした)