飴乃寂


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鞄は足元に置いて、二つ並ぶブランコにそれぞれ座る。


手にはチョコレートドリンクが残っているが、お互い中々減らないようだ。



「………えっと……じゃあ骸も、陸って人のことは、覚えてないんだ……」


「ええ。感覚的に記憶にあるだけで、気づいた時には今の体となっていました。辛うじて覚えていたことも、これを見たからに他なりません」



そう言って骸が鞄から出したのは、古ぼけた布切れだった。


ビリビリに破けた布に掠れた文字で、リン、ボンゴレ、ナミモリと片仮名で書いてある。


黒ずんだ布よりも黒いこれは、血文字だろうか。



「…………これを、陸が?」


「僕は書いた覚えがないので、多分ですが」


「……そっか」



これを書いた時、陸は、陸という人は、何を思っていたのだろうか。


それが後の骸だとするならば、恐ろしい人体実験が行われる施設にいたはずだ。


怖くはなかったのか、寂しくはなかったのか。


聞きたいことは、上げればきりがない。


ゆうべジンが部屋に来て話を聞いた時は、天地が誰かに力ずくで逆さまにされたような気がした。


それからずっと、今にも泣き出しそうなのを、意地で堪えている。


この状態で学校に行っても落ち着かないことは目に見えていたので、今日はもう一度骸に会いに黒曜に来た。


待ちぼうけになったらどうしよう、いやそれでいいかもと思いながら昨日と同じ店で朝から待っていたら、向こうも同じことを考えていたらしく、すぐに再会できたのは良かったが。



骸は右目を移植されて六道の力を得、それ以前の記憶を失っているとか。


ボクはボクでトリップして記憶を飛ばし、パラレルワールドに飛び、なんか水を操れるように、死ぬ気の炎が出るようになっているし。


まさかまさか、骸も似たようなことになっていようとは。



「じゃあなんなんだ。ボク達は兄妹なの?他人なの?」



陸って誰なのマジで。とやさぐれて永遠の疑問を問うても、一番気になるのは結局そこだ。


もう冷めきってしまったチョコレートを飲むと、横から興味があるようなないような、淡白な声が聞こえた。



「さあ……血の繋がりはないですし、共に暮らしたような記憶もない………となれば、ただの他人と変わりません」


「…………他人、か……」



そうだよね。


いくら陸が会いたいと言っても、トリップする前のボクが会いたいと言っても、今のボクらには身に覚えのないことだ。


頭では納得できるのに、胃に違和感があって眉が寄る。


骸がこう言うなら、これからも他人として接すればいい。


昨日のように何も知らないフリをしてナンパして、適当に喋って帰ればいいだけだ。



『お前達に何があったのかは、お前達しか分からない。だがお前は、会いたいと即答したんだ』



ジンは最初にああ言ってたけど、これじゃあ真相も闇の中。


ただお互いブラコンのシスコンで、お互いを恋しがってたとか、そんな想像しかできない。


煮え切らない。パラレルワールドの件もあるし、陸という双子の兄らしい人のことが知りたい。


できれば、思い出したい。


思い出して、あげたい。


ああもう、泣いていいかな。



「ですが、あなたの行動や考えてることは、何となく分かります」


「えっ?」



骸の方を見ると、右目を隠したままの骸と目があった。



「陸という双子の兄のことを、思い出したいんでしょう?」


「……………骸にその気がないなら、強要するつもりはないよ」



その目に見られるのは何だか居心地が悪くて目を逸らし、またカップに口をつける。



「では、あなたが昨日帰宅した後の行動でも当ててみましょうか」


「は!?」



分かるって、そういう意味で!?


思わず骸を見たが、骸は正面を向いたまま喋り始めた。



「帰宅した後、あなたは同居人がいる部屋へ向かいます」



確かに昨日、というか日常的に、ジンがいるキッチンへ向かったが、ごく普通のことなのでは。



「鞄の中から土産の袋と弁当箱を出して、ソファがあるならソファへ、ないなら傍の椅子へ鞄を放ります」



……………ん?


