飴乃寂


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£自由とは£




「むーくろくーん!あっそびっましょー!!」


「あいつまた来てら……骸さん、外に」


「骸様なら、もう教室から出ていったよ」


「はやっ!!」



校舎の窓から見えた人影に手を振れば、ほどなくして骸が昇降口から出てくる。



「お待たせしました。今日は野鳥の森に行くんでしたっけ」


「うん、鳥の動物園みたいで面白いよ!」


「それは楽しみだ」



あれからちょくちょく骸に会っては色んな場所へ行き、なんてことない話を重ねて過ごしていた。


共有していた時間がないなら、これからまた共有すればいい。


イチノとして、骸として、仲良くなればいい。


他人ではない。しかし兄妹でもない。


友達と聞かれたら違う気がするし、恋人にも当てはまらない。


強いて言うなら、家族。ファミリー、か。


大事な人が増えるということは、こんなに幸せなことだったかと、話しては笑い、笑っては話して、大事に大事に、時間を噛みしめる。


今度は絶対に、忘れないように。



「あ」


「あれ?」



今日も一通り楽しんで、黒曜から並盛に帰る途中。


暗い夜道で一人佇む影を見つけて、首を傾げた。



「……フゥ太君?」


「…………イチノ、姉……」


「あ、会ったことないのに知っててくれたんだ。ボクが遊びに行くといつも君、家にいないから」


「ツナ兄や、イーピン達から話は聞いてるよ。僕は同業者には、余り会わないようにしてるから……」


「同業者……」



ということは、ボクはフゥ太にも情報屋として認識されているわけか。



「ははっ、なんだ。いつの間にか嫌われちゃってるんだと思ったよ」


「そ、そんなことないよ!イチノ姉が来るとママンもビア姉も喜んでるし、ツナ兄もイチノ姉のこと、優しい人って言ってた!僕も優しい人は、好きだもん!」


「よせやい、照れるじゃないか……」



うふふと頭をかいて照れをやり過ごしている間も、フゥ太はその場から動かない。


なので電柱の影に隠れるように立っているフゥ太に視線を合わせる為に、手を膝に置いた。



「それにしても何か、元気ないね?どこか具合悪い?家まで送って行こうか?」


「ううん、大丈夫」



首を振るフゥ太にそっかと頷いて、背筋を伸ばす。


ポケットから出した端末で時間を確認すると、もう二一時を過ぎている。


後ろから聞き慣れてきた足音がして、顔をそちらに向けた後ろで、フゥ太が顔を強張らせただなんて、気づかなかった。



「イチノ、どうかしましたか?」


「あ、骸ー。知り合いの男の子がいたんだよ」


「またいずこのお友達のご兄弟ですか?」


「そんなもん…………よ」



暗がりでも骸の顔がうっすらと見える頃。


その時にこのメンツはヤバいと、ようやく気がついた。



「わっ、離して!!」


「捕まえたびょん!」


「犬、静かに」



ぐいっ



「わっ!?」



フゥ太の方を振り返る前に、腕を引かれて口を塞がれた。


目を動かせば、自分を捕らえたのはもちろん骸で。



「よくここまで逃げ回ってくれましたね。ようやく捕まえましたよ、ランキングフゥ太」



フゥ太は千種に羽交い締めにされていて、その横には犬が立っている。


生活にうつつを抜かしている間にも、物語は進んでいた。


もう一度骸の方を見ると、骸もこちらを見たところのようで、目があう。


笑っているのに、それが今まで見てきた笑顔と違うものであることは、すぐに分かった。



「ボンゴレ十代目の情報を吐いてくれるなら、どちらでも構わないのですが……」


「ぐっ」


「イチノ姉!!」


「ランキングフゥ太、あなたが知っているボンゴレ十代目と、そのファミリーについて吐きなさい」


「い、嫌だ!」


「ほう。彼女を見殺しにしますか?」


「イチノっ、姉……」


「むくっ……」



ギリッ



「っっ」




口に当てられていた手が首元におり、喉が圧迫される。


この力強さ、ただの脅しではない。


まず掴まれている手を振り払おうと力を入れるも、その前に遥かに上回る力で手首を握られ、ねじり上げられた。


痛い。苦しい。


何故、骸が。



「痛みに耐えられないなら、あなたでも構いませんよ?」


「オラ!」



ドカッ



「うっ」


「むく、やめっ……子供だ、ぞっ」


「子供でも、マフィアです」



ちらりと骸が犬に目をやると、犬がフゥ太の体に蹴りを入れた。


そして骸の赤い眸が、こちらを射抜く。



「あなたと同じ、マフィアです」


「……!!」



それはまるで、目を覚ます合図のようだった。


何故、骸が?


何故と、問うほど自分は無知だったか?



「………………ボクのこと……ずっと、そういう目で見てたの……?」



憎む、マフィアとして?



