飴乃寂
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£Make be£
土曜日。
目を開けると、フゥ太の顔のアップが見えた。
ボクと目が合うや否や、バタバタどこかへ走っていく。
「ジン兄!イチノ姉も起きたよー!」
「おー」
ソファから起き上がれば、そこは白蘭が暮らしていた借家だった。
目に違和感があって手を当てると、明らかに腫れている。もちろん、泣きすぎたせいだ。
「…………白蘭は?」
「いねーよ、国に帰っただろ」
「……ああそうだった」
キッチンから皿を持って出てきたフゥ太の後から、ジンもお盆を持って歩いてくる。
美味しそうな朝食の匂いを嗅いで、お腹がキュルキュルと鳴った。
「偉いねフゥ太、お手伝いか」
「僕ツナ兄の家にいる時は、いつもママンのお手伝いしてるよ!」
「そりゃ凄い」
体にかかっていた毛布を横にどかして、フゥ太の頭を撫でる。
するとえへへと照れたように得意気な顔をするものだから、ますます頭を撫でたくなった。
もしフゥ太が子犬なら、尻尾をぶんぶん振っていることだろう。
フゥ太と並んでテーブルにつき、和食の前で手を合わせる。
「水道とガス、使えたんだね」
「ああ、止まってなかった。もしかしたら間を置かずに白蘭か、誰かが借りる予定なのかもな」
「なら長居はできないけど……三日くらいなら大丈夫かな?」
「さあな。俺はそこら辺と、周りの情報を集めてくるから、お前らは大人しくしてろよ」
「うん」
「……うん」
朝食を食べながらジンに頷き、ふと俯いたフゥ太を盗み見る。
やはり、ツナ達が心配なのだろう。
心配、か。
今や自分のことで手一杯で、心配する余裕がないボクは薄情だろうか。
「…………骸に会えなくなるのは、嫌だな」
「なあに、イチノ姉?」
「いや、なんでもない」
お互い同じ気持ちだと思っていて、それが裏切られたのに、やはり嫌いにはなれないのだ。
また会って、話したい。
とりとめもない会話をして、骸の好きな静かな場所へ行って、また同じものでも見つけて。
「…………」
「イチノ姉、ご飯もういいの?」
「うん、ご馳走さま」
早々に朝食を切り上げて、毛布を片手に寝室へ向かう。
「暫く寝るから、一人にして。おやすみ」
「おう」
「……おやすみ、イチノ姉」
特に咎められなかったことに内心でお礼を言いつつ、白蘭が使っていた寝室のドアを開ける。
さっぱり片付いている部屋に何故かデジャヴを感じて、あ、と声をあげた。
「…………獄寺君、ご飯大丈夫かな……」
ゆうべの分も、作ってないや。
* * *
¨ごめん、ゆうべなに食べた?¨
¨>>コンビニの売れ残り¨
¨今朝は?¨
¨>>パンとシーチキン¨
¨冷凍庫にまだ牛肉コロッケが残ってるはずだから、オーブンで焼いて食べて¨
¨それよりお前、今日家に帰ってくんのか?¨
¨ごめん、月曜日まで帰れないと思う。君のご飯も作れない¨
¨最近並盛にもいねぇよな。どこほっつき歩いてんだ¨
¨デートスポット(ハートマーク)¨
¨うぜえ¨
¨いつか君も一緒に行こうね(ハート)(ハート)¨
¨おごりでもイヤだ¨
¨次にご飯作るときはお詫びに奮発するよ。何がいい?¨
端末を握ったまま少し考えたのち、カチカチと返信を打つ。
¨肉¨
今まではすぐに返ってきたメールが、今度は少し間を置いて送られてきた。
どうやら思惑通り、相手を困らせることができたらしい。
目の前に広げたままのノートの上にシャープペンを転がし、片頬杖をついて端末の受信ボックスを開いた。
¨んー、石でステーキでも焼く?¨
¨おかずボックス37P¨
¨分かった、今度はカツ丼作るよ¨
以前渡したレシピブックのタイトルとページ数だけで通じるのだから、相手もちゃんと読み込んでいるのだろう。
あと二、三度メールのやり取りをしてから端末を閉じ、頭をノートへ切り替える。
今のメール相手の監視記録なのだが、最近つるむ相手は勘がいいらしく、中々近づけないでいるのだ。
お陰でターゲットの新しい連れが、黒曜中の生徒の一人であることしか分かっていない。
夏休みが終わったばかりで、宿題が間に合わなかったツナ(と山本)に合わせて放課後は学校に居残っていたことも、情報収集不足の原因であるわけだが。
「チッ。白蘭が帰国してから大人しかったってのに、いつの間にか復活しやがって……」
ようは単に、油断していたのだ。
夏休みほどではないがまた精力的に活動し始めたターゲットは、恐らく白蘭の時よりも勇んで黒曜生に会っている。
町を走るペニーの速度が、明らかに速いのだ。
白沼町より近い黒曜町なのに、ターゲットを見失う回数は増えるし、他の黒曜生達がさりげなく邪魔だし。
進まない記録にもう一度舌打ちし、その場に後ろから倒れこんだ。
突然の自宅不在。
意気揚々としたターゲット。
謎の黒曜生。
ままならない尾行と情報収集。
「…………まさか……」
まさか、な。
しかしそのまさかが的中してしまったのは、二日後の月曜日になってからだった。