飴乃寂


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「すみません、そこの読書をしている方」


「……私かしら?」



古本屋で購入した小説を読みながら歩いていたら、聞き慣れない男の声に呼び止められた。


足を止めて後ろを振り返ると、旅荷物を持った同い年くらいの男が三人、道端に集まっている。


そこで自分の周りも見回してみると、いつの間にか帰路から逸れた所に来てしまっていたらしい。


電柱にはなんと、隣町の名前が書いてある。



「イヤだわ、曲がり角間違えていたのに気づかなかっただなんて……」



それも家に着くのまで待てず、好奇心に負けて少しだけだと読んでみれば、そのあと全く止められないくらい美味しかったこのけしからんホモ本が全て悪いのだけど。


本に栞を挟みながら現実世界に引き戻してくれた男を見上げると、あらわになった顔半分だけでも、どこぞの親友が好きそうな整った顔立ちをしていた。



「ところで、何かしら?」


「恥ずかしながら、道に迷ってしまいまして……黒曜ランドという所に行きたいのですが」


「……失礼だけど、旅行者かしら?」


「いえ、留学です。しばらくこの町に住むんですが、まずそこに行きたいと思っていまして」



恐縮そうに笑って頭をかく相手は、丁寧な口調からも、物腰の柔らかい人だと伺える。


日本語も流暢だし、外国人といっても会話に支障はなさそうだ。


もしかしてあとの二人は、日本語ができないから終始離れた所で無言なのだろうか。


頭の隅でそんなことを考えながら、親切心でできるだけ丁寧に答えようと頬に手をあてた。



「気を悪くしないでほしいんだけど、あそこはもう大分前に閉鎖して廃墟になってるのよ。だから多分、行ったとしても中には入れないわ」


「ああ、それなら大丈夫です。こう見えても僕、廃墟を巡るのが好きなので」



と言うことはつまり、むしろ廃墟だから行きたいということか。


中に入れないのなら楽しみも大幅減少な気もするが、廃墟マニアのツボは全く分からないし、外からだけでも見たいということなら、強く咎める必要もないだろう。


そう結論づけて、黒曜ランドに続く進行方向を指さした。



「この道を道なりに進むと、大きな通りに出るわ。寂れた道だけどほとんど一本道だし、迷うことはないと思う」


「助かりました。ありがとうございます」


「いいえ、どういたしまして」



キレイに微笑んだ相手につられて笑い返すと、相手はクフフ、と変わった笑い声をこぼした。


ここで別れても良かったが、親友に教えたらとても喜んでくれるだろうかと、鼻息荒くして笑う親友の顔を思い浮かべた。


ならたまには親友の為に一肌脱いでやろうと、仲間の元へ戻りかけた相手を呼び止めることにした。



「ねえ、あなた」


「はい?」


「私と同い年くらいに見えるけど、どこの学校に通うのかしら?」


「ああ、黒曜中学の二年です」


「黒曜……二年じゃ、やっぱり私と一緒ね」


「おや、そうなんですか」



今は不良校と名高い元進学校に留学することになるなんて、なんて運のない人達なんだ。


他の二人は不良に見えなくもない外見をしているけど、この人は真逆の人種に見えるし。


いじめとかカツアゲとか、大丈夫かしら。まあ何かあっても、後ろの二人が守ってくれるわよね。



「ええ。私、隣の並盛中に通っているの。それで友達が、あなたのような顔の人が好みなんだけど……」


「おや、嬉しいですね」


「柿ピー、あれがナンパってやつか?」


「……興味ないけど、多分ね」



なんだ、後の二人も日本語喋れるんじゃない。



「しかしすみません、連絡先の交換とかという話なら……」


「ああ、私からお願いはしないから大丈夫よ。あなたみたいな人がいるって言えば、本人が直に駆けつけるだろうし」



本当に彼女は毎日毎日、お近づきになる為にだけに古今東西走り回るものだ。


忙しい仕事の合間を縫ってナンパに明け暮れ、多忙を極めているのだから天晴れである。



「でもお名前だけ、いいかしら?」


「それくらいなら。僕は六道骸といいます、そちらは?」


「六道ね。彼女は、品臣イチノちゃんっていうの」


「いえ、あなたの名前ですよ」


「私?早川リンよ」


「リン……?」



そこで今までにこやかに話していた六道の目が、驚いたように見開かれた。


しかし自分に心当たりはないし意味が分からなくて首を傾げると、間合いを図るように押し黙った六道が、ゆっくり息を吸った。



「失礼ですが、ご兄弟は?」


「私は一人っ子だからいないわよ?」


「……そう、ですか」


「?」



まるで安堵したような、ガッカリしたような息をついた六道。


もしや、誰か探しているのだろうか。



「リンという人を探しているの?」


「え、ええ、まあ」


「……」



このどもった感じ。余り触れられたくない話題かしらね。



「さっきのイチノちゃんって、友達が凄く多くて情報通なのよ。もしかしたら、何か知ってるかもしれないわ。気が向いたら聞いてみてちょうだい」


「はい、ありがとうございます」



だからこの話題は手短に終わらせて、さっさと帰って本の続きを読もう。


でもその前に。



「…………何度も悪いんだけど」


「はい?」



六道は長い前髪で、顔を半分隠してしまっている。


会話の間も右半分は全く見えなかったが、見えている左半分は中性的でキレイな顔立ちだ。



「ほんの好奇心で聞くから差し支えなかったらでいいんだけど、その前髪の下はどうなっているの?」



イチノちゃんではないが、最初からあらわになっているなら全く気にも留めないが、隠されると逆に気になって目がいってしまうアレだ。



「クフフ、特に何もありませんよ。少し瞳の色が違うだけで」


「…………あら」



前髪を払って改めて正面から見た六道は、やっぱりキレイな顔をしていた。


一瞬だけあらわになった右目は真っ赤で不気味な雰囲気をしていたが、それを差し引いてもなお。



「最初から思ってたけどやっぱりあなた、雰囲気があってキレイな人ね。とても素敵よ」


「……、…………えっと……」


「骸さんが普通に照れてる!?」


「真っ赤……」


「そこの二人、黙りなさい」



一度瞬きしてから目を逸らし、そのまま固まってしまった六道にヤジが飛んだ。



「ゴホンッ。あなたも随分と変わった人ですね……」


「それは自覚してるつもりよ」



腐女子で高圧的な口調で、団体行動が苦手な絶賛ぼっち直行コースなのだから。



「でも最近は、学校も楽しいわ」



共通の友達もできたし、クラスメイトとは以前より話すようになったし。



「ほう。それは良かったですね」



微笑で相槌を打つ六道につられて、少し唇が緩む。


と。



「おや、あなたも笑うと可愛い顔になる」


「ゴッフ!!!」



何よ仕返しか。


ゴホゴホと咳き込む私をしたり顔で見てくる六道を睨むも、六道はクフクフと笑うだけ。


ああ、確信した。



「笑いながら意地悪いこと言うとこ、イチノちゃんとおんなじね。あなた達、仲良くなれそうだわ」


「おや心外ですね。僕は褒めたつもりでしたのに」


「気弱で他人に苛められそうだと思ってたけど、あなたはむしろ逆で安心したわ。不良学校でもせいぜい頑張ることね」


「クフフフフ、ありがとうございます。肝に命じておきます」



これ以上この場にいられないと足を進行方向に向けると、六道は軽く手を振った。


それを視界の隅に入れつつ帰路についた後のこと。


六道の呟きが、私に届くことはなかった。



「…………せいぜい、楽しい学校生活を」




 
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