飴乃寂


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£再会£




目を閉じれば、決して忘れるものかと神経に焼きつけた、ボロい布切れが鮮明に浮かぶ。


よれた696の数字。乱雑に血で書かれた、三つの単語。


リン。ボンゴレ。ナミモリ。


ローマ字でなく日本語の片仮名で書かれているから、日本国とも関係しているのか。


私物の一つも持たぬ自分が唯一持っていたのだから、とても大切なものなのだろう。


リンとは人名なのか、物の名前なのか、はたまた、全く別のものを指すのか。



三叉槍を握って、施設を出たあの日。


世界に絶望して、全てを壊そうと決めた日。


右目から流れ出る前世の記憶に塗り潰された自分が、塗り潰される間際に叫んだ声を聞いた。



『――会いたい。会わせて――』



一先ず自分は、どこぞの誰かに会う為にも、この汚れた場所から出なくてはならないらしい。


不思議なことにマフィアを殲滅させようとすればするほど、ボンゴレという名に邪魔され、それを打破しようとすると、ナミモリという地名に格好の標的を見つけた。


まるで誰かが、自分をそこに導いているようだ。


と言ってもあの文字を書いたのは恐らく自分なので、今までもこれからも、自分は己の意志でのみ歩んでいるはずだが。



「…………一体、どんな人なんでしょう……」



唯一全く情報を得られない、¨リン¨――――今のところ人名の線が濃いが、直接会わなければ正誤の判断もできないままだ。


自然溢れる幻想世界で不似合いな、まるで世界の汚点を集めて黒ずんだような古ぼけた四角いドアは、今まで開いた事がない。


それどころか、世界でその姿を見せること自体まれなのだ。


そのドアの向こう側はただ真っ白で何もなく、この世界にあるはずのない世界の終点、行き止まりを示している。


あえてその行き止まりを探して歩き回っても、目の前に広がるのはひたすらに草原のみ。


造りはどこにでもある部屋のドアなのに、汚れのせいか重苦しい鋼鉄の扉のような威圧感があるから、遠目からでもすぐ気がつくというのに。



そしてあくる日の今、自分はその不思議なドアの前に立っていた。


目の前に開かずのドアが開いている以外は何もない、世界の終点の境目に。


ここから先は、ただ真っ白な世界。


恐らく¨リン¨へと近づける、唯一の場所。


何故ならこの幻想世界―――人間の精神世界―――で自分が訪れていない場所は、この世界の果てのみなのだから。


そう。人間のいない、¨神¨がいる場所に。



「もうすぐ会えますよ」



誰にともなく呟きながら、草原を出て真っ白な世界に足をのせる。


会いたがっていた彼は、前世の名前達の中のどれだったか。


ふと瞬いてから違和感を感じて、そうだったと唇を歪める。


彼はどの前世にもない、異端の記憶だった。



「あなたの名が、これで分かればいいのですが」



確かに世界に存在していたのに、跡形もなく消えてしまった彼に、哀れを抱き、滑稽さを嘲笑して。



「でないと僕も、安心して世界を征服できないじゃないですか」



これは復讐ではない。


待ちに待った、自分自身との対峙である。




 
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