カラスの五重唱


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「沢田綱吉」


「え?」


「あ?」


「おっ?」



放課後。人気のない廊下。


名前を呼ばれたので足を止めると、俺の両側で一緒に歩いていた獄寺君と山本も、足を止めた。


振り返る。



「っ!?」



鼻につきそうなくらいすぐ目の前に、木刀があった。


思わず両手を上げたのは、条件反射みたいなものだ。



「なっ、なななっ……!!?」


「てめぇ!!誰に向かって刃向けてやがる!!?」


「あれっ?」



獄寺君が怒鳴っているのが聞こえるが、俺は目の前の人から目が離せなかった。


っていうか目を逸らした瞬間に、自分の命が終わる気がする。



「沢田綱吉で間違いないな?」


「あああのっ、どっ、どちらさま、で……?」



誰だよこの人!?同じ制服着てるけど、誰!?先輩!!?



「副会長?木刀なんか持って、剣道部の稽古か?」


「副会長!?」


「……そういや、こんなやつがいた気も……」


「部活はサボったった」



相変わらず自分のペースを崩さない山本に返事をしたその人は、副会長らしい。


でも目はずっと俺を見ているし、木刀も突きつけられたままだし、何が一体どうなってこんな目に合っているのか。



「備品の改造」


「えっ?」



唐突に言われた言葉に声をあげると、ただでさえ間近にあった木刀が更に近づいた。



「グラウンド破壊、体育祭中止、無許可の発砲と爆破の数々!」


「ええぇっ!?」



いや、これは、もしかして。


涼しげな紫色の目が、カッと見開いた。



「次ィ問題起こしたら、真っ二つにしたったるから覚悟しィや!!!」


「ヒィーーッ!!!すみません以後気をつけますから見逃してっ………て、え?」



てっきり制裁をくだされるのかと思って後ずさったが、遅れて聞こえてきた台詞に瞬きを一つする。


相手は相変わらず木刀を持っていたけど、空いてる手を腰に当てて、その場から動く様子はなかった。



「………つ、次?」


「ああ、次や。次は容赦せん」



木刀が引っ込められ、ほっとして息をついた。


副会長は木刀を持ったまま腕を組む。



「ええな?無関係な生徒をキズつけたらあかんで。それが守れるんなら、多少は多目に見たる」


「………は、はあ……」



目に余る行動に制裁を下されるのかと思えば、 この人は本当に注意しに来ただけのようだった。


でも、一つだけ腑に落ちない。



「あ、あの……」


「なんや?」


「他はともかく、備品の改造っていうのの心当たりがなくて……」



恐る恐る手をあげて尋ねるが、正直なところ、心当たりはある。


もちろん、犯人はあのすぐに発砲する赤ん坊だ。あいつの仕業で俺達まで目をつけられるのだけは、御免だというのに。


そうしたら身長の低い俺を見下ろしていた副会長は小刻みに震え始め、痙攣でもしているのかと疑うほど大きく震え出した辺りで、俺の胸ぐらを片手で掴んだ。


目の前には、またあの木刀。



「あっ、てめぇまた!!」


「おっ、おいちょっと落ち着け……」


「ふざっけんなあああっ!!」


「ヒイィッ!!ふっ、ふざけてないです―――!!」



鬼の形相が、そこにあった。



「自分がアホの持田と勝負なんてするから、あの日剣道部の防具がみんな重さ百キロのもんに代わってたんやで!!?」


「しっ、知りませんよそれは!!」



持田先輩との勝負って、京子ちゃんを賭けたあの時か!!


まさか持田先輩、あの時の防具にそんな小細工を……?



「俺のにいたっては、袴まで鉄線でできた五十キロの鎧に化けてたんやで!?竹刀には電気流れてるし、木刀の刃にモノホンの刃が組み込まれてて死にかけるし、戸につっかえ棒挟まって道場の更衣室に閉じ込められるし!!………っうっく」


「最後のはただの不注意ですよ!!」



泣き始めたよこの人!?


でも重すぎる防具とか電気が流れる竹刀とか……まさか持田先輩じゃなくてリボーンが、俺に使わせる気でいつの間にそんなに恐ろしい改造を……!?


するとこれは、やっぱり俺が謝らなければいけないことなのだろうか。



「す、すいませんでした………俺のせいで……」



帰ったらリボーンを問いつめてやろうと決めながら謝ると、副会長は涙を三割増しにした。



「そうや!!自分が持田にケンカふんなかったら、持田も明徒に防具の改造を頼まんかったし、俺も死にかける思いせんで済んだんや!!!」



八つ当たり!?



