飴乃寂


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「俺はリボーンさんと待ち合わせてたはずだが、どうしてお前がいるんだ?」


「……その質問、答えなきゃダメかしら……」



怪訝そうな彼にそう言うと、彼は罰が悪そうな顔をするどころか、少し引いた顔をした。


それほど、今の自分の有り様は酷いのだろう。



「わ、わりぃ……でもお前、なんでそんなにボロボロなんだ?」


「旅支度が間に合わなくて、アレコレ奮闘した結果よ」


「キャリーケース一個じゃねーか」


「その一個が一番の曲者だったのよ……」



ただでさえ急に決まった渡伊に浮かれる暇もなく、着替えや貴重品を集めて用意したはいいものの、肝心のそれを入れるケースが既に一杯だったのだ。


ベッドの収納スペースにタンスの下半分。本棚の裏の本棚にクローゼットの一部分。


部屋はとっくに腐海だらけだったから、仕方なく詰めたままにして放置していたのが仇になった。


使わない勉強机の下なんて危なっかしくて置けないし、ただでさえ量が量なので、どこに置いても目立つのだ。


なので私はついに禁忌を犯すことにした。


隣の両親の部屋に忍び込み、タンスの中の物を少し退かせて、天井裏を開けたのだ。


案の定埃っぽいし端末で照らせば蜘蛛の巣が見えるし、こんな悪環境の中に大切な子達を置き去りにはできない。


だが時間もないし、背に腹は変えられない。


私はごみ袋(大サイズ)で何重にも包んだそれを置く場所だけでもと雑巾をかけ、重すぎる宝物を何回かに分けて上げた。


それはもう重労働だった。鉛を何度も上げ下げしているようで、お陰で今は体中が痛い。


折角の初フライトも、爆睡している間に終わりそうだ。



「あの留守録チャンネル間違えてないかしら、前に延長有りの野球かサッカーやってなかったかしら……いいえ試合は明日のはずよ。今日は大丈夫、大丈夫、な……ハズ……」


「おいおい……」



今思い返しても、本を隠して何事もなかったようにタンスを整えて戸を閉めた時の、あの達成感しか覚えていない。


他のアレコレに不備があったら、それはそれで未来に待つ地獄だ。



「ややややっぱり私一度帰るわ。もう一回確認してから……」


「えっ、おいもう飛行機出るぞ!?」



キャリーケース片手に回れ右した私の背後で、聞き慣れた舌打ちが聞こえた。



「たかが旅行にビビらすぎだろ。落ち着け、そして黙って俺についてこい。絶対に離れるんじゃねーぞ」


「ちょ、ちょっと私の荷物返して!」


「うわおっも!!お前一泊だけだろ!?」


「そのくらいの重さで根を上げるんじゃないわよ!!そんなの全体のたった三分の一よ!!」


「ハァ!?お前普段何持ち歩いてるんだ!?」


「ただの紙の束よ」


「分かった、もう黙れ」



キャリーケース一つの私に対し、獄寺はその辺に遊びに行くかのように、小さな斜めがけバック一つだ。


人の荷物を勝手に持ち出して搭乗口に進んでいく獄寺を追いかけるも、体力は既に尽きかけている。


そして獄寺も獄寺で、紙の束の正体を察したのだろう。


お互いそれ以上は喋ることなく、ただ案内板に従って前へ進んだ。



「………………あなた、最近女子に対して丸くなったわね」


「ああ?んなわけねーだろ」


「んなわけあるわよ」


「……そうかよ」



獄寺も表に出さないだけで、私と同じ不安を抱えているのかもしれない。


そりゃそうだ。もしかしたら、私以上なのかも。


こいつは私の親友の、恋人なんだから。






「そういえば、あなたは何しに帰国するの?」


「ダイナマイトの補充」


「……」



問題なく離陸した飛行機に一安心して、隣のシートに座る獄寺に話しかけるも、会話は一言で終わってしまった。


しかし私は、こいつは元からこんな奴だと知っている。


何故ならこいつに彼女の名前をサブリミナル効果のように植えつけたのは、他ならぬ私だ。


サブリミナルよりもやり方は強引だったかもしれないが、効果はあったし親友は嬉恥ずかしの大喜びだったし、なんて素晴らしい善行をしたのだろう。


親友から神と崇められるのは、いつも悪い気はしない。


窓側がいい、と主張した私の意見通りに窓側のシートを手に入れた私は、ガラス越しに初めて見る雲の上を眺めた。


