カラスの五重唱
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昔から、耳を両手で塞ぐのが癖だった。
耳を塞いで部屋の隅でうずくまって、空気の振動が伝える喧騒が収まるのを待っていた。
「―――!!―――!!!」
「――!!」
怖かった。
いつもいつも、屋敷にいる連中は争っている。
ヒマさえあれば喧嘩をするというくらい、どこででも乱闘はあった。
だけどちゃんと知っていた。
今はあんな怖い顔をして暴れてるヤツらでも、終われば今までの乱闘が嘘のように、大口開けて笑って、肩を組んで何かを語り始めるんだ。
「……―――……―……」
俺はそれが、怖かった。
呆然と顔を上げてみっともなく口を開けてる俺を見ると、それに気づいた目の前のヤツらは近づいてくる。
何か言いながら。
笑って、手を伸ばして、
『なんだぁ、泣くこたあねえだろう!?』
『ガッハッハ!おめーの顔がこえぇんだとよ!』
『んだとコラァッ!!』
『おーおーその顔だ。なあチビ!?』
痛いくらい乱暴に、背が縮むんじゃないかというほど、人の頭をぐっしゃぐしゃにかき回す。
分かってるんだ。悪い人じゃないくらい。
荒くれでも、家族は大事にしてくれる、あったかい人達なんだ。
「……っ」
何度みっともなく涙を流したか。
昔から耳を塞ぐのが癖だった。
何も聞こえないとばかりに、強く強く両手で塞ぐのが癖だった。
『んじゃーまた勝ってくらあ!良い子で待ってろよ、チビ!』
武器を持って出ていく仲間達が、羨ましくないワケがなかった。
戦いに行ける、みんなとああやって肩を組める仲間達が羨ましかった。
だけどみんな、俺の頭を適当に撫でるだけで先に行ってしまう。
そして次は、誰も会えないところに逝ってしまうのだ。
『二、三日したら帰るからな!』
俺の友達は父親と小難しい本を読んで不気味な機械のビックリ箱を造ってるし、もう一人はひたすらキズだらけになって、大人達にしごかれてる。
だけど目の前で歯を見せた満面の笑みの男は、俺になにも教えてくれることはなかった。
いつもいつも、一人ぼっちで置いてかれてるようで、怖くて、耳を塞いでいた。
『なっ?二人で良い子にしてろよ?』
結局、俺は最後までオヤジの声も知らなかった。
幹部で、趣味丸だしな銃を使うヒットマンだった、俺のオヤジ。
俺のオヤジが死んだ抗争から、ボス達の仲がうんと悪くなった。
「………耳なんて、いらない……」
生まれつき難聴だった俺の耳は、
「……だって何も、聞こえない……」
ザーザーと、いらないノイズだけを拾ってくる。
いっそのこと何も聞こえなければいいのにと耳を塞いでも、雑音だけが、でか過ぎる爆音だけが、耳に届く。
「ぎゃあああああああああああああっ!!!」
楽しそうに笑う会話は聞けないのに、誰とも知れぬ人の断末魔ばかりが、どこからか耳につく。
「っ……もういやだ!!」
隣でいつも一緒に留守番してた女の子が、実は声がないという事実も知らぬまま。
俺は音の無い世界が怖くて、ただひたすら嫌気がさしていた。
(泣いてばかりの俺から見たら)(いつも笑ってる彼女は眩し過ぎた)