確かに昨日はチョコレートのお土産(と言っても自分用)があったから鞄から弁当箱と一緒に出して、いつも部屋まで持っていく鞄を、ソファに放り投げて、



「チョコレートを食べた後でしたから、甘酸っぱいものが飲みたくなって、冷蔵庫からオレンジジュースでも飲んだかもしれません」



かもじゃないです。飲みました。


果汁百パーセントのオレンジジュースを。



「なんなんだお前昨日から!!?」



行動を先回りしてみたり、読心術でも使ったのかと疑う言動をしたり。


ブランコに乗ったまま、可能な限り骸から離れると、骸はクフフフとあの笑みを溢した。



「おや、当たりなんですか?昨日の僕の帰宅してからの行動を、言ってみただけなんですが」


「それでも同じすぎるだろ!?」



むしろリンクしてる!!



「ええ、今ので確信しました。やっぱり僕は、あなたのことなら何となく分かります。昨日も帰るだろうと思って席を立ってみたら、案の定でした」


「えええぇ………」



でもいくらこじつけて否定したところで、マンションの屋上を言い当てた理由は思いつかない。


これはなんなんだ。


行動………考えが似ているということか?



「そっ、そういうことなら、ボクも骸の行動を言い当てられるってことだ!」


「ふふ、やってみますか?」


「やる!えっと……じゃあ朝起きてやること、とか」


「クフフフフ」



なんか悔しいし。


骸の挑発に乗って、自分の朝の習慣を頭に思い浮かべる。



「朝起きたらまず、時間と日付を確認する」


「万人に言えそうですね」


「でもボクは部屋内の人影と安全を確認してからじゃないと、ベッドから出ない!」


「、」



トリップしてたらどうしようという、パラレルワールドのトラウマがあるからな!


いくらトリップしなくなったからと言っても、この習慣だけは欠かさない。



「んで着替えたら髪を整えて……」



止まった骸に近づいてそっと手を伸ばし、スラックスの右側のポケットに指先を入れた。


流石に手を突っ込む度胸はなかったので、その中に入っていたものをつまみ出す。



「………右側のポケットに櫛を入れ、る……」



本当に櫛が入っていたのにも驚いているのに、ワンプッシュで櫛が出てくる折り畳み式の同じ製品を骸が持っていたのだから、そろそろ怖くて認めたくなってきた。


ちなみにボクは見た目が同じ、折りたたみナイフも持っている。



「骸、この櫛と同じタイプのナイフ持ってる?」


「ええ、同じポケットに。ほら」



そうして櫛と同じポケットから出てきたのは、小さなナイフ。


よよし、確認の為に、もう少し聞こう。



「むっ、骸………君は好きな物は取っとく派?先に食べちゃう派?」


「先に食べますね」



一緒だ。



「おにぎりの具で好きなのは?」


「梅干しです」



同じだ。



「目玉焼きには何かける?」


「醤油です」



こいつ本当にイタリア人なのだろうか。



「何か失礼なことを考えていませんか?僕は日本好きなただのイタリア人です。ついでにオムレツはデミグラスソース派です」


「オムレツのデミグラスソース、美味しいよね!」



ほらまたこうだ!!


ボクってそんな顔に出てるの!?



「………シャンプーは?」



性別が違うなら、異なってる可能性は高いかな。


もう何でもいいから、骸との違いを探したい。


しかし聞いてから、気づいた。



「あっ、やっぱこの質問なし!!答えなくていい!!君が何のシャンプー使ってるかはもう知ってる!!」



だって匂いで、分かったもの。



「タカをくくって言います。あなたと同じツキシロです。白いボトルの」


「だから言うなって言ったのに!!」


「あなたから同じ香りがしますからね」


「でもコンディショナーは違う!」


「あなたのはハニーホームですね。ピンクのボトルはオススメしませんが」


「あれやっぱりピンクのボトルよりオレンジのボトルの方が、髪に合ってる気がするんだよね」


「ええ。ピンクの方は髪を洗った後、なんかごわごわします」


「そうそう」



ズッとカップを傾けると、図らずも骸と同じ行動をとっていたことに気づいて、危うくチョコレートを喉に詰まらせるところだった。


なんで骸とシャンプーの種類について共感しているんだか!!



