飴乃寂


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「フンフフン、フフン♪」


食器を片付け、朝食の下ごしらえをする。


獄寺は風呂に行ってしまったから、この場にはいない。


今夜はなんと、初めて一緒に夕飯を食べた。食べていけと誘われたのだ。


おまけにいつものツンはどこへやら。ツン寺だって面白いし可愛いが、今はなりを潜めているらしい。


ツンツンでも奴が好きなことに変わりはないが、優しくされればその分驚くほど嬉しくなるのだと、今回初めて知った。


要はボクは今、昼間から継続してかなりご機嫌なのである。



「イチノ、牛乳出してくれ」


「はいはーい!」



名前だって、また呼んでくれるし。


タオルで頭を拭きながら出てきた獄寺に、コップについだ牛乳を手渡す。


ん。と単語で礼を言った獄寺を何となく見ていると、視線に気づいた獄寺が微かに頬を赤くして眉を寄せた。



「…………なに笑ってんだよ」


「んー?今日は隼人君が優しいなーって思って」


「俺はいつも優しいだろうが」


「あははっ、そうだっけ?」


「そーだよ」



ふいとそっぽを向いて牛乳を飲む獄寺に苦笑し、キッチンへ戻る。


この変化は……というかどうしてこんなに一気に変化したのかが分からないが、これは良い傾向だととらえていいだろうか。


自分でもずっと頬が緩みっぱなしなのが分かるのに、気持ち悪いと一蹴するもはやお約束の一言もこないのだ。


それはそれで寂しさもあるにはあるのだが、内心では両手で拳を作って天へ高々とあげ、よっしゃあああっと叫びっぱなしだ。


本当に、人の感情とは複雑だ。



「なあ」


「ん?」



下ごしらえをしたものを冷蔵庫に入れていると、リビングの方から声がした。



「お前、誰とも付き合わねーの?」


「……んん?」



なんだって?


リビングの中が見えるところまで顔を出すと、獄寺はテレビを見ながらソファに座っている。


視線の先はテレビ。ついでにタオルがまだ頭の上にあるから顔が全く見えない。


ボクの動揺は、敬語となって現れた。



「…………ど、どういうことでしょう、か?」


「だっ、だから!骸がいねーンなら俺と付き合うかって、聞いてンだよ!!」


「骸?」



骸とは、出会ってしばらく一緒に遊び倒してはいたが。


骸がいないなら、と獄寺が言うということは。


テレビを遮るように獄寺の前に立つと、タオルの間から見開いた碧眼が見えた。


ここは、うやむやにしてはいけないところだ。



「骸がいたとしても、付き合うよ」


「、」


「君となら、喜んで付き合うよ」


「〜〜〜っ!!」



獄寺の顔がカッと真っ赤になる様に、思わず吹き出してしまった。


笑うんじゃねェとお決まりの台詞を頂いたが、やっと彼が気持ちを受け止めてくれたのかと、更には応えてくれるのかと、胸がいっぱいになる。


ああ良かった。頑張って良かった。



「隼人」


「、なんだ、よ」



名前をつむいだ唇がくすぐったい。


それがなんだかおかしくて、また笑ってしまう。



「何があっても異性として好きなのは、君だけだよ」


「、ああ」


「信じてくれる?」


「……俺が、お前を好きなんだよ」



消え入りそうなこの声と、八方美人と罵倒した声が同じだなんて、信じられるだろうか。


嗚呼、もう。


感情がごちゃごちゃになって、泣きそうだ。



「………………泣くなよ」



眉を寄せて困ったように笑う顔。


目尻を拭う、暖かい手。


これが全部、自分のものだなんて。


恋情と言えば美しいが、独占欲と言えば、それはたちまち醜いもののように聞こえる。


複雑で、こんがらがっていて、


とても居心地が良くてあたたかいのだから、この感情は始末に負えない。



「ボクのこと、忘れないで」


「バカ、忘れるわきゃねーだろ」



これからの未来で、何が起こるか。


もしかしたら、すぐに嫌われてしまうかもしれない。


そんな日が来たら、今の幸せと同等か、それ以上の不幸を感じるだろう。


そんなことになったら、弱いと自覚しているこの精神力で、自分は立ち直れるだろうか。



「大好き」



そんな日が来るなら、いっそのことその前に、消えてしまおうか。









幸と不幸は不平等

ボクの世界はいつも呆気なく、無情にひっくり返ってしまうから。
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