飴乃寂
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£パンドラの箱£
なんだかんだで、こんな生活も慣れてきました。
いくら決死の全力マラソンでも、回数をこなせば今までは見えなかったものを見る余裕も出てきて。
「ヒバリさん、ヒバリさん」
ヒュヒュンッ
「なんだい」
「どこか具合でも悪いんですか?」
「別に」
体と首を捻って背後から襲ってくるトンファーを避け、いつも一気に人気がなくなる廊下の角を曲がる。
第二派も、体を屈めると楽に避けられた。
「本当ですか!?いつもよりスピードないし、トンファーに殺気も足りないですよ!?風邪でもひいたんじゃないですか!?」
そこで初めて走りながら後ろを見ると、ヒバリさんが両手をあげてトンファーを降り下ろすところだった。
サッと、制服のポケットから端末を構える。
ピロリロリン♪
ブォンッ
スカッ
「やったゲットォーッ!!!」
「君は人を逆撫でするのが上手いね」
ギャンッ
「うわああああっ!!??」
念願だった端末も手に入り、漸くヒバリさんの写メも撮れた。
よっしゃミンちゃんに自慢してやる!
と思ったらいつも以上に激しい一線が向かってきて、端末をポケットにしまいながら、走るスピードを上げる。
途中、廊下から中庭に続く窓が開いていたので、窓枠を飛び越えて庭に下りた。
これで二年教室がある方へ行ければ、そろそろ六時間目開始。鬼ごっこも終わりだろう。
どこか出られる場所はないかと辺りを見回したところで、漸く気がついた。
「………あれっ?窓が全部閉まってる!?」
遠目からだが、ボクが入ってきた窓以外、どの窓も鍵のレバーがきっちり上を向いている。
そんなバカな!!昼間の中庭は戸締まりが甘くて、いつも二、三個の窓が全開なのに!!
いや待てよ?そういえば、全開の窓も一個だけだった。
「やっと追いつめたよ」
そして背後から聞こえる、嬉々とした声。
背中に流れる、冷たい汗。
ギギギと首をゆっくり回して振り向くと、ああ今日も美しい微笑みです委員長。
「まさか………ヒバリさん………」
「全開した窓があれば、君ならきっと入ってくれると思ったよ。他の出入りできそうな所には鍵をかけておいたし……」
カツ、と足音を鳴らして一歩踏み出たヒバリさんと、ジリリ、と一歩後退るボク。
ヤバい。この様子だと、窓だけでなく中庭の正規の出入りのドアも、鍵がかかっているだろう。
中庭にはもちろん、窓越しに中庭を囲む廊下にも人気はない。
誰かに頼んで窓かドアを開けてもらうのも無理だ。
「文字どおり、袋のネズミだよ」
ピロリン♪
「………」
「ハッ、しまった!」
カッコ良かったからつい!!
「………君も懲りないヤツだね」
「あれ、ヒバリさんもそんな憐憫の目をするんですか」
レアだ。
「その欲にまみれた端末を差し出すか、死ぬか選びなよ」
「ボクにはどっちも選べない!!」
命懸けで撮った写メだ。死ぬのは嫌だけど、苦労して得たものをそう易々と渡せるわけがない。
それに、
「端末を差し出したって、その後に待つのは咬み殺コースじゃないですか!!」
「君のそういう勘が鋭いところは、嫌いじゃないよ」
「やったあ嬉しくない!!」
なんでちょいちょい口説き文句が怖いんだろうこの人は!!
否定しないのも潔い!
「どっちも嫌なら、戦うしかないよ」
「怖いから無理!!」
更に武器を持った強敵相手に素手で戦うなんて、出来るのは死ぬ気になったツナか、ボクシング命の了平先輩くらいだと思う。
「あっ、噂をすれば!」
廊下にツナ発見!!
でもボクと目が合うや否や、慌てて踵を返そうとしている。
こちとら命かかってるんだ、逃すか!
大きく息を吸い込み、吐き出す。
「ツナ君のおっ、好きな人はああああーっ!!!!?」
ガラッ
「うわああああっ!!!大声で何言ってるの!!?」
「ヒバリさん!この拳を見てください!行きますよ!?」
「?」
窓を開けて叫ぶツナを確認し、ヒバリさんに拳を向ける。
「サン、ニー、イチ!」
ヒュッ
ピシャッ
「!」
ピロンッ♪
「水も滴る良い男!!」
拳から水鉄砲のように飛び出た水がヒバリさんの顔にヒットし、ついでに写メってツナの方へ走り出す。
これを五秒でやってのけたが、慌てて窓から離れたツナの目の前に着地する頃には、背後の殺気がこちらへ向かってくるのを感じた。
「走るよツナ君!!」
「ヒバリさんになんて恐れ多いことを!!」
「………殺す」
「咬み殺すじゃなくなってるー!!」
「見てツナ君!このレアショットの数々!!」
「現実と向き合って品臣さん!!後ろの鬼に気づいて!!」
ツナに端末を見せながら廊下を全力疾走し、たまに体を捻って後ろからのトンファーを避ける。
「君のこの数日の問題行動は目に余る。どこに行くにも、こそこそ隠れて僕について回る」
「そ、それって……」
隣からツナの形容し難い目線を感じたので、あえて満面の笑みで親指を立ててやった。
「ヒバリさんの秘蔵写真が欲しくて、今日でストーカー八日目でぇっす!!」
(なんで捕まらないのこの人!!!)
どうして当初の目的と変わってるかって?
そんなの、いつの間にやらだ。
それどころじゃなかった。それだけ。
「警察は怖くないが、ヒバリさんは怖い。でも間違いなく町の警官より、ヒバリさんの方が美形だ。ハイリスク・ハイリターンだ」
「勝負のしどころ間違ってるよ!!」
「ほら来たぞツナ君!」
「えっ!?ぎゃああっ!!」
「ふうん、今のを避けるんだ……更に面白くなってきたよ」
「火に油注いだー!!」
ツナ君の肩を抱くように掴んで屈み、目の前の廊下の角を曲がる。
するとそこはもう階段だ。上りきれば二年教室がある。ゴールだ。
「あともうちょっとー!」
「まっ、待って品臣さん!足がつっ……」
「えっ!?」
後ろを振り向くと、ツナがよろよろと廊下を蛇行していた。
更に後ろでは、ヒバリさんがもの凄い勢いで迫ってきている。
「ひっ、ヒバリさんちょっと待って!タイム!!ツナ君が足つったって……!」
「僕には関係ない」
相手の勝利を確信した加虐的な笑みを最後に、ボク達の意識は途切れた。
その瞬間に思ったことと言えば。
嗚呼、その顔を端末に永久保存したかった……。