飴乃寂


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£好き嫌い£




どうにか夏休みの課題を終え、また授業の合間に委員会の書類を配達しては、放課後は鬼ごっこをしてナンパに逃げるという日々が始まった。


相変わらず早朝の修行はスパルタで(主に精神的に)キツいけど、ああ今日も素敵な一日だったとドアを開けると、リビングに見慣れた人影が。



「なんか珍しいね。君が家にいるなんて」


「あ?ここは俺の家だ。俺がいて当然だろ」


「そう?避けられてる気がしたから、ずいぶん久しぶりに君と話す気がするよ」


「避けてたのはお前だろ!?」


「そうだっけ?覚えがないなぁ」


「この前あからさまに言い逃げしてったのはどこのどいつだよ!!絶対に尻尾つかんでやるから覚悟しとけ!!」



甲斐甲斐しく続いている飯炊き作戦をしに獄寺の部屋に行くと、夏休み後半から姿を見せなかった獄寺が、ソファでくつろいでいた。


夏休みが終わった後もご飯を作る時間帯はいつも家に不在だったし、学校では同じクラスだけど、ボクが仕事で忙しい。


弁当は朝一階の出入口にある獄寺の郵便ボックスに入れてきてしまうから、顔を合わせることもない。


必要最低限だけ喋るというマイルールを強いていたこともあって、やはりこうまともに会話するのは久しぶりだ。


獄寺の言い様を見ても、「見ていてね」という宣戦布告は忘れられてないらしい。


よしよし上出来だと内心頷いて、あからさまに鼻を鳴らす。



「ふっ、忠犬のくせに鼻が利かないなんて駄犬もいいとこだよね。そのまま君が駄犬にならないことを祈るよ」


「〜〜〜〜〜っ!!帰れ!!!」


「はい、お邪魔しました〜」


(って違う!!わざわざ待ち伏せしてたのに、追い返してどうする!!)


「おい待てお前!」


「待ちません、帰ります」



スクールバッグと買物袋を持って回れ右し、リビングのドアへと向かう。



「それに避けてたのはやっぱり君の方でしょ。夏休み末はご飯いらないって言うし、その間全く姿見えないし」



本当に、何をしていたのやらだ。



「あ、でも街中でハルちゃんが獄寺を見かけたとか言ってたっけ?」



一度だけそんな事があったが、やはりそれっきり音沙汰なかったし。


やっぱり宣戦布告のことが歪曲して伝わってるのだろうか。


もっとボクに興味持ってくれよって意味だったんだけど、ボクじゃなくてボクのバックにありもしない裏組織とか調べてたんだったならどうしよう。意味ないじゃんそれ。


あれ、ちょっと心配になってきた。



「これを見ろ!!」



ドサドサッ



「…………その本、何?」



一抹の不安から足を止めると、後ろで何か重いものが落ちる音がして、反射的に振り返る。


するとテーブルの上に何かが広げられていて、遠目からでも分かったそれを指さして尋ねると、獄寺は腕を組んで得意気に言った。



「お前がメニューで悩まないよう、買ってきてやった。ありがたく使え」



メニューって、まさか。


そう思ってテーブルに近づき、問題のものをよく見ようと身を屈める。



「…………『マフィアの為の健康レシピ』『強靭な体を作る料理』『マフィアのおかず365日』……」



相手の上から目線は置いとき、どこで入手してきたか分からない本の数々を見、もう一度獄寺を見上げる。



「誰かに何か言われたの?」



元々、ボクが料理することに乗り気じゃなかった獄寺だ。


それがこの協力っぷりの変わりよう。


あのいない期間に何があった。



「ふん。リボーンさんに、食事はマフィアとして大事なことだと教わってな」



なんだリボーンか。


しかし口添えしてくれたリボーンの為にも、このイタ飯作戦は成功させなければ。



「俺の食管理を任せる以上、手抜いたら許さねーからな!?まず一日三食五十品目は絶対だ!」


「いらん知識までつけやがって」



毎日五十品目も一人分ずつ作るだなんて、どんだけ手間になるか。



「なっ、都合いいイタ飯女と解釈しろって言ったのお前だろーが!!」



そういえばそうだった。


正直に面倒臭いとぼやくも、過去の自分の決意を突きつけられて息をつく。



「頑張るよ」


「おう」



単純計算で、一食十五〜二十品目か。


今まで家庭料理というか、オムライスと牛乳とサラダ、というような一般的なものを振る舞っていたが。


こうなってはもう、御膳のようにきっちり用意するしかないか。


それともマフィアだと洋風というかイタリアンだから、御膳じゃなくフルコースか?


分からん。既にこのレシピ本達にお世話になりそうだ。


その本を集めて腕に抱えてから、ああそうだったと獄寺を見やる。


すぐ視線に気づいて訝しげな表情の相手と目をあわせ、笑った。



「本、買ってきてくれてありがとね」


「っ、おっおめーが手抜きしねーように仕方なくだ、仕方なく!」


「はは、そっか」



礼を言った途端、あからさまに動揺してそっぽを向いた獄寺。


ああ。やっぱりこいつは、美男子のくせに可愛い。


たとえ女に生まれていても、モテただろう。


そうなったら悪い虫がつかないように付きまといますとも!


