飴乃寂


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キッチンでエスプレッソが抽出されるのを待ちながら、溜め息を一つ。


ジンから聞いた名前は、聞き覚えがあるものだった。


流石に信じられなくて、いや信じたくなくて、つい知らないと言ってしまったほどだ。


だってツナがボンゴレ十代目候補として注目されたのは、まだ最近のことだ。


だから骸は正体不明のボンゴレ十代目をあぶり出す為に、並盛で事件を起こした。


四年前から並盛中と指定できたことも不自然だし、そもそもどうして自分と関係があるんだ。


もしそうだとしたら、自分が知るとある物語に登場する骸とは別人ということになる。


………ぶっちゃけ別人なら別人でそれも興味あるけど、それを軽く上回るくらい不安だ………!!


ともかくそれが事実だとしたら、これから起こる可能性のある数々の修羅場はどうなってしまうのだ。


ミステリアスイケメンな彼の周りの美男美女は、一体どうなってしまうのだ!?


嗚呼、考えれば考えるほど不安で夜も眠れなくなりそうだ。



「まっ、並中にいればいずれ会うんだろうし、その時はその時だな!!」



声を出して無理矢理不安を脱ぐり去り、この議題は見送ることに決める。


ともかく骸がたとえどんな骸でも、イケメンならなんでもいいです。






「お待たせ〜」


「ありがとう!」


「サンキュ!」


「おう」


「ありがとな」



自室に戻ってリボーンにはエスプレッソを、後の三人にはあいたコップにペットボトルからコーラをそそぐ。


すっかり寛ぎモードで床に寝そべっているジンが、よーしと気の抜けた声を出してあくびした。



「というワケで俺達にもそういう事情があるから、心当たりがあれば教えてくれ」


「頼む側の人間にしちゃ、デケー態度だな」


「んーよく分からなかったんだけど、そのむくろって奴を見かけたら品臣達に知らせればいいのか?」


「なんだ山本武、俺の渾身の劇の半分も理解してないみたいだな」


「ツナも劇中はずっと白目向きながら見てたしな」


「誤解だよ!白目なんか向いてないよ!!」



獄寺は半信半疑で、山本は相変わらずの山本節。


ツナはまだ事情についていけてない、というところだろうか。


ふむ、と顎に手を当てて三人の様子を見、一番近いビニールプールへ向かう。



「だから要はね?ボクは死ぬ気の炎を常にまとってる状態だって分かったんだ。リボーン君の知り合いにも手伝ってもらってね。この水を操る力も、ボクの手から発してる死ぬ気の炎が作用してるらしいんだ」


「えぇ!?死ぬ気の炎でそんなことできるの!!?」



ビニールプールに手を入れて、頭に飛び跳ねるイルカを思い浮かべる。


すると想像通り、ぽちゃんぽちゃんとイルカがビニールプールの中を泳ぎ始めた。



「物質にに死ぬ気の炎を灯せるのはボンゴレのボスだけだとされているが、前例がないわけじゃねぇ。イチノが目に見えないほど微弱な死ぬ気の炎を使って水を操っていても、不思議はねぇぞ」


「不思議なことばっかりだよ!!そもそも炎に水って、蒸発しないの!?」


「死ぬ気の炎が普通の炎だったら、ツナ君の額も今頃丸焦げだと思わない?」


「うっ!!た、確かに………」


「死ぬ気の炎は特殊な炎だからな。ほら、これが証拠だ」


「そっ、それは!!」


「ん?ははっ、弾が踊ってるみてぇだな!」


「ジャンニーニの改造死ぬ気弾!?」


「一発だけ残ってたんだ」


「ゲッ、なんでリボーン君それ持ってボクを見てるの!?」



リボーンの掌の上には、くねくねと踊っている実弾が一発。


まさかそれを撃たれるのか?


いやちょっと待てよ?確かそれって、



「オートで死ぬ気に反応するんじゃっ…………!!」



下着姿を人前にさらすなんて死んでもごめんだ!!


咄嗟にビニールプールの影に滑り込むも、いつまで経っても衝撃はこない。



「えっ」


「なっ」


「ははっ」


「な?これで信憑性は上がっただろ?」



恐る恐る顔を上げると、何やらみんな納得している。


横で黙っているジンを見、自分の掌を見ると、そこには磁石のようにぺたりとくっついている死ぬ気弾があった。



「えっ、なにこれ!?」


「お前がまとってる死ぬ気の炎が微弱すぎるせいで、弾が被弾せずにくっついたんだ。炎が視認できるくらい強くなればお前はパラレルワールドにトリップできるが、普段は水を操るか死ぬ気弾をくっつけるくらいの力しかない」