獄寺は反対の通路側の肘掛けで、頬杖をついている。


恐らく到着までこんな感じだろう。


というかこいつとは、いつもこうだ。


お互い顔は見ないのに、会話だけはする。


仲がいいのか悪いのか、このスタンスがすっかり馴染んでしまった。



「イチノちゃんの病院にはいかないの?」


「……行ってなんになるんだよ」


「顔が見れるわ」


「あいつの寝顔なんか興味ねー」


「あら、そこは見飽きたって言うところじゃないの?」


「バカ言え。あいつの寝顔なんか一回も見たことねーよ」


「、え!?」



思わず獄寺の方を振り向いた。


獄寺は横目でこちらを見、しまったとばかりに顔を歪めたが、すぐにいつもの仏頂面に戻った。


同じマンションに住んでいて、彼女の方は毎日愛妻弁当を作っているし、朝もこいつが爆睡していて起きなかったと愚痴ったこともある。


詳しく聞いたことはなかったが、まあそれなりに何かあるんだろうなと思っていたのに。



「……一回、少しうとうとしてたの見ただけだ。同じマンションなんだから、自分の部屋に戻って寝た方が良いだろ」


「……そう、ね」



何が良いのかは分からないが、とりあえず頷いておいた。


確かに誰かと同衾するより、慣れた自室で眠る方が気楽だろうけど。



「………………なんだその目は」


「ガチな不良なのに意中の相手には奥手になるやつの話も、いいかと思って」


「嘘つけなんだその生暖かい目は!!お前のんな顔初めて見たぞ!?」


「あら私はいつもこんな顔よ」


「嘘つけ、お前はアレだ。いっつも目尻上げてキツネみてーな顔してる」


「よしそこに直りなさい。私の精神をえぐったとって置きの本を朗読してあげるわ」


「人間失格なら読んだぞ」


「ホントにあんたの秀才ぶりはムカつくわね!!」



さも常識のように言ってのけた相手に憤りながら、なら仕方がないと出方を変える。


貴重品を入れたバックパックから、太宰治作ではなく別の本を取り出して、シートに座り直す。



「ルイス・キャロル原作の、不思議の国のアリスの挿し絵についてひたすら語っていくわ」


「英語も読めないやつが、どうしてフランス語の原本を持ってんだよ」


「これだけは去年、辞書片手に死ぬ気で読破したから、理解できるの」


「お前のたまにあるその異常なやる気はなんなんだ」


「あなたの幼少期のトラウマがこの挿し絵だって知ってから、また私のキャロルブームが再熱して持ってきたのよ」


「っ、誰にも言うなって言ったのにあいつ!!」


「、」



頭を抱えだした獄寺を見ながら、愛読書を両手で示しながら一言。



「やだ本当にトラウマだったの?」


「」


「私のキャロルブームが再熱したのは本当だから、ただ持ってきただけだけど。ヨーロッパ行くし」



出任せだったけど偶然もあるものね、と予想外の反応に呟くと、相手は数秒固まった後、勢いよく立ち上がった。



「今日こそ木っ端微塵にしてやるこのクソ女ァ!!!!」


「そこのお客様方!他のお客様に迷惑になりますからお静かに願います!!」


「ほら怒られたわよ。黙りなさい獄寺」


「……チッ」



片手に出したダイナマイトは幸運にも気づかれなかったようで、台座に足をかけていた獄寺は渋々シートに座り直した。


お客様方、という複数人の指摘は都合よく聞き流す。


というよりこいつと話していると、学校でも怒られる頻度が一気に増えるのだから、怒られるのはきっとこいつのせい。


だから私が反省する必要は、ないのだ。


思いがけず自分の弱味を知られたことを消し去りたかったのか、獄寺は珍しく自分から彼女の話をしだした。



「……いつも起きてんだよ」


「え?」



しかしそれがイチノちゃんの話だと分かったのは、少し後になってからだ。


獄寺はまた頬杖をついて、斜め下を見下ろした。


長い前髪のせいで、もちろん顔は見えない。



「俺が起きればもう飯ができてるし、あいつは帰ってるかキッチンにいるかのどっちかだ」



やだ意外と純情なくせに、ガッツリ通い妻してるんじゃない。



「飯だって部屋で一緒に食ったの一回だけだし、それまではあいつが信用できねーっつうか……まあ、監視状態だったな。あんなにべったりくっついてくるやつなんか、他にいなかったし」