ってもしかして、今とさほど変わらない状況ってことだろうか。



「あ、あと!お前に聞きたいことがある!」


「うん?」


「……何ニヤけてんだ、きめぇ」


「この飴と鞭な」



上機嫌も一瞬で真顔に変える、獄寺の本音が現れた表情と悪態よ。


ツンデレか。ツンデレだった。



「で、なんだい?」


「お前今まで、ここでメシを作る時、何を作るのかどうやって決めてた?」


「んん〜?」



変なことを聞くな。獄寺の嫌いなものを出した覚えはないが。


顎に手を当てて考えるポーズを取りながら、自分の記憶をさらう。



「今日は大根が安いなあとか、玉ねぎを微塵切りにする料理をしたいなあとか……?」


「…………」



相手からの反応がない。


もっと違うことか?



「…………んー。獄寺って牛肉コロッケも好きだよなあ、とか」


「それだ!!」


「え?」


「お前が作った三十三食九十八品中、八十九品が俺の好物だったのは偶然にしちゃできすぎてるんだよ!!」


「…………まさか君、作ったものみんな覚えてるの?記録でもしてるの?」


「最初は偶然かと思ったが、四日目辺りから不信に思ってな。見ろ、これが証拠だ」


「うわこまかっ!気持ち悪っ!!」


「なっ、きっ気持ち悪いって言うな変態!!いいから白状しやがれ!!」



獄寺が開いて出したノートには、日付とその日出た料理の品目。


例えばオムライスだと中のご飯と一緒に何が入っていたかまで、こと細かに書かれていた。


恐らく名前が分からなかっただろうもののイラストと色の説明も載っているが、いかんせんイラストが前衛的すぎて、何のイラストなのか皆目見当つかない。


まあ気づいていたなら構わないし、聞かれたら答えようと思っていたことだ。



「恋する乙女を舐めるでないよ。君のファンクラブの子達なら、君の好物も誕生日も、お姉さんが苦手だってこともみんな知ってる。もはや常識だよ」


「チッ、どの女共だ……」



つまり一重に、ファン根性のなせる技である。


いい意味でも悪い意味でも人から注目されていれば、それだけ自分のことは知られている。


誕生日だって、獄寺が落とした生徒手帳を拾った女生徒から広まったくらいだ。


その本人が手帳を拾ってもらったことを覚えてるかどうかは知らないが。



「あ、でも君がピーマン嫌いってのは、学校じゃボクしか知らないはずだから」



ガタタッ



「なっ、何故それを!?」



おおう、思ったよりでかいリアクション。



「奈々さんに聞いた。苦手なのにいつも頑張って食べてくれるって言ってたから、もしかしたらツナ君も気づいてるかもね!」


「うがああああぁお母様だけでなく十代目にまで――――!!?」


「右腕の君がピーマン嫌いだなんて片腹が痛いわ!」


「くっそぉ俺のピーマン嫌いごときで、十代目に恥をかかせるわけには……」


「明日から苦手克服の為に、ピーマン料理にでもするかい?」


「ぐぬぬっ……だが十代目の為だ………だがっ」



テーブルにつまづいて床に四つん這いになっている獄寺は、体を震わせて暫く何かと葛藤しているようだ。



「ピーマンが食えなくても、俺は立派なボンゴレ十代目の右腕になってみせますから………どうか、どうかピーマンだけは……!!」


「そんなに嫌いだったの」



沢田宅では頑張って食べてたらしいのに。


それだけバレたくないってことか。



「じゃあ明日はピーマンカレーにしよう」


「キーマカレーみたいに言うな。ぜってー食わねーぞ」


「そもそもどうしてそんなに嫌いなんだい?ポイズン料理に比べたら屁でもないだろ?」


「それとこれとは違うんだよ!!あの苦味といい色といい形といい……しかも中が空洞って何だよ!?ありゃ実のないただの皮だ!つまり普段お前らが食ってるのは野菜の皮ってことで、そう考えたらとても食えたもんじゃない」


「なるほどね。ならパプリカもダメ?」


「パプリカはまだマシだが、やはり進んでは食わねぇ」


「ふんふん。なら今後の料理に検討するよ」


「…………おう」


「…………」


「?」



数拍置いて頷いた獄寺をちらりと見、少し躊躇ってから自分の欲望に負けて言う。



「じゃあ明日からはピーマンずくしだ」


「何でだよ!!っ、」



想像通りの突っ込みに内心笑みが止まらないが、すぐ気まずそうに口つぐんだ相手と顔を見合わせた。



「獄寺君、今夜は何が食べたい?」



今までは好物を見当して勝手に作っていたので、リクエストを聞くのは今回が初めてだ。



「…………………………………………………………………………ぎゅ、牛肉コロッケ……」



何かの抵抗のような長い沈黙の後の言葉に、笑みは心中で留まらず頬が緩んだ。



「いっぱい作るね」



やっと、一歩前進だ。


それで改めて分かった。


やっぱりボクは、この人が好きだなあ。と。




 
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