飴乃寂
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青い海。白い砂浜。輝く太陽。
「お待たせー!」
「着替えてきましたー!」
可愛い同級生の女の子達に、友達のクラスメイト。
まさか自分が家族以外と海に来ることになるだなんて、夢にも思わなかった。
が、人数が足りない気がして周りを見渡す。
「あれ?品臣さんと……」
「イチノちゃんならここに来る前に美人グループを逆ナンして、今頃サーフィンかビーチバレーでもしてるわ」
「あ、早川」
山本が立てたパラソルの下にビニールシートを敷いて座ったのは、品臣さんの親友の早川。
ビキニに薄手の白いカーディガンとは、日焼け防止だろうか。
品臣さんに誘われて来たけれど、相変わらずこの手のイベントではいつも独走状態の彼女に、一人残されてしまったらしい。
正直早川のことは最近会話が少し増えたくらいで、余り知らないのだ。
京子ちゃんや他校のハルと打ち解けてる感じでもないし、かといってどう気を使えばいいのかも謎で、無意味に頬をかいた。
「はひっ、何の本ですか?」
「校正の仕方講座よ。趣味で文を書くからそれで」
「へぇ、凄いね早川さん!そういえば早川さんって、教室でもよく何か書いてるもんね」
「学校でもやらなきゃ締切に間に合わないの」
「はひ〜、ただ作文みたいに書いちゃダメなんですねぇ。ハル初めて知りました!」
座ってる早川を囲ってるあの様子はもう打ち解けて…………いるのだろう、か?
女の子は急に仲良くなってたりするから不思議だけど、あの様子なら品臣さんがいなくても大丈夫かもしれない。
そんなことを考えていると、会話中もずっと本に目を落としていた早川と目があった。
「私はイチノちゃんが帰ってくるかもしれないから、ここで読書してるわ。荷物も見ててあげるし、皆は先に遊んでて」
「わ、分かった。ありがとう、早川」
一瞬自分の考えが見透かされたのかと驚いたが、確かに荷物番も必要だから皆で出払うわけにはいかない。
ここは言葉に甘えて礼を言うと、早川が小さく笑った。
へぇ、早川って笑うんだ。なんて思ったらやっぱり失礼かな。
「よく来たなお前達!!」
そしてこの一発で誰だか分かる大声は。
「ライオンパンチニストで並盛のランブルフィッシュは、夏の一時をライフセーバー見習いとしてすごすのだ!!」
「あの妙な動きで溺れた奴を助けられんのか?」
「ちーっス」
「ハハハ……」
俺達の傍の高台に座っているのは、俺達を海へ誘ってくれたお兄さん。
お兄さんのライフセーバーとしての腕はとにかく不安だが、そもそもライフセーバーのお世話になるような人が(自分も含めて)いないことを祈っておこう。
「さっそく俺の仲間を紹介しよう。とその前に夏バテ気味の、パオパオ老師だ」
「ぱ……」
ダレすぎだろ!!!
「つーか何でいるんだよ!!」
「ぱ……」
「そして」
誰かを探すように額に手をやるお兄さんにつられ、俺も何となく周りを見る。
「キャアアァーッ!!ユウガミさああああん!!!」
「ユウカちゃああああん!!」
「イチノちゃんいったわよー!!」
「おいなんかあそこのグループ、全員芸能人並の顔してんだってよ!」
「マジで!?見る見る!」
ああ、品臣さんはあそこのギャラリーが見てるビーチバレーの中にいるんだな。
イチノちゃんって、ちょっと聞こえたし。
一応全員分の友達の位置を確認できたことにホッとし、比較的近場で聞こえた男の人の声がした方を向いた。
「俺らの仕事増えるっつーの?」
「ご……ごめんなさい」
「分かりゃいいのよ」
「じゃあここら一帯掃除しといてくれよ」
「ライフセーバーの先輩だ」
「うい〜っス」
何だろう、この格差とガッカリ感。
向こうは人垣に隠れて見えなくてもきらびやかな雰囲気なのに、こちらときたらなんというか………色んな意味で酷い。
「先輩達は元並中ボクシング部だ」
「お、もしかして了平の妹ってコレ?へー中々俺好みかもしんない」
「こ……こんにちは」
「んじゃー女の子は一緒に遊んべ!」
「お前らは暫く海の平和を守ってくれや」
「ほらお前も行こうぜ?」
「ちょっ、まっ」
