カラスの五重唱
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生まれた時から小さかった。
身長も余り伸びなくて、お腹に力を入れて出す声も、私の体のように小さかった。
だから皆、私と喋る時は腰を屈めて、耳を私の口元に近づける。
少しでも屈まなくて言いように、私は爪先立って口に両手を当てるのだけど、それでもやっぱり小さくて。
私から出るのは、いつも掠れた息だけだった。
「………っく……ひっく……」
「……」
体に不都合がある人は、抗争には行かせてもらえない。
戦死が最もな誉れであるのと逆に、戦士になれないのは最もな不名誉だ。
だから普通なら、このティグレファミリーでは特に、そういう人達はラボに送られる。
人体実験でファミリーに貢献しろと。
今考えれば、戦力ばかり有り余っているというだけで、エストラーネオと大して変わらない。
幹部の子供なんて真っ先に送られそうなのに、いつも泣いてる彼のように、私が至って普通に屋敷にいられるのは、きっとお嬢様のお陰だ。
『いっしょに遊ぼう?』
へんてこな四角い機械を持ってきたクイーンは、ボタンを押して飛び出てきた縫いぐるみに驚いている私にそう言った。
「戦士」というファミリーなら誰もが持ってる肩書は、私達にはない。
もちろん「モルモット」も。
「お嬢様の遊び相手」が、今の私達が生かされてる理由に他ならないのだ。
「………クイーンは、どんな声してるんだ?」
「?」
とある日。
明徒が訓練場で明徒のお父さんと戦ってるのを見ながら、コトバが聞いてきた。
コトバは前より泣かなくなって、話すようになった。
でもコトバはずっと抗争に行きたがる。
私は、戦うなんて怖くて嫌だ。
ラボ行きはもっと怖くて嫌だけど、コトバは武器すら貰えない自分が悔しいらしい。
その気持ちならちょっと、分かる。
「明徒は……ちょっと怖そうだけど……」
「……」
隣で一緒に座っているコトバを見上げ、改めて明徒を見る。
キズだらけになりながらもクナイを持って立ち回る明徒は、確かに少し怖い。
誰よりも厳しく鍛えられているせいか、明徒は真面目だけど、それが逆に威圧感を与え、怖くも思えるのだ。
聞いたことがある。「ボスが死ねば生きる価値なし」
明徒のお父さん――――ボスの右腕をやっていた穴屋さんが言っていた。
明徒のおじいちゃんもそのまたおじいちゃんも、そう言い育てられて右腕になったらしい。
『クイーンがオヤジさんに、絶対にダメだと言った。他のヤツはいらないって……言ってくれた』
明徒は、私達にそう言った。
未来を背負うハズの幹部の子供が、二人とも欠陥品だったのだ。
私達に兄弟がいてその子達が戦えるなら、幹部はその子になっただろうけど、生憎と二人とも一人っ子。
だから別の子が幹部になるかもしれなかったけど、クイーンが断ったらしい。
謎だ。
生まれた時からの付き合いだから、ボスのモルモットになるよりはって、同情したのかしら。
『…………良かっ、た……』
本当に小さい頃は、私達四人で一緒に遊んでいた。
クイーンが機械いじりに夢中になって、明徒がお父さん達にしごかれ始める前までは。
クイーンの為を考えるなら、戦えるヤツが傍にいるのは当たり前。
だから明徒だって、私達がラボ行きになることは自然の流れだと思ってる…………と思っていた。
でも明徒は、慣れないようにぎこちなく笑った。
良かったって、泣きそうになっていた。
私は、私達は、それが嬉しかった。
「……明徒はね、口調も少し怖いけど、まだ声変わりしてないから、コトバよりも声が高いのよ」
読唇術を使うコトバを見上げながら口を動かし、女の子みたいだから気にしてるの。と続けると、コトバはプッと小さく吹き出した。
じゃあよっぽど高い声なんだな、だって。
「クイーンは……」
今は自分の部屋に篭っているボスを頭に浮かべ、ころころ笑う声に言葉を探す。
そもそも、どんな声と例えるのが分かりやすいのだろう。
私達のラボ行きを禁止にしたクイーン。
子供だろうが、未来のボスの影響力は大きい。
一言ダメだと言えば、それは絶対だ。
それだけファミリー内の身分は絶対で、私達にとってクイーンは、最優先されるべき人だ。
あの時どうして禁止にした理由を聞いたけど、クイーンは意地悪して教えてくれなかった。
内緒よって、笑った。ケチ。
「………綺麗な声よ」
あの笑顔みたいに、涼やかで優しい声。
他に言葉が見つからなくてそう答えると、私をじっと見つめていたコトバも、深く追求することなくそうかと頷いた。
次いで、クスリと微笑する。
「じゃあミミも、きっと綺麗な声なんだろうな」
初めて言われた、衝撃的な台詞だった。
でもすぐに、ああコトバは私が喋れないのをまだ知らなかったかと、一人で納得する。
でもね、その時胸がふわっとあったかくなって、とってもとっても嬉しかったから。
「あなたがそう言ってくれるなら、私は声なんていらないわ」
コトバは意味が分からなくて首を傾げたけど、私は少し意地悪したくなって、何も言わずに笑った。
『¨コトバと一緒にいたいの ¨』
『ふふっ、そうですか』
『¨クイーンは?好きな人、いる?¨』
『私ですか?私は……』
(二人だけのガールズトークは、私達だけの秘密よ)