飴乃寂
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真っ白な空間。ジンと出会った世界の狭間のように白一面で、自分以外の生き物の気配がない場所。
どうしてこんな所にいるんだろうと辺りを見回すも、人っ子一人いない。
「おーい、ジンくーん!?いるのー!?」
シーン。
呼びかけてみても、反応なし。
一体何なんだと思いつつ、とりあえず歩いてみようと一歩踏み出してすぐ、何かやわらかいものにぶつかった。
巨大なビーズクッションのベッドに全身が埋もれた時のような感触がして全く痛くはなかったが、軽い反発を感じながら二三歩後ろへ下がった。
目をよく凝らして見ると、真っ白い空間に、真っ白い何かが立っているのが分かった。
ウサギ?にしては大きすぎる。
白熊?にしては毛がないし、何より四角い。
それとこれは動物というよりも、最近よく見たアレに似ているような。
何だったかなと頭を悩ませていると、目の前の四角い物体からニョニョッと手足のようなものが生えた。
よたよたと歩きながら振り返ったそれはもう死にたくなるほど食べたアレだと分かったが、その中心にはなんか人の顔のようなものがあって。
「ま………マ………まし…………」
なんかというか、白蘭の顔があって。
「ままま……まし…………ままママまマままマ――――」
近づいてくるやつから距離を取る為に後退りしようとしたが、いつの間にか四方全て妖怪ぬりかべのような白蘭で塞がれていて。
目の前で壊れた人形のようにまを連呼していた白蘭が、ぐるんっと白目を向いて叫んだ。
「マシュマロ―――――――!!!!!!!!」
「マシマロ―――――!!!!!」
ガバッと起き上がると、ボクの腹を枕にしてリビングに雑魚寝している白蘭が目に入ったので、勢いよく寝返りを打ってそのまま二度寝することにした。
白蘭が床に頭をぶつけた音と悲鳴が聞こえたが、もちろん無視だ。
* * *
「全く最近の若い奴らときたら休みだからって掃除もせずにゴロゴロゴロゴロと…………医療が発達してるからって、メシを疎かにしていい理由にはならんだろう!!」
「わー、流石にあのままならゴミ屋敷一直線だと思ってたのに、引っ越してきた時並にキレイだよ」
「棚には菓子菓子菓子!冷蔵庫にも菓子とジュースだけ!!調味料が砂糖とスティックシュガーだけってどうなってんだこの家は!!」
「ジン君、まだ朝の六時だようるさい………」
「だらしないお前らの為に夜通し掃除してやってんだから起きたんならさっさと顔洗ってこい!!」
「ジン君、ご飯まだー?」
「お前はジョギングでもして時間潰してこい!!」
「そういえば白蘭の洗顔クリーム、肌に合わないんだよねぇ。なんか突っ張るんだ、ジン君ゴミ出しのついでに買ってきて」
「自分でコンビニで買ってこい!!!」
一面明るいも、まだまだ静かで人気のない早朝の町。
家政夫の鬼と化したジンに追い出されたボクと白蘭は、コンビニを目指して歩いていた。
「何もこんな朝っぱらに追い出さなくても……」
「ジン君って掃除してる時、ハンターみたいな目でゴミを見るんだね。僕笑っちゃった」
「大体君が寝室にもゴミ放置しっぱなしにしてるからゆうべジン君がブチ切れて、一斉清掃する!!とか言い出したんだよ!?君のせいだよ!?人の夢にまで出てきてホント最悪…………」
「いやあ、僕って生活力乏しいんだよね。いつも業者雇って掃除してたし」
「ジン君が聞いたら卒倒するな………」
金の無駄遣い!!とか、そんくらい自分でやれ!!とか。むしろ俺がやる!!とも言い出しそう。
あ、もう実行してるや。
「ゴミの分別とか、国どころか国内でも地域によって違うから面倒臭いしさー。もう燃えるんなら全部燃えるゴミでよくないと思わない?」
「ダイオキシンでも吸って分別の大切さを学んでこい」
コンビニに入ると、朝の憂鬱さも吹き飛ばす爽やかな笑顔のお兄さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、おはようございます!!」
「おっはよーございますー!!朝からお疲れ様です!笹木さんって言うんですか?そのブレスレットもしかしてXYZの新作じゃ―――」
「お仕事中にごめんねー、洗顔クリームだけ買って帰るから、適当に持ってきてくれない?」
「は、はあ……」
「離せ白蘭、邪魔すんな!!あっ、そういえばXYZのショップが近々出店するって話が……」
「そうなんですよ!いつも一日かけて行ってたショップがすぐ近くにできるってんで嬉しくて!」
「あ」
「人気ぶりと比べて全国に支店が少ないですもんね〜。靴の新作が出てからまた最近人気になりましたしね!」
