飴乃寂
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日曜日。
¨昨日風紀委員が襲われたらしいわ。イチノちゃんは大丈夫?¨
¨大丈夫だよ。でもほとぼりが冷めるまで、学校は休む¨
¨その方がいいわ。ノートは私がとっておくから¨
¨君だいたい寝てるでしょ¨
¨だいたいは板書できてるわ¨
¨ありがとうございます、よろしくお願いします¨
¨その代わりに私が学校にいる間、私のアカウントでBBL進めてちょうだい。ボスを倒した後にゲットできるアイテムが、中々手に入らないの¨
¨RPGって端末からでもできるの?¨
¨ええ、BBLなら大丈夫。URLとアカウントを送るわ¨
¨ちょっと待って。ボスはボスでもこれって恋愛シュミレーションじゃん!!倒すってか落とす!?アイテムってエンディングのこと!?選択式じゃないのこういうの!?¨
¨それは分岐ルートが八百一あるのよ。図鑑が全く埋まらないから、協力してちょうだい¨
¨アホほど懲りすぎてる話題のBLゲームってこれだったのか!!もう諦めなよ!無理だよ!¨
¨イヤよ私には太宰君を幸せにする義務があるの!王祥君が命がけで夏目君と佐々目君の魔の手から救ったあとのイベントはエンディングまで続いてちゃんと伏線も回収されてて必見だし、何の他意もなかった二人がジリジリと恋い焦がれていく感じが立ち絵にも反映されていてry¨
¨ごめん、文が長すぎて途中で消えてた。産業¨
¨太宰、総受け、美味い¨
¨お前の意志は確かに受け取った¨
* * *
¨そうか。イチノはどうしてる?¨
¨さっきまで起きてたけど、またねちゃったよ。ツナ兄たちは、ぶじ?¨
¨今のところな。今日おそわれたやつら、昨日のぶんとあわせてなにか心当たりはあるか?¨
「………これって…………ツナ兄の学校の、ケンカの強さランキング……?」
ジンから送られてくる今日の救急患者のリストに、フゥ太はまさかと自分の本を見下ろした。
¨すこし、まってね¨
両手で握っていたイチノの端末を床に置いて本のページをめくり、目当てのページがないことを確認してから、また端末を両手で掴んでゆっくりボタンを押した。
少し離れたソファでは、相変わらず元気のないイチノが横になっている。
「逃げてる時にどこかで、落としたんだ……」
自分のランキングが、悪用されているなんて。
¨なみ中の、ケンカの強さランキングだよ。ツナ兄ははいってないけど、二位はたけし兄で、三位ははやと兄。あと一位は、ヒバリさんって人¨
¨しらみつぶしに探してるな。イチノははいってないのか?¨
¨たしかイチノ姉が来るまえに作ったランキングだから、はいってないよ¨
¨ならおまえたちは、もう安全だとおもってよさそうだな¨
¨でもたけし兄たちがあぶないよ。たぶんまだ、ふりょーどうしのケンカとしか、おもわれてないとおもう¨
¨さいはなげられた。たたかいはけっちゃくがつくまでとまらない¨
返ってきた言葉に、唇を噛みしめる。
自分に戦いを止める力がない以上、ここで大人しくしているしかないことは分かっているけど。
¨おまえはイチノにいへんがあったら、すぐにおしえてくれ¨
¨うん¨
今も自分のせいで、無関係の人が傷ついている。
イチノはとにかくジンは、この緊急事態にツナ達がどう対処するのかも見てみたい。と言っていた。
自分を匿ってくれている恩人だが、あてにはできない。
イチノは一日の大半を寝たり窓際でぼんやりしたりするばかりで、時々メールを返す程度しか動かないし。
「…………」
ランキングを取り返しには、やはり一人で行くしかない。
「……よし」
意を決して立ち上がり、本はリビングの隅の壁に立てかけ、置いて行くことにした。
イチノとジンなら、何かあってもランキングを悪用することはないだろう。
イチノの方を振り返れば、その場から動いていない様子だ。
「ごめんねジン兄、イチノ姉……」
そっとリビングを出、玄関に向かう。
靴をはいていると、突然後ろから声がかかった。
「行くの?」
「わあ!?」
後ろを振り返れば、リビングのドア付近にイチノが立っている。
「お、起きたんだ、イチノ姉……」
「ドアが開く音がしたから、ね。この町から黒曜町までは、遠いよ?」
歩み寄ってくるイチノの顔には自嘲するような微笑が浮かんでいて、それがどこか骸を彷彿とさせ、思わず身構えた。
「で、でも……使われてるのは、僕のランキングなんだ。僕のランキングで無関係の人たちが傷つくのは嫌だし、それでツナ兄達が傷つくのは、もっと嫌だから!あれは僕が、取り返さなきゃいけないんだ!」
「…………君は小さいのに、やっぱりしっかりしてるね」
「、」
すぐ目の前まで来たイチノは膝に左手を当てて腰を屈め、フゥ太の頭に右手を置いた。
そのまま撫でられてくすぐったい気持ちになるも、それはすぐに霧散する。
「でも行ったところで、君はきっと一人では帰ってこられないよ?」
「っ、」
「相手は、とても怖い人達だよ?」
「、っ、」
ジンもイチノも、言っていることは正論だ。
でも。だけど。
「ぼっ僕が捕まっても、きっとツナ兄達が……助けに来てくれるから」
「、」
「僕は、ツナ兄達を信じてるから!」
「…………」
だから、行きたいのだ。
イチノは笑みを消してフゥ太を見ていたが、また自嘲気味に笑った。
「手助けできなくて、ごめんね」
それは協力もしないが、引き留めもしないという意味だ。
もしかして彼女は、もう皆と会うつもりはないのだろうか。
皆との縁を、切るつもりなのだろうか。
「ねえ、イチノ姉聞いて。イチノ姉は、中立なマフィアランキングで一位なんだよ!」
「……そうなの?」
唐突な話題に首を傾げる相手に、頷いてみせる。
「だからイチノ姉はどのファミリーにもいられるし、どのファミリーからも抜け出せる、一番自由な人なんだ!」
だからね、とイチノを見上げる。
「僕が頑張ってきたら、また褒めてほしいんだ。ねえ、ダメ?」
お願い、と数多の人間を落としてきた甘え顔でお願いすると、何度か瞬きして言葉を飲み込んでいたイチノは、ははっと声をあげた。
「うん。君は君の戦いを、頑張っておいで。そうしたら、また褒めてあげる」
「やった!僕イチノ姉に頭を撫でられるの、好きだよ!その時はいっぱい撫でてね!!」
「うん、約束する」
指切りの代わりにお互いの両手を握って約束し、玄関に手をかける。
「いってきます!」
「うん、いってらっしゃい」