「否定はしないけど、もうちょっといい言い方なかったの?まるで役に立たない力みたいじゃないか」


「今のままじゃ役に立たないのは事実だぞ」



いくら手を振っても落ちない弾をどうにか引き剥がそうと力業を行使していたが、リボーンの言葉にカチンときてしまった。



「役に立たないとはなんだ!!これでもできる限り練習して手品並にはしたんだぞ!!これ見せるとみんな喜んでくれるんだから十分でしょ!?」


「そのままじゃ実戦じゃ使えねーからな」


「実戦だぁ!?一体誰と戦うって!?」


「バッ、まさかリボーン!?」



ツナの制止もむなしく、リボーンの帽子の下でつぶらな瞳がキラリと光った。



「もちろん、ボンゴレ十代目を脅かす奴らとだぞ」


「こらリボーン!!!」


「こいつには無理です!!考え直してくださいリボーンさん!!」



まずい、この可能性を忘れていた。


最初からリボーンを頼らなかったのも、そういえばこの可能性があったからだ。



「まぁ、これを見ろ」


「うん?ペンダント?」



リボーンが取り出したペンダントのようなものをよく見ると、それはただの丸い石のようだった。



「これは死ぬ気弾と同じ性質の石だ。パラレルワールドへトリップするほどの炎全てを吸収できるわけじゃないが、それでもトリップするまでの時間稼ぎくらいにはなるだろう。そうすればジンでなくとも、お前のトリップを止める為に何かできるはずだ」


「リボーン君……」



ボクのこと、ちゃんと考えてくれていたんだね。



「ちなみにレオンが今朝まで頑張って作ってくれた、できたてホヤホヤだぞ」


「ありがとうレオン君!!お礼に好きなペットフード買ってあげるからね!!」



そういえば、死ぬ気弾というのは実弾をレオンの中で作るんだとか。なら、同じ原理で作ったんだろう。


帽子の鍔にいるレオンを撫でると、レオンは応えるように舌を出した。


よくよく見れば、カメレオンも可愛らしいじゃない。



「それは今後の修行の為に、肌身離さず持っておけよ」



ん?



「…………………………今後の修行?」


「戦いでその死ぬ気の炎を使わない手はねえ。コントロールできるようになるまで、みっちり鍛えてやるからな」



ニヒルに笑う、最強家庭教師。


だけどボクはただでさえ、風紀の仕事でプライベートが激減して悲鳴をあげている。


なのにそこにリボーンの修行なんて加わったら。



「いやだあああああっ!!!」



この世の終わりだ。



「おっとこんなところにイケイケファミリー幻の初回限定版DVDが」


「残念!ボクはもう持ってるからいらない!!」



そうそう何度も物に吊られてたまりますかってんだ。


フンッとふんぞり返って鼻を鳴らすと、数秒黙っていたリボーンが、ふいに壁際に移動して壁を蹴りあげた。



ズボッ



「ギャーー!!待てそこは!!!」


「おいリボーン!?お前人ん家の壁に穴開けて何やってるんだよ!?」


「なんだ!?そこの壁の出っ張りだけ不自然だと思ってたが、張りぼてなのか!?」


「小僧、ちっせーくせにすげー脚力なのな!」



実は部屋の角に、ホモ本もろとも隠す為に本棚をダンボールで多い、その上から部屋と同じ壁紙を貼ってカモフラージュしていたのだ。


もちろんチェルベッロにも手伝ってもらっての念入りの細工だったが、意図も簡単にバレてしまうとは、さすがリボーン。



「なんだ、あの本棚が見当たらないと思ったらそこにあったのか」


「この本棚にエスプレッソをぶっかけられたくなかったら、大人しく投降しろ」


「ぐっ、貴様の血は何色だああぁっ!!?」


(何なの!?今二人の間に一体何が起こってるの!?)


「しかしこのでかい本棚、そういえば前にこの部屋に来た時も見たような……?」


「なんだ獄寺、品臣の家によく来るのか?」


「ちっげーよ!!たまたまだ!たまたま!」



あの本棚にはイケイケファミリーの幻の初回限定版より希少な、今は有名な某人気漫画家が同人作家時代だった頃の、イベントのフリーペーパーだった処女作や、人伝に探しに探して頼み込んだ後に譲って貰った本など、見る人から見れば値がつけられないほどの価値がある宝の山なのだ。


それに誰かの腹の中みたいにドス黒いエスプレッソを繊細なコピー用紙にかけられるだなんて、あっという間に地獄絵図の出来上がりだ。


今も壁紙の穴から苦労して手に入れた薄い本達の前に、並々と注がれたエスプレッソのカップがある。


リボーンはきっと、やると言ったらやる。自分のペースに持っていく為なら、軽い脅しくらい容易にやってみせる。



「良いのか?」



たらりとカップが傾いて、ほんの少しだけエスプレッソがこぼれた気がした。



「ぎゃあああああああ走り込みでも何でもやりますからそれだけは勘弁してええええぇぇ!!!!!!!!!」



リボーンと本棚の間に滑り込んで背で穴を隠すと、リボーンは何事もなかったように、そうかと言って優雅にエスプレッソを飲んだ。


それを歪む視界で見ながら、ギリリと歯を食いしばる。


やっぱりリボーンに頼んだのは間違いだったかもしれないという後悔と、ああでも赤ん坊のくせにエスプレッソを飲む絵がキマッてるなぁという、ジレンマに襲われながら。






公開修行開始宣言

(リボーン!女の子に危ない事させるなよ!!?)
(心配すんな。こいつは殺しても死なないゴキブリ並の生命力だ)
(否定しないけどボクの命にも限りがあるのを忘れないでほしい)
(そこは否定してよ人として!!)
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