獄寺がやたら彼女に噛みついていたのは、敵視ではなく監視だったのか。



「でも、あれから色々あって…………あいつが他の奴の所にいるのが面白くねーっつか……気に食わなく、なって」


「……うん」



こんなに素直な獄寺なんて、初めてだ。



「そんで……初めて、触った。そういう、意味で」


「ええ」



ヤバい、なんだか聞いているこっちまでドキドキしてきた。



「髪と、顔だけ」


「ん?」



それまでのピンク色な景色は一転。


やっぱり奥手じゃねーか、このエセイタリア紳士よぉ。


そこまで美味しい状況で、どうしてそれしか進んでいない?


前半は引き延ばして後半で加速するテンプレアニメでも作る気なの?そうなの?視聴率でも狙ってるの?バカなの?


よし、ならば受けて立とう。


また余計な世話をして、彼女に喜んでもらうのだ。


お互いに顔は見えていないから、私の下世話な事を企む顔もバレてはいないだろう。


そう心で決めた時、獄寺はぽつりと続けた。



「…………どうしてもっと、手繋いだりしなかったのかな……あんなに、一緒にいたのに」


「、」


「その三日後だ。あいつが入院して、イタリアに運ばれたのは」



それはきっと、ずっと獄寺の奥底に根づいていたものだ。


けれど誰にも言えなくて、隠していたものだ。


それが隠し切れなくなって膨らんだから、吐き出した。


もしかしたら二人の関係を知っていてかつ、引っ掻き回す私くらいにしか、話せなかったのかもしれない。


悪巧みを考えることは止めて、膝を抱いてシートに沈む。


なんて、声をかけてやればいいのだろう。


こんな時はどんな台詞が、相手を元気にするだろう。


けれども何を言ったところで、気休めにしかならない気がした。


それに案の定、都合よく気の利いた台詞など思いつかなくて、いつもの悪態をついてしまった。



「…………あんたが早く素直にならないから悪いのよ」



声に出してから、まさにその通りじゃないかと気づいてしまった。


彼女は前々からあんなに好意を伝えていたのに、いつまでも拒絶していたのは獄寺だ。



「……っ」



急速に胸に集まるこれは、何なのだろう。


体中が熱くなって喉元を焼く、この感情は。


…………怒り、だ。



「…………っ!!」



それを吐き出さないように両手で口を塞ぐと、かわりに涙腺が破裂した。


気づかれないように嗚咽は抑えたつもりだが、隣の獄寺には聞こえてしまっているだろう。


だってきっと私より、辛いのは獄寺だ。


傷ついて自己嫌悪しているのだって、獄寺だ。


だから逆に、会わせる顔がないのかもしれない。


これをぶちまければ少しは楽になるだろうが、そうしたら獄寺はこれから、誰にこの話をするのだろう。


沢田?山本?ああ、私の代わりは沢山いるか。


シャマル先生なんて、こんな話には打ってつけだろう。


なら、良いのではないか?



「……っく……」


「……何か言いたいことあるんなら言えよ」


「な゙いわよ……!」


「おい」


「怒られたいならっ、イチノちゃんが目覚ました時に頼みなさいよ!」



顔を膝に埋め、深く深く不規則な呼吸を繰り返す。


嫌なタイミングで気づいてしまったが、相手に素直になれないなんて、私と同じじゃないか。


素直じゃない者同士が傷つけあったって、虚しいだけだ。辛いだけだ。


それに多分、今の獄寺には何も言わないことが、一番の仕返しになる。


なら絶対に、吐いてなるものか。


イチノちゃんが起きた時にこいつの落ち込み具合をチクッて、ご機嫌になった彼女に盛大に構い倒されればいいんだわ。



「…………わりぃ」



泣きつかれて眠る前の最後の記憶は、誰に向けたのか分からない呟き。


あのあと獄寺は、こっそり人知れず泣いたのだろうか。


そんなの全くキャラじゃないから、想像もつかないけれど。


あんたがそのつもりなら、向こうについても勝手にすればいい。


私一人でイチノちゃんに会いに行って、話したいことを話して、後で教えてあげられるように、沢山写真を撮って帰るんだ。


イチノちゃんがよく、誰かと写真を撮っていたように。






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