どういう理屈なのか女の子を連れていこうとする先輩達を制止する前に、後ろからバシンッと固いもので何かを叩く音がした。
「いってえっ」
「たとえ先輩でも、馴れ馴れしく触らないでちょうだい」
「はっ早川!」
シートから立って閉じた本を顔の高さにあげている早川と、頭を押さえたスキンヘッドの先輩を見るからに、早川が自分を連れようとした相手を本で叩いたらしい。
「てんめっ」
「ちょ、ちょっと!!」
早川に向かって片手をあげる先輩を止めようと駆け出そうとしたが、一歩も進まないうちに先輩の顔に勢いよくビーチボールがぶつかった。
バヂンッ
「ぶ、ぐ!?」
「あっ、すいませーん!!大丈夫ですかー!?」
「あらイチノちゃん、ナイスタイミングね」
「おや皆、まだ海に入ってなかったの?」
「あ、あの、品臣さん」
ビーチバレーの流れ弾に当たった先輩はうずくまって悶絶したまま動かないし、早川さんはその先輩をまるでゴミを見てるかのように見ている。
ボールを追って走ってきた品臣さんは、いつも風に遊ばせてる髪をポニーテールにしていて、もちろん水着姿だ。右肩でおさえて、左肩をむき出しにしている少し変わったビキニだ。
そんなの、先輩の格好の餌食でしかない。
「ふはははは!だっせぇな幸郎!」
「ははっ、調度いい。お前も来いや」
「うん?どこに行くんです?」
「ま、待って!そっち行っちゃダメだよ品臣さん!」
案の定他の先輩は品臣さんまで連れていこうとするし、でも品臣さんは全く状況把握できてないし!
「え、だって………京子ちゃんとハルちゃんもそっちにいるよ?」
「そっ、それは………」
余り大きな声で言えない事情というか、そもそも言いにくい状況というか。
「なあに?どうしたの?」
「ボールあったー?」
「イチノちゃーん、大丈夫ー?」
あああ品臣さんの友達の人達まで集まって来ちゃったし!
「いやあ、それがですねユウカさん……」
「ねぇイチノちゃん、この人達のこと知らないの?セクハラ野郎だから追い払ってよ」
「それを真っ先に言おうよ早川さん!?どうりでこの微妙な空気だよ!!」
品臣さんの横について耳打ちする早川に突っ込むや否や、品臣さんは先輩達を指さした。
「あー思い出した!!黒田エイジに木佐貫幸郎に大倉拓哉のサングロトリオ!!ビーチバレーですっかり忘れてたよ!!」
「お知り合いなのー!?!?」
「あん?なんだ俺達とどっかで会ったことあるか?」
期待を裏切らないというか、やっぱりというか。
すぅっと息を吸い込んだ品臣さんは、校内中に響き渡るいつもの声量で叫んだ。
ちゃっかり早川は自分の耳を塞いだことなんて、知ったこっちゃない。
「きゃああああああ痴漢よ痴漢!!!この人今、私の胸に触りましたああああっ!!!」
「えぇっ!?」
「そういえばあの人達、私達がバレーしてた時もずっとニヤけながら見つめてて気持ち悪かった!」
「えぇやだぁ!!!」
「ちょ、ちょっと待ておい!!お前ら!!デマだ信じるなよ!!」
何の打ち合わせもしていないのに、品臣さんに続いてお姉さん達が騒ぎ始める。
女子の団結力は、こうなったら恐ろしい。
周りの人達はなんだなんだと注目し始めるし、腕に覚えのありそうなガタイのいい男の人は、いつでも飛び出せるように先輩達を睨んでいるし。
深刻に展開に発展している状況に、先輩達は慌てて京子ちゃん達から離れて後退りする。
が、その背後に立つのは体を縮こまらせていかにもか弱そうな雰囲気をかもし出す小柄な女の子。
「………あ、あの人………私の前で、水着を脱ごうとしたの…………こ、怖かったよおぉ……」
ざわっと、野次馬達が一斉にどよめいたのが分かった。
「ひっ、人違いだ!!俺はそんなことやってない!!」
逃げるに逃げられなくなった、恐らく黒田エイジという先輩に、品臣さんはわざとらしく溜息をついて端末を操る。
「はあ、とてもショックです………まさか葉山さんの友達の友達の彼女の親友だった彼女のクラスメイトの元カレである黒田先輩が、そんな人だっただなんて………」
それってもう他人じゃん!?
「おっおい今葉山って言ったか!?葉山さんの知り合いかお前!?」
今ので通じたの!?