「………」


「…………骸?」



喜んでいたのは、ボクだけだったのだろうか。



『僕達が兄妹だという証拠は、どこにもありません。ですからそのことで僕達がどう思おうとも、僕達の自由です』



あの言葉の本当の意味は、なんだったのだろう。


その¨自由¨は、ボクと骸とでは、異なっていたのだろうか。



「答えて骸……」


「…………」


「答えろ骸!!」



緩んだ手を抜け出して、骸の胸ぐらを掴む。


骸の表情から感情は読み取れないし、心も読めない。


骸が何を考えているのか、分からない。



「……むくろ……」



この前は泣くのを堪えられたのに、声が震える。


視界が滲む。



「僕の目的は、マフィアを殲滅し、世界を血の海に変えることだけだ」



泣くな、泣いてたまるか。


その一心で、瞬きを堪える。



「あなたに会うことではない」


「なっ」



カッと、顔が熱くなった。



「ふっ、ざけんな!!」



ボクは、呼ばれてこの世界に来た。


この世界に来るまでに、沢山のことがあった。


それでも耐えられたのは、友達がいたからで。


救われたのは、骸に会えたからで。



「ボクをこの世界に呼んだ張本人が、お前がっ、それを言うなよ!!!!」



手に力をこめ、骸を塀に押しやる。



「世界大戦でも何でも好きにすればいい!!でもボクを否定をすることだけは許さない!!」



ボクに血の繋がった家族はいない。


ジンも、早川さんやツナ達も、白蘭や骸だって言わば、¨気持ちの絆¨の関係だ。


その気持ちが無ければ、ボクは。


その気持ちが無くとも消えない絆を持っていた、唯一の存在は、今は。



「ひとりにっ、しないでよ……っ」



頬が、冷たい。



「ねえっ……お兄ちゃん」


「…………」


「兄ちゃん、兄ちゃん……!」



どうして何も、答えてくれないのか。


たまらなくなって顔を伏せると、骸の匂いがした。


それがまた涙腺を刺激して、涙が顎を伝って地面に落ちる。



「イチノ」



名前を呼ばれて、顔をあげる。


骸は体勢に苦しむ様子もなく、真っ直ぐこちらを見下ろしていた。



「僕の望む答えをくれるなら、僕はこれからも、あなたの兄として振る舞いますよ?」



なんだよ、それ。


瞳が、


胸が、


ひび割れた音がした。



「…………えっ……?」


「あなたが我々の仲間になれば、ボンゴレへ潜入する足がかりになる。まずはボンゴレ十代目を手中に収めたい」



どうして骸は、笑顔でいられるのだろう。


触れられるくらい近くて、体温だって感じるのに、どうしてこんなに遠い距離を感じるのだろうか。



「その為には、あなたの力が必要だ」



両手から、力が抜けた。


骸の言葉が、頭に入ってこない。


骸から離れようと足を動かすも、体がふらついて足がもつれる。


骸にとって、ボクは。


ただの、¨使える駒¨なのか。



「なんだよ、それ……」



元に戻ったと思っていた天地は、こうもまた簡単にひっくり返るものなのか。


ボクの世界とは、それほどまでに不安定なのか。



「助けてイチノ姉!!」


「!」


「あ、てめっ」



自分を呼ぶ声がして、抱きついてきた体を反射的に抱き返す。


目の前には、千種と犬が両側から手を伸ばしてきている。



「¨参る¨……」



死ぬ気の炎がともった両手でフゥ太を抱え上げ、膝を曲げて両足に力をこめ、足に炎がともった後に、跳ぶ。


塀を跳び、民家の屋根を跳んであてもなく逃げる。



「すっ、凄いよイチノ姉、忍者みたい!でも城島犬ってやつは鼻がよくて、どこまでも追ってくるんだ。かなり遠くまで逃げないと……」



肩越しに後ろを見回しているフゥ太が、掴まっているボクの首にぎゅっとくっついた感覚がした。


さっと辺りを見回せば、追ってくる気配はない。


それを確認してから、進行方向を変えた。



「イチノ姉、どこに行くの?」


「…………」


「イチノ姉?」


「…………」


「…………」


「……よく聞こえなかったけど、六道骸と、何を話してたの?」


「ゴメン、ちょっと黙ってて」


「……ううん。僕の方こそ、聞いてゴメンね」






一方、所変わって。






「あれは、死ぬ気の炎……」


「くっそぉ、行くぞ柿ピー!」


「待ちなさい」



白い軌跡を描いて去っていった影を追おうとする二人を止め、骸は地面に落ちているプリントを拾った。



「なんスかそれ?」


「ランキングフゥ太が落としていったものです」


「…………¨並盛中ケンカの強さランキング¨……?」


「あの二人を深追いして目立つのは避けたい。作戦を変えましょう」



上から順にランキングリストを眺めていた骸に、千種と犬はお互いの顔を見合わせてから、口を開いた。



「それは構いませんが……」


「イチノを仲間にしなくて良かったんれすか?骸さんその為に毎日、あの女に付き合ってたんじゃ……」


「あの死ぬ気の炎の使い方……間違いなく、戦闘の経験を積んでいます。イチノをつけている気配もありましたし、ボンゴレの重要人物である可能性が高いかと」


「そういえば、尾行していた人物は特定できましたか?」


「……申し訳ありません。勘づかれたようで、ここ数日は奴も現れていません」


「そうですか……。しかし、このランキングに彼女の名はありませんね。もしかしたら、彼女が転入する前に作られたものなのかもしれません」


「うげ、それ信憑性あるんれすか?」


「ランキングフゥ太が来日したのが今年に入ってからですから、最大でも八ヶ月以内に作られたものでしょう。使う価値はあります」



ランキングを千種に手渡しし、骸は静かな夜空を見上げる。


逃亡者達の気配は、もう完全に消えていた。



「思ったより良い返事が貰えませんでしたからね。彼にまで出て来られては、作戦に支障が出かねない」



正体不明のボンゴレ十代目という大物獲りをしながら、神の異名をもつ相手と本気の幻術バトルだなんて、御免こうむりたい。



「使えるものは何でも使います。しかし、邪魔なものは排除する」



自分を揺さぶるような、不安要因だって。


もうカタギの生活を送っていた陸ではないならば、必要ないから。




 
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