「ゴホッ。な、なら……あそこの自販機で何を買ってくる?」


「クフフ、面白そうですね」



足元の鞄からノートを取り出し、端を破ってペンと一緒に骸に渡す。


特に説明してないのに、骸は掌の中でサラサラとペンを走らせると、それを小さく折り畳んでボクに渡した。


中身を見たいが、それでは意味がない。


紙をポケットに入れて、財布片手に自販機へ向かう。


コーヒーに炭酸水、スポーツドリンクにお茶、水といった一般的な缶ジュースが並んでいる。


こういうのは、深く考えずに直感で選ぶべきだ。


ボクはスポーツドリンクが飲みたかったから、二種類あるうちの片方を二本買って、骸がいるブランコへ戻った。



嗚呼、おかしげに笑ってやがる。



紙を読まずとも、結果はもう分かってしまった。


近づくにつれ笑いを堪えているように眉を寄せる骸に、缶を一つ突きつける。



「はい、チョコレートのお礼」


「ふふっ、ありがとうございます」



缶を受け取った骸の隣に座って、ボクは漸くポケットから紙を出した。


折り畳まれたそれを広げれば、〇クエリ〇スと書いてある。



「っだあぁ―――!!一体何の手品だこれは!!!」


「タネも仕掛けもありませんけどね」



これが手品とするなら、骸の預言は大当たりの大成功ってことだ。


もちろん、ボクが買ってきたのは〇クエリ〇ス二本。


八つ当たりで紙をビリビリに破き、また両手で頭を抱える。


もう嫌だ、認める。



「き、聞いたことがある………双子は以心伝心するって…………おまけに離して別環境で育てると、仕草や服装やら、何から何まで瓜二つになるって……」


「それなら僕も知ってますよ。確か双子というのは、無意識のうちに傍にいる相手と別のものになろうと行動するので、同じ環境で育った双子は、正反対な性格になるとか」



もう同じ知識を持っていたことさえ、因果を感じてならない。



「ね、ねえ骸…………そういえば君が中に来てるシャツって……」


「ああ、これですか?知人からの頂き物なんですが、気に入っているのでよく着ています」



骸が学ランの中に着ているシャツを指さすと、骸は答えてからふと瞬きしてボクを見た。


ボクはセーラー服なので普段中のシャツは見えないが、襟から中のシャツを引っ張りあげると、ダメージ加工された襟と特徴的なラインが出てくる。


言わずもがな。



「…………」


「…………」


「……あなたも知り合いから頂いたんですか?」


「お姐様が衣替えしてたら、昔買った新品のが出てきたからって、くれた……」


「得た経緯も一緒ですか」


「っていうかこれレディースブランド!!」


「着れるし似合うんだから良いじゃないですか」


「その通りなのがまた腹立つんだよモデル体型め!!」



一拍置いて深呼吸し、あらぶる気持ちを落ち着ける。


ここまでいったらキリがないので、改めて確認を取ろうと、骸を見上げた。



「ね、ねえ骸………血の繋がりも、一緒に暮らした記憶もないんだから………ボク達は、兄妹じゃないんだよね?」


「………」



骸が最初にそう言ったし。


期待してるのか不安なのか分からない緊張を感じて骸を見つめていると、骸がふと首を傾げた。


さらりと髪が流れ、ずっと隠れていた赤い右目が露になる。


その両目に見つめられ、唇をきゅっと結んだ。



「ええ。僕達が兄妹だという証拠は、どこにもありません。ですからそのことで僕達がどう思おうとも、僕達の自由です」


「!」


「少なくとも僕は昨日、あなたが陸の想い人であったらいいのにと、思っていました」



目尻が下がり、口端が上がる。


相手のそんな動作に釣られて、自分の口許も緩むのを感じた。


ああなんだ。ボクが骸を嫌っていないように、骸もボクを、嫌っていたわけじゃないのか。



「やっと会えたね」



感極まって言ってから、自分の台詞に瞬きを一つ。


やっと会えた?ああそうか。


元の世界では覚えがないし、パラレルワールドじゃ存在だけを感じていて、本人に会った記憶はないからか。


じゃあ本当に本当に、これは。


感動の再会、とやらなんだろうか。



「ええ、会えましたね」



骸が同じように笑ってくれたのが嬉しくて、その顔が太陽の逆光で見えずらくなったせいか、輪郭がぼんやりボヤけて、



「やっと、臨に会えた」
『やっと、臨に会えた』



同じ口から、別の人の声が聞こえた。


気がした。








今度こそ胸のヘコみが、綺麗に埋まった音だった。

(その笑顔を見たら、骸もそうなんじゃないかって、そうだったらいいな、なんて思った)
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