飴乃寂
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うわああああああん、ああああああん
ドアを開けて聞こえてきた泣き声に、ジンは面食らって立ち止まった。
リビングの出入口で固まった自分を見留めたのは、泣いている方ではなく、片手で端末を持ったまま身動き取れないでいる方だった。
「ジン兄!やっと来てくれたんだね!」
「お前ら人んちで一体何してんだ……」
場所は白沼町の、とある一軒の白い借家。
そこには何故か子供のように泣いているイチノと、イチノに抱きつかれて動けないでいるフゥ太がいた。
イチノの端末でフゥ太から連絡があった時から――――電話口でも微かに泣き声が聞こえたし――――何かかが起こったことは分かったが。
「鍵はどうした」
「イチノ姉の合鍵で」
「……ここまでどうやって来た」
「イチノ姉が走って、僕は担がれて……」
「…………ここの住人は?」
「しばらく帰って来ないって」
やはり無断使用の上、住居不法侵入か。
骸に会ってからしばらく上機嫌でいたというのに、とうとう想い人にフラれでもしたのか。
しかしただの失恋なら幼いフゥ太がこんな時間にも関わらず巻き込まれているのもおかしな話で、ジンは頭をかいてから、イチノをフゥ太からひっぺがした。
イチノが座り込んでいたとはいえ、四十センチ以上背丈が違う中学生に体重をかけられていたフゥ太は、安堵したように息をついて座り込んだ。
「おい、イチノ」
「ああああああっ」
「………………一体何があったんだ?」
「それが……三人組の中学生に追われて」
「三人組?」
「殺し屋だよ。ボンゴレ十代目であるツナ兄を探してるんだ。主犯は、六道骸」
「おい、どういうことだ」
ひっぺがされれば今度はジンに抱きついて泣き続けるイチノを見て、ラチが明かないとフゥ太を見る。
しかし骸の名が出た途端、ジンは険しい顔をしてイチノの肩を掴んだ。
ジンと目が合い、一瞬止まった黒い双眸が、再び歪んで濡れそぼる。
「むっ、くろが、あ……っ」
それから途切れ途切れにイチノの話を聞き、フゥ太に裏社会での骸一味のことを聞いたジンは、おもむろに壁掛け時計を見上げた。
本来なら人がいないはずの家なので明かりもつけていないが、そもそも人ではない自分には、容易に時計が読めた。
「もう夜遅い。お前は寝ろ」
「でも、また三人が追ってくるかもしれないし……」
「標的が十代目なら、お前達を深追いしてこの町まで来ることもないだろう。いざという時は俺が隠してやる。ほとぼりが覚めるまでこの家にいろ」
「でっでもこのままじゃ、ツナ兄達も危ないんだよ!?」
「お前は自身と兄貴分と、どっちを守りたいんだ?」
「それは……」
「あいつらの戦いは、あいつらに任せろ。自分も戦いたいなら、戦う力をつけろ」
「!」
「……悪い。今手一杯なんだ、キツい言い方しちまった……」
「…………ジン兄」
掌で目元を隠したジンの傍には、大分落ち着いたものの、ぐすぐすと鼻を鳴らすイチノがいる。
話で聞くイチノはいつも笑っていて、誰かと一緒に町を回っているんだとか。
そんなイチノが骸にすがり、別人のように変わってしまった。
情報を得なくとも、この三人に何か特別な繋がりがあることは、分かった。
「ジン兄は、これからどうするの?」
「俺はもう少しこいつから話を聞く。寝室はここを出て左手だ」
つまり、席を外せということか。
「……うん、分かった。おやすみジン兄」
「おやすみ」
出口に向かって歩きかけ、そうだったとイチノに向き直る。
「イチノ姉!」
「………ぐす、ん?」
「助けてくれてありがとう!イチノ姉はツナ兄に負けないくらい凄いよ!」
少しでも元気になってもらいたくて笑ってみせると、泣き張らした顔をしているイチノも、ほんの小さく笑った。
「可愛いコの為なら、お安いご用だよ」
「ふふっ、おやすみイチノ姉!」
「おやすみ」
頭を撫でられて、今度こそリビングを出る。
二人きりになった暗いリビングで、イチノは額を目の前にあるジンの胸に預けた。
チッチッチと時計の秒針が響く空間で、しばらく間を置いてから、ジンが口を開ける。
「言ったのか………お前に会う為じゃないって」
「…………うん。今までは、兄のフリをしてたんだって」
「…………」
「…………ねえジン、ボクはどうして、この世界にいるのかな」
「………」
「…………いる意味、あるのかな」
「……臨」
「なんで、今まで頑張ってたのかな……」
人に会わなければいけないと言われ、唐突に生活が変わった。
死にたくないと、アリアさんに懇願した。
失った記憶を取り戻そうと、獄寺達も巻き込んだ。
始まりは、たった一つの願い事。
しかしその願い事が儚く消えてしまったら、それに続いた数々の想いは、記憶は、何のための軌跡だったのだろう。
「ボクの、陸は…………」
本当に、その人とは仲が良かったのだろうか。
本当に、そんな人は存在していたのだろうか。
「陸は……っ」
パラレルワールドじゃない、自分と時間を共有した、誰かは。
「陸はっ……どこにいるんだよ……っ」
涙腺は枯れることを知らず、次々に涙を量産する。
今ばかりは傍にいて、抱きしめてくれるジンの存在が唯一の支えだった。
でなかったらとっくに、寂しくて死んでしまったかもしれない。
「………………引っ越すか、臨」
「……え?」
「外国にだ。白蘭のところに転がり込んでやろうぜ」
いいアイデアだとばかりに、ジンは唐突に切り出して笑った。
白蘭か。まだ一週間も経っていないのに、もう何ヵ月も会っていないような気がする。
あの憎らしいくらい飄々とした笑顔が目に浮かんで、それもいいかもしれないと思った。
白蘭なら、突然押しかけても歓迎してくれるだろう。
伯父さんが集めたオカルトコレクションを物色してみるのも、面白そうだ。
「……白蘭となら、きっと楽しいね」
「ああ、まあな」
「夜通し遊んで、甘味を食べて」
「……週末だけなら見逃してやる」
「そういえば白蘭にも友達、いるかな?話聞いたことないけど」
「どうだろうな。いても想像つかねーけど」
「いるんなら、会ってみたい」
「やめとけ、多分ろくでもないやつばっかりだぞ」
「ふふ、そうかな、意外とボクとも気が合いそうだけど」
「二人きりでああだったのに、人数が増えたらとんでもない騒ぎになるだろ」
「それは、言えてる」
あははっと笑って、喋る度に気持ちが落ち着いてきたことを感じた。
ふうと息をついて、喋り疲れた口を少し休ませる。
「…………会いたいなあ、白蘭……」
「今なら向こうの新学期にも間に合うぞ」
「……止めてよジン君、本当に行きたくなるでしょ」
転校はしないと、もう明言してあるんだから。
「…………。…………そうか」
「そうだよ……」
沈黙の間合いからジンが納得していないことを感じたが、気づかないフリをして目を閉じる。
泣きすぎて、目も痛かった。
「お前も寝ろ。明日は学校も休みだ」
「うん……そうする」