飴乃寂


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£終わりと£




「教室がこんなに過疎化してんのは、授業中にお前が居眠ってないからか?」


「失礼ね獄寺。私だってたまには勉強する気になるのよ」



監視するターゲットもいないし寝坊して学校に行けば、十代目がいないし、やけに空席も目立つ。


更に居眠り常習犯である早川が、空席をいいことに何故か俺の後ろの席に座って真面目に板書しているのだから、本当に今日は一体何があったのだ。



「それよりあなた、今日誕生日らしいわね。微塵も興味ないけど祝ってあげるわ、おめでとう」


「興味ないなら話題に出すな」



別に祝われたいタチでもないのに、そう言われては腹が立つ。



「つーかなんで知ってんだよ」


「忘れたけど誰かに聞いたの。ファンクラブの娘と違って、私はあんたに興味ないのに」


「あーそうかよ」



まあファンクラブやらどこぞの面食いやらのせいで自分の個人情報が出回っていることは、もう諦めよう。


情報と言ってもどうせ大したものではないし、辛辣女の癪に触る物言いは無視して、適当に流すことにした。


端末で時間を確認すれば、もう少しで十二時だ。



「…………そういやあいつ、今なにしてんだ?」


「あいつ?」


「あいつだよ、品臣」


「それ、誰かしら」


「は!?お前がいっつもつるんでるだろ!?」


「名前じゃないと分からないわ」


「はあああ!?」


「うるさいぞ、獄寺!」



白々しい嘘を貫く早川を振り返るも、早川はノートの方しか見ていないし、教師からも注意された。


もちろん教師は無視し、しかし声は潜めて会話を続ける。



「………………チッ、イチノだよ」


「あなた、知らないの?」


「は?」


「この土日で、風紀委員達が何者かに襲われ続けてるのよ。だから今、イチノちゃんはほとぼりが冷めるまで避難するって」


「…………あいつが避難?」



そこで初めて、早川が顔を上げた。



「苛立ってるヒバリさんにこき使われたくなくて、逃げてるって可能性もあるけど」


「一理あるな」



むしろ納得してしまうほどだ。



「もう一つ、登校者数が少ないから顔が良い人も少なくて、学校に来ても仕方がないって説もあるわ」


「要は、絶対に学校には来ないってことだろ」



ターゲットに探りを入れてみたが、早川が全く知らないのか、ターゲットは本件に無関係なのか、目ぼしいものは得られなかった。


逆に目についたのは、早川のノート。


一生懸命何か書いていると思っていたが、よく見るとノートには長々と文字がつづってあり、黒板を振り返れば、数学の図形問題が書いてある。



「…………何書いてんだお前」


「そういえば前に成績優秀の不良学生で一冊書いたけど、町の縄張り争いで学園のトップ達が戦って、色んな熱を燃やす話もいいかと思って」


「お前小説家でも目指してんのか?」


「いいえ。身の回りの出来事を萌えへと昇華させて、血肉を錬成する簡単なお仕事をしているの」


「…………よく分からねーが、お前がやってることが不謹慎だっつーのは分かった」



そしてこいつがターゲットと類友であることも、確信した。



「顔を合わせればケンカばかりのトップだけれど、戦いの中で男の友情を深めるの。だんだん戦うこと自体が楽しくなってきた二人は、縄張りより相手との戦いを欲するようになって……」


「へー」


「ってつまらない!!つまらないわ!!もっとこう、一味足したいのよ!!もっと危機迫っていて学園も性別も越えた、トップ二人だけの世界にしたいのよ!!!」


「おっ、おう!?」


「こら早川!!聞いてるのか!?」



端末片手に早川の声を聞き流していたら、突然大声を出されてのけ反った。


しかし早川は何かスイッチが入ってしまったらしく、教師を無視してブツブツと呟き始める。



「…………そうだわ!目的が変わってきた辺りで、右が余命半年の病気だと発覚。こっそり見舞いに来た左と右は、対立中のトップでありながら静かな時間をすごす。右が自宅療養に切り替わった辺りで、左は右をこっそり人気のない場所に呼んでタイマンをはるの。最後の戦いね」



次いで数学とは無関係な文字の羅列が、ガリガリと量産されていく。



「左が右を刺殺して少年院行きへ。お互いの不良チームも事実上解散し、抗争がなくなったから町自体は平和になるわ」



バットエンドというやつか。



「左が右を刺殺することは、合意の上よ。右は病院ではなく、左の隣で生を終えるの」


「へーすげーな」



全く興味ないが。



「もうあんたと喋っててもはかどらないわよ!!イチノちゃんならこう言うわ!!」



『複雑すぎるバットエンド!!救いをください早川様!!』


『くっ、殺して俺のものにしてやるとか………右の不良としてのプライドと、二人の仲を守った左は漢だ……つらい、美味しい……』




「共感してくれる読者がいるから私のインスピレーションも爆発するのに!あんたも¨面白そうだね¨くらい言えないのかこの受け顔男!!」


「俺はイチノじゃねーし、そもそも俺がいつお前のカオスな小説の読者になった!?」


「そこの二人!!今は授業中だと分かっておるのか!?」



ボキッ



「あ、折れた。獄寺、シャーシンちょうだい」


「やだね」


「あんたの弁当が実はイチノちゃんお手製だって、皆にバラすわよ」


「オラよどうぞ早川サマ!」



ボソッと耳打ちされた台詞に、自分の筆箱の中から出したシャーシンのケースを、早川の机に叩きつける。


すると不穏な空気を出していた早川は、何事もなかったかのように黙々とシャーシンを自分のペンに入れ、カチカチとノックし始めた。



「…………そうすると学生より、江戸のヤクザと役人の方がいいかしら」


「本当に学園越えたな」


「誰がうまいこと言えと。まあいいわ、これで次のイベントでも新刊を出せるわね。キャラと時代背景を考えなきゃ」


「それよりお前、板書しなくていいのか」


「よく考えたら、イチノちゃんは成績上位者よ。板書なんて必要ないし、この際補習組に引きずり込んでやるわ」


「………お前実はあいつのこと嫌いなのか?」


「愛よ、愛」


「ひねくれた愛情だな」


「江戸時代とそれらしいのが舞台の漫画を調べるの、イチノちゃんにも手伝ってもらわなくちゃ」



ブツッ



「あっ、切れた」



ノートを閉じた早川を視界の隅に入れて端末をいじっていたが、電源が落ちて画面が真っ暗になった。


なので仕方なくポケットにしまって席を立てば、早川も荷物をまとめて立っている。



「ケータイの電池切れたから帰ります」


「プロットが出来たので帰ります」


「コラお前達!!獄寺に至っては、遅刻して今来たばっかりだろー!!」


「そうよ、残りなさい獄寺」


「るせぇ。てめぇが残れ、万年補習」



早川は教室の前から、俺は後ろのドアから教室を出て、昇降口へ向かう。


方向から見て、早川は図書室にでも寄るのだろうか。


ポケットに手を入れれば、入れっぱなしにしていた小銭が擦れ合う音がした。



「あー……腹へったな」



今日は、弁当がないのに。




 
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