「そうそう!!俺あの限定カラー持ってますよ!」
「あーあ。その話が終わったら呼んでね、僕お菓子食べて待ってるから」
「白蘭!君韓国行ったことない!?韓国で一度だけショップが出たらしいんだけど……」
「えー?あー…………もしかしてこれ?そのブレスレットと同じロゴなんだけど」
「あああー!!よく見れば韓国企画でのみ販売された、幻のゼロカラーシューズじゃないですか!!」
「ホントだ!全く気づかなかった!」
「一枚だけ写メ撮っていいですか!?」
「別に構わないけど」
「やった!イチノちゃん今度の休みにそのショップ店員、紹介してね!」
「もっちろん!春馬さんと三人でXYZの魅力について語り合いましょう!!」
「今の数分で名前呼び合うくらい打ち解けちゃってることには驚かないけど、僕の靴は返してくれない?」
「あ、ごめん。って白蘭!!カゴ何個分お菓子買うつもりなの!?棚もうすっからかんじゃん!!」
「春馬ちゃーん、在庫補充してくんなーい?」
「待った春馬さん!箱から出すより箱ごと持ってきてもらった方がいい!コイツホント見境なしに食うから!!」
「あ、イチノちゃん。アニメコラボ商品がラスイチだよ」
「買う!!っていうか並盛では完売しちゃってどこにも売ってないのに、この町にはまだ残ってたのか!!神か!!」
「おーい笹木………ってげ!!商品がほとんど無くなってんじゃねーか!!」
「あら店長、ここのコンビニで働いてたんですね!」
「イチノちゃん!?並盛から出てきてどうしたの!?」
「店長のお知り合いだったんですか!?」
「やだなぁ、美男美女がいるならどこにだって行きますよボクは!」
「お会計、カードでお願いね」
「これ全部!?」
お菓子の棚の商品を丸ごと大人買いする白蘭の横で思いもよらぬ知人との再会を果たしながら、当初の目的だった洗顔クリームも買って一先ずコンビニを後にする。
端末をいじって撮りたての画像を見ていると、知らず知らずのうちに笑みが浮かぶ。
「君、会う人会う人みんなと記念撮影してるの?」
「流石に全員とはいかないけど、大体は、ね。もう随分集まったよ」
並中に通い始めてすぐ端末が壊されてしまったので、それから今まではもう壊されないよう細心の注意を払い、特にトンファーを避けてきたのだ。
先程のコンビニでも二人と写った画像を白蘭に撮ってもらったし、また思い出が一つ増えて嬉しくないわけがない。
両腕にビニール袋を提げ、両手にお菓子を抱えた白蘭はふぅんと相槌を打った後、首を傾げた。
「でも僕、君と写真なんて撮ったっけ?」
「…………そういえば、まだだね」
うっかりしてた。
足を止めると、白蘭も立ち止まってじっとボクを見る。
「…………」
「…………」
嗚呼、沈黙が痛い。
「と、撮る?」
「うん!」
輝く笑顔が可愛いなんて、これだからイケメンは。
自撮りすべく端末を斜め上にあげるも、身長差のせいかなんだかしっくりこない。
「…………ねぇ、君の方が背が高いんだから、君が撮ってくれない?」
「えー?でも僕両手が塞がってるから無理だよ」
「でもこのままだと君の顔見切れるよ?」
「じゃあこうしたら?」
「うん!?」
カシャッ
「あは♪よく撮れてるね」
「び、びっくりしただろ驚かすなよ!」
端末の画面には、頬をくっつけて並ぶボクと白蘭のツーショットが写っている。
左頬にはさっきの白蘭の生ぬるい頬の感触がまだ残っているが、
「これで僕も君の友達の仲間入りだね!」
「…………もうとっくに友達でしょ」
「ふふっ」
白蘭が満足そうなのでそれ以上文句は言わず、溜息をつくにとどめた。
イケメンに甘い自覚はあるが、白蘭のような性格のやつだとそれが顕著な気もする。
まあ夏休みとはいえ早川さん以外の友達と泊まり込むことになるのも初めてだし、それだけ白蘭とも気が合ったということなのだろう。
ろくな目に合ってないワリに、不思議と楽しいし。
「朝ごはん何かなー?」
「今からどら焼き食べてて、朝ごはん入るの?」
「ちゃんと食べるよ。これは食前酒ならぬ、食前菓子だからね!」
「君の胃袋、ホントどうなってるんだよ……」
こんな調子で夏休みは白蘭と過ごすことが多くなるのだが、それに気がついたのは夏休みも終わりに近づく八月末のことだった。
問題児二人目
(いいか俺は帰るが、一週間後にまた来るぞ!?また汚してたらただじゃおかないからな!!?)(また君が来てくれるんなら、もう業者呼ぶことないね)(呼ぶな!てめぇ自身で掃除しろって言ってんだよ!!)(また汚れたら君を呼ぶね)(誰か通訳を呼べ!!)(こいつには言うだけ無駄だよジン君)