飴乃寂


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この大きな屋敷はアリアさんのジッリョネロファミリーが持つ複数の別荘のうちの一つで、今はアリアさんと数人の部下しかいないらしい。


いわゆるお忍びというやつだ。そんな特別ゲスト扱いされちゃっていいんですかボク。


と言えば、それくらい大事なお客様なのよとウインクつきで返されたので、部屋の隅にいるγが惚れるのも無理はない、むしろ男なら惚れなきゃおかしいだろってくらいの女神っぷりなアリアさん。


嫌がるγを宥めてγと一緒にまた写真を撮らせてくれたご恩は、一生忘れません。


γだけでもレアなのに、アリアさんとのツーショットとか超レアじゃん!!


しかし端末のフォルダを見てニマニマできるのもここまでだった。


アリアさんの表情が変わると、それまでまとっていた母性的な女神の雰囲気が、神秘的なドンナの雰囲気に変わった。


ここから本題に入るらしいので、ボクもいずまいを正して椅子に座り直す。


ティーセットをのせたテーブルを挟んだ反対側にはアリアさんと、その後ろのドアの横にγが立っている。


この広い部屋には今、この三人しかいない。



「リボーンから聞いた話によると、死ぬ気の炎を全身から出せるみたいね」


「はい。でもボクはその時意識がハッキリしてなくて、おぼろ気にしか覚えてないんですけど……」


「確か、失った記憶を思い出そうとした時に起こったんだとか」


「そ、そうです!えと、どうしても思い出せない男の子が一人いまして、その子の手がかりを探している最中に…………で、今は何故かリボーンからアリアさんを紹介された感じでして」



本当に、わけが分からん。


ハハハと乾いた笑みを浮かべ、並盛で買ったワープロ機能しかない格安極薄のノートパソコンを足元のキャリーケースから出してテーブルに置く。


この長旅にも関わらず美男美女をナンパする暇もなかったのは、このパソコンにいれた夥しい数のフォルダのせいである。


これ、ボクが文章に起こしたパラレルワールドの情報なんやで。


頭の中の本棚より実在するフォルダの方が調べやすいので、昨日ジンの助言もあって実行した。


ナンバリングしながら各フォルダにその世界の人達のことが、ボクの分かる範囲で載っているものだ。


なのでこのパソコンを起動させるには、いくつかの長文パスワードが必要だ。


これは自分を見つめ直す一貫でやったことなので、用が済めばさっさと消してしまうつもりだ。


悪用、ダメ、ゼッタイ。



「試しにボクが分かる範囲で人間の情報を文章で整理したんですが、肝心の男の子のことはやっぱり分かりませんでした」


「そう。大変だったわね」


「いえいえ。うちの風紀委員長を盗撮することに比べたら、これくらいなんの!」



あっちは終始、命懸けだしね!


アリアさんはクスリと笑うと、γに何か持ってくるように命じた。


部屋を出ていったγはすぐに帰ってきて、持ってきた小さな箱をボク達の前に置く。


γは写真のやり取り以外喋っていないが、美形は黙っていようが何してようが美形だ。


寡黙でストイックな美形も、もちろん好きです。眼福だ。



「先にこれの話をしてからの方が良いかと思って。あなたに預かっていてもらいたいの」


「ボクが預かる?これはなんですか?」


「ただの古い指輪よ」



箱に手をかけてにっこり笑ったアリアさんには、妙な威圧感があった。


今、古い指輪って言ったか?



「まっ、ままままま待った!!それは開けちゃいけない気がする!!!」



嫌な予感が、なんか嫌な予感がする。


もう二度言う。嫌な、嫌な予感がする。


だって指輪って言ったら。アリアさんというかジッリョネロファミリーの指輪って言ったら。


冷汗を滝のように流しつつ、先日みた夢を思い出した。


頭から爪先まで真っ白で、温かい手をして寂しそうに笑った男。


誰だと尋ねたボクに、また会えると返した男。


その男がこれから指輪を用いて大罪を犯すことを、ボクは分かっているというより―――――知っている、のではないか?


それが何故、その男ではなくボクの前にこうして現れた?



「私ね、最近同じ夢をみるの。パズルのピースのように断片的で、よく分からないのだけど」



そういえば、アリアさん達は未来を予知する巫女なんだっけか。



「あなたとこの指輪………それと、男がもう一人。男の顔はよく見えないのだけど、この三つのイメージが浮かんでいるの」



だからなんでそこで、ボクが出てくるんだ?



「だからこの指輪を、あなたに預けたい」


「は、はあ……」



でもアリアさんが冗談やそんな軽い気持ちで言ってるとは思えないし、どうしたらいいのか。


ちらりと箱を見下ろせば、ボクの制止もむなしく蓋が開いていて、7つの指輪が光っていた。


知っている通りの代物にテンションが上がるどころか下がる一方のボクを知ってか知らずか、アリアさんは続ける。



「今はあなたが、この指輪に一番相応しいと思うの。そして、あなたにも必要な……」


「……あの、アリアさん」



どうしてボクにアリアさんが紹介されたのかという疑問が、なんとなく分かってきた。


控え目に手を挙げて、真っ直ぐボクを見つめるアリアさんを、同じように見つめ返す。


ここで目を逸らしたり動揺しては、信用に欠ける。


どうせこの人の前で嘘はつけないし猫も被れないんだから、正直に全部話してしまおう。



「ボクにこの指輪は、必要ありません」


「どうして、そう思うのかしら?」


「この指輪を手にしても、得られるのは更なるパラレルワールドの知識だけです。ボクには必要ありません」


「ふぅん?その知識の中に、あなたの知りたい情報があるかもしれないのに?」


「その中にボクの知りたいことは、絶対にありません。だから、必要もありません」



ボクが知りたいのは、元の世界の記憶だ。その世界にいる、男の子のこと。あえて三次元の世界と言おう。


だけど今もパラレルワールドも、二次元の世界ばかりだ。


三次元ではボクの顔にキズがあったけど、二次元にトリップしてきてからはそのキズが綺麗に無くなっているから、間違いない。


だから指輪を手にしたところで、それが三次元の世界にまで影響があるとは思えないのだ。



「世界征服がしたいわけでもないし、もっと何かを知りたいと思ってもいない」



あと。



「指輪をはめた美人ごと貰うならともかく、箱に入っただけの指輪に色気も魅力も感じません」



とにかくボクには、必要ない代物だ。




 
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