「それただの八つ当たりじゃねーか!!」


「明徒って、三年で生徒会の議長やってる人だよな?」


「ああ!!明徒からあの人に話がいきよって、ここぞとばかりに道場にありとあらゆる改造が施されたんや……!!」


「あ、あの人……?けほっ」



俺の胸ぐらを離して頭を抱えた副会長が言うには、どうやら改造はリボーンのせいではないらしい。


少し咳き込んで、あの人って誰だろうと副会長を見ると、副会長は歯を食いしばって顔を背け、くっと忌々しそうに眉を寄せた。



「………うちの……生徒会長や……!」


「あ、あのキレイな人か!」


「そういや、この学校の生徒会長って女だったか……」


「ああ、スッゲー美人のな!」



副会長や議長と聞いてもパッとしなかったが、会長となると生徒の前に立つことが多いからか、すぐに分かった。


おまけにクリーム色の長い髪を赤いリボンでいつもポニーテールに結んでいて、背も高い。普通にしてても、遠目から目立つ人だ。


自分もそうだったように、新入生が入学式で真っ先に覚える、理想のキレイで憧れる先輩というのが、彼女だろう。



「騙されるな!!あいつは美女の皮を被ったただのメカオタや!!命がなんぼあっても足らん!!」


「そうなのか?」


「せや!!体いじり回されんだけまだマシやけどな!!」


「人体実験!?」



首を傾げた山本に、全力で肯定する副会長。


どうやら俺達と生徒会仲間での会長のイメージは、かなり違うらしい。


少なくとも相手は、会長のことを余りよく思ってないようだ。



「道場はもう会長に元に戻してもろたが………またヒバリと揉めて、まだ応接室から帰ってこんし」


「そうか、道場を改造したって……ヒバリさんが黙ってないよね……」



俺もいつリボーンの隠れ家がバレて咬み殺されるのか、冷や冷やしてるところだ。



「あの野郎!!まだ会長と二人っきりとか!!!手出したらただじゃおかんからな!!!」


「そっちかよ」



獄寺君の冷たいツッコミが入った。


さっき副会長は、会長のことをよく思ってないかもしれないと言ったが、前言撤回する。


多分、これは。



「会長から出るのは自分らの話かヒバリや!!なんでなん!?お前らに一体どない魅力があるっちゅうねん!!?俺の方がカッコエェに決まっとるやないか!!」


「知るかよ!!酔っ払いみてーな絡み方してんじゃねーよコラ!!果たすぞ!!」



薄々感じ始めたことを山本も思ったらしく、山本がこそっと耳打ちしてきた。



(なあツナ、副会長は会長のことが好きなんじゃねーの?)


(あ、山本もそう思う?)



最初はいきなり木刀突きつけてくる怖い人かと思ったが、今は涙目になって獄寺君と口論している。


メカオタだ何だ罵倒するのも、好意があるからこそ出てくるものだろう。



ブォンッ


「うおっ!?」


「わああっ!?」


「いくら美人でも、惚れたら真っ二つにするからな!!あと騒ぎに部外者を巻き込むな!!でも会長に手出す野郎は、赤子でも始末せい!!」


「無茶苦茶だ!!」



急に飛んできた木刀に反応できなかったが、山本が腕を引いて庇ってくれたので、攻撃は免れた。


憂さ晴らしなのか誰もいない廊下で木刀をブンブン振り回す副会長を見ていると、目があった。


ギリ、と何故か歯ぎしりされる。



「ああ鍛えがいありそうなもやしっ子やもんな………豆腐の角で地獄に落ちろ」


「ボソッと物騒なこと言わないでください!!」


「十代目に向かってなんてこと言うんだ!!」


「ああ!?さっきからギャンギャンやかましいで自分!?」


「そりゃてめーだろうが!!」


「まあまあ、落ち着けって二人とも!」



もやしって罵倒されてるのに、(実際そうだけど)ガタイがよさそうな相手は、どうしてか悔しげだ。


口論していた獄寺君とそのまま殴り合いそうな勢いだったので、今は二人とも山本に止められている。



「いた尾長!!お前今日部活来いって言っただろ!?」


「誰だあいつ」


「あっ、持田先輩!?」



噂をすれば影というやつか。


副会長のずっと後ろの廊下の角から走ってきたのは、剣道部主将である持田先輩だ。部活中なのか、胴着姿だ。


副会長は背後の持田先輩を見て、ケッと吐き捨てる。



「今日は行かんゆーたやろ」


「お前会長が他の委員長と話し合いする度に部活サボるの止めろ!!お前がいなきゃ次の試合勝てねーだろうが!!」


「ハッ。自分らから三本とるとか、片手で事足りんで。練習なんて適当でえぇねん」


「二年のくせに生意気だぞてめえ!!先輩は敬え!!」


「一年早く生まれただけで何を偉そうに!!年功序列だか知らんけど、日本のそういうとこ、ホンマ嫌いや!!」


「ここは日本だ!!年上はみんな敬え!!」


「どんだけ部活動中、俺が自分らが殺されんよう神経張っとるか知らんくせに!!」


「何が殺されるだ!竹刀で人が死ぬかよ!」


「その竹刀が危険なんや!!」



持田先輩が副会長の首根っこを掴み、ズルズルと向こうへ引きずっていく。


大声のかけ声がどんどん遠くなっていって、廊下に残された俺達は顔を見合わせた。



「…………ツナ、この後どうする?」


「え、ええっと………ど、どうしようっか……」


「帰りましょうよ、十代目。俺ハラ減りました」



今は放課後。副会長達のように部活がある生徒は、活動に勤しむ時間。


じゃあ俺達は(山本は野球部だけど)帰宅部らしく、帰路につこう。



「うちの学校の七不思議?」


「らしいぜ!」


「胡散くせぇ」



その帰路で山本から、不思議な話を聞いた。


うちの剣道部では防具の数が減ったと思えば元に戻っていたり、防具や竹刀がやけに重くなったと思えば、やはり元に戻っていたりと、よく怪奇現象が起こるらしい。


座敷童の悪戯だとか子泣き爺が防具にへばりついてるだとか、様々な憶測が飛び交っているが、真実は分からぬまま。


異変があっても翌日には元に戻っているので、部員達も大して気に留めてないらしい。



「あっでも今日会った副会長は、異変があると毎回決まってどこかに逃げるって聞いたな」


「ハッ。あの木刀野郎、あれだけメンチ切っててビビりかよ」


「で、でも実際にそんなことがあったら不気味だよ」



しかも一度ではなく、何度もあるのだ。俺だって逃げ出したい。


言われてみれば、副会長は道場の更衣室に閉じ込められたと泣いていたような。


木刀を持った彼は怖かったが、彼はもっと怖い思いをしたんだろう。


心の中で同情しつつ前方に見えてきた自宅に、疲労なのか安堵なのか分からない溜息をついた。




 
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