「あなたも葉山さんのようなイケメンライフセーバーなら言うことなかったのに………仕事サボッてナンパとは………」
「おい………言うなよ?葉山さんには絶対に言うなよ!!?」
端末を耳に当てた品臣さんは、先輩を見て嘘臭いほどにっこりと笑った。
「あ、お疲れ様です葉山さん。黒田さん達が仕事サボッてナンパしてたので、出来高でボクの監視員としての給料上げてください。では」
「なあああああああああああ!!!???」
容赦ないな!!
「っていうか品臣さんもバイトしてたのー!!?」
「サボッてるライフセーバーがいたらチェックしたいんだけど、範囲が広すぎるから手伝ってくれないかって、さっき日焼け美男子葉山さんに頼まれたんだ」
「もしかしてビーチバレーする前まで一緒にいたサーファーがそうだったのかしら?」
「うん。一般のお客さんにサーフィン教えるから、その間だけって。まさかこんな近くにカモがいるとは」
「万引きGメンみたいね」
完全に品臣さんに圧されてる先輩達は、今や砂浜に膝をついている。
そりゃあこんなに大事になるなんて、俺も思ってなかったし。相変わらず、周りには人だかりだし。
「お、思い、出した…………」
「うん?」
「お前………面食いの、品臣……」
面食いって、そんな二つ名みたいに言わなくても。
「聞いたことがある………声をかけるのは美男美女ばかり。今や芸能人のスカウトマンが情報を仕入れに来るほどであり、デビューを望む新人はやつに声をかけられる為に己を磨くほどという、確かな利き目の持ち主……!!」
いつの間にかただの面食い設定が、そんな壮大なことになってたんだ!?
「そこから得た交友関係は蜘蛛の巣のように広く、やつが望めば少なくとも並盛町には二度と住めなくなるという噂もある……」
「それきっとボクじゃなくてヒバリさんだよ、後者のやつは」
裏番、なんて文字が頭をよぎったけど、忘れることにしよう。
「お前が情報屋、品臣!!」
まるで強敵を前にして無念に崩れた勇者のような先輩だが、
「イチノちゃん、いつの間にそんな商売始めたの?」
「始めた覚えはないけど、最近そう呼ばれるんだよ」
魔王ポジションにいる相手は、相手を見てるようでそのずっと後ろにいる人影を目で追っている。
眼中にない、ってこういうことを言うのか。
「何でもしますから命だけは勘弁してください!!」
「これからは心を入れ換えますからどうか!!」
「恩情を!!」
品臣さんの前で土下座をする、三人の先輩達。
「じゃあ今日一日、この海水浴に近づかないで。それでいい?早川さん」
「ええ」
「じゃあ早く行って。今までのことは水に流してあげるから」
「あっ、ありがとうございます!」
「では、失礼します!」
「しゃっす!」
「はい皆さんもご迷惑おかけしましたーっ!遊佐さーん!こっちは異常無いので自分の位置に戻っていいでーす!!佐々木さんにも伝えてくださーい!!」
出てきた時とは一変して低姿勢で去っていく先輩達に、品臣さんは周り声をかけて野次馬の群れを散らす。
後半のは、この人の群れを見て向かっていたライフセーバーかその関係者の人達へ向けたものだろう。
「ユウカさん達もありがとうございました!」
「いいえ。たまに変な虫がいるから気をつけなさいね?」
「はい!じゃあボクはあと友達といますんで!」
「またねイチノちゃん」
「後でメールしますねユウガミさん!」
最初に来ていたお姉さん達もビーチバレーを持って去っていき、さほど時間を置かずに周りは元の賑やかな喧騒へと戻っていった。
「はあぁ………一体どうなるかと思った……」
「まあ無事に済んだんだし、これからパァーッと遊ぼうぜ!ツナ!」
「そうっすよ!泳ぎましょう十代目!」
「う、うん!そうだね!」
そうだ。せっかくの海なんだから、これから楽しめばいいんだ。
「お前ら、了平を忘れんなよ」
「やけに静かだと思ったら、お兄さん気絶してるー!!??」
「やつらの一人に飛んで跳ねたボールが、顔面にぶつかったからな」
あの時のか!!
「私はお兄ちゃんが起きるまで傍にいるよ」
「ハルも京子ちゃんと一緒にいますんで、ツナさん達は遊んできてください!ハル達も後から合流しますから!」
京子ちゃんとハルもこう言ってるし。
「十代目!」
「ツナー!」
「今行くよ!」
俺も友達と、海でクロールしてこよう!