飴乃寂
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「……………ふふふっ、あなたになら安心して渡せるわ」
「あれボク今までずっと断ってたはずなんだけど!?」
「別に使えだなんて言ってないわ。ただ預かっててほしいだけ。もしあなたが自分より指輪に相応しいと思う人を見つけたなら、今日の私のように譲り渡して構わないわ」
「で、でも………」
どうしてここまで食い下がるのだろう、アリアさんは。
そもそも何の話をしていたんだっけ?ああそうだ、ボクのパラレルワールドの話だ。どうしてそれが指輪譲渡の話に?
アリアさんは、先にこの話をした方がいいって言ってたけど………なんで?
「イチノちゃん、まだ私に隠してる力があるでしょう?」
「へっ?」
「パラレルワールドの力以外にも、まだ何かあるはずよ」
あなたには、まだ別の力を感じるの、と続けたアリアさん。
力?パラレルワールド以外の力って言えば………。
「えっと………水を操る力のことですか?」
「水を操る力?」
「はい。理屈は分かりませんが、触れた水というか液体を、自分の意思で動かすことができます。実はこれ、最近になって気がついた力なんです」
ちょうど良くγが紅茶を運んできてくれたので、自分の前に置かれたカップを両手で掴み、あつい紅茶の熱で暖まったカップをじっと見つめる。
「そうだな………リボーンにしよう」
「あら、可愛い!」
銃を片手にポーズを決めたリボーンを頭に思い浮かべると、ほとんど差異なく紅茶の水面にリボーンの水像が現れた。
よしよし、いい感じにできたぞ。考えるのを止めると、ポチャンと音を立てて水像はカップへ戻っていった。
アリアさんを見上げると、アリアさんは素敵な力ね、と微笑んだ。
「触れたものなら、なんでもいいのかしら?」
「まだ実験中ですが、液体なら触れば操れるみたいです」
「そう………ならその紅茶もあなたが触れることで、何らかの力が作用してると考えられるわね」
「そうですね。でもそれが未だによく分からなくて………」
「あら、簡単じゃない!これで確信したわ。あなたは自分の事を調べて探してる最中でしょうけど、もう答えは目の前にあると思うわ。少なくとも、あなたの力のことは」
「えっ!?」
アリアさんにはもう分かってるってこと!?
なんだよリボーンといいジンといい、皆して先に行っちゃってボクは置いてきぼりかよ!!
答えは目の前にある、ってアリアさんは言ったけど。
「…………」
実際目の前にあるのは、紅茶とマーレリングだけだし。
今まで話したことだって、パラレルワールドと水の力のこと…………いいや、考え方を変えよう。
アリアさんと話して、分かってることだけあげてみようか。アリアさんも分かったのなら、同じ会話をしてたボクにも分かるはずだ。
えとまずは、最近気がついた水の力。
この力は、ボクが触れることが絶対条件だ。
あとパラレルワールドにトリップしたことと、その時に得た知識。
それと…………全身から死ぬ気の炎が出たってこと。
「………………………ん?」
何か、引っ掛かったぞ?
触る………死ぬ気の炎……………まさか。
ボクの心を見透かしたように、アリアさんは笑った。
「気がついたみたいね」
「で、でもそんな…………まさか…………」
「そのまさかよ」
いやいやいや!待ってよ!だって!
「水を操る力が死ぬ気の炎によるものなら、ボクは無意識に常に死ぬ気の炎を出してるってことですよ!?」
でもこれでどうして触った水だけしか操れないのかが説明できるから皮肉だ!
「普段は見えないくらい微弱だけれど、強くなれば白い死ぬ気の炎となって見えるようになるんだと思うわ。つまりあなたは、パラレルワールドと今も繋がり続けているのよ」
「繋がり続けてるって……」
マーレリングを見下ろすと、嫌でも印象的な白い男の顔が浮かんでくる。
そういえば、あの男もパラレルワールドの知識や技術を使って戦っていた。
ボクと、同じ?
いいや、ボクが同じなのか?
だからこのリングが、ボクの前に現れた?
「こうは考えられないかしら、イチノちゃん?」
「え?」
「男の子のことを思い出そうとした時に、死ぬ気の炎が強くなったのよね?」
「は、はい」
「それはつまり、死ぬ気で思い出さない。というあなたの真相心理に反応したんじゃないかしら。本当ならあの時、あなたはまたパラレルワールドへトリップしているはずよ」
「!!」
ガツンッと、強く頭を殴られた気がした。
「その男の子と何があったのかは分からないけど、トリップが死ぬ気の炎によるものなら、必ず誰かの意思が作用しているってことよ。あなたは男の子のことを思い出しかける度に、トリップを繰り返していたんじゃないかしら」
まるで百八十度違う見解だ。
ずっとその男の子のことを探していたのに、まさか思い出さない為にトリップを繰り返していただなんて。
でもそうすると、今まで身に起こったことに辻褄が会う。
思い出すまで話してやらんと断言していたジンが、急に謝ってきたことも想像に難くない。
きっとジンも、同じ結論に至ったんだろう。
思い出せとあれだけ言っていたのに、
「今の生活を続けたいなら、思い出さないことよ。でなければ、あなたはまた一人でトリップするでしょうね」
つまり、そういうことだ。
毎朝のようにバッドエンドを迎えるパラレルワールドの悪夢が蘇ってきて、ゾッと悪寒が走った。
バンッ
「もうトリップはしたくない!!あんな最期はうんざりだ!!」
テーブルを叩いて立ち上がり、荒い息を整える為に大きく息を吸い込んで吐き出す。
そうか。多分パラレルワールドの自分も、元の世界の記憶の手掛かりである男の子を思い出そうとしていたんだ。
それがどういうワケか、不幸な最期に繋がった。それが一回や十回じゃないのだから、確定事項なのかもしれない。
でも自分は精神だけでも助かりたくて、新しい世界へ逃げていたのだ。
別の世界で同じことを繰り返しながら、ずっと。
息は整うどころか荒くなるばかりで、じんわりと視界が滲んで慌てて袖で目元を拭った。
「もうあなたに、何かを思い出せと強要する人はいないわ。でももしいつか、彼を思い出さなくてはいけない時がきてしまったら………」
キィと椅子をひく音がしたと思ったら、誰かに肩を掴まれて引き寄せられた。
「そのマーレリングを使って。あなたの覚悟が本物になった時、きっと助けてくれるわ」
アリアさんの腕の中はとても暖かくて、悪夢が襲ってきた恐怖が溶けていくようだった。
ほっと安堵してアリアさんを見上げると、アリアさんは聖母のような微笑みから真剣な表情に変わった。
「お願い、イチノちゃん」
じっとアリアさんに見つめられ、少し息をつめる。
今なら、リングを持ってても良いと思えた。
持ってるだけなら、別にいいんじゃないか?それを使って誰かと戦うでもなく悪用するでもないんだから、持っていても邪魔にならないのでは?
ほら、お守りみたいなもんでさ。
「他の誰でもないあなただから、お願いしたいのよ」
アリアさんのダメ出しに白旗をあげない猛者がいるなら、ぜひ見てみたい。
分かった、分かったよ。
そもそも美女に勝てるハズがなかったんだ。
「分かりました。ボクで、良ければ」
こうしてマーレリングは、ボクの元へとやってきた。
机の下の宝石箱
(その時が来るまで静かに待とう)