飴乃寂


□06
6ページ/7ページ


自習でもテストでもないのに、不自然なほど静まり帰った教室。



「イチノちゃんは風紀委員会に入ったんで、この制服なんですよ。教室来る時に見かけませんでしたか?学ラン着ている人」


「あぁ、なんか遠目に見たな」


「その人も風紀委員なんです。女子はイチノちゃんだけなんですよ?凄いですよね!」


「おい、早川さん。なにジンに見え見えのアプローチかけてんだ」


「ちょっ、ちょっと二人とも……」



グループごとに机を合わせ、小声で交わされる雑談。



パァンッ



「ヒィッ!?」


「私語は慎めよ」



そして当たれば粉々になるスピードで飛んでくる、殺人チョーク。


ボク達から一番離れたグループの机に当たったそれは、もちろん跡形もなく真っ白になって消えた。


2Aの授業参観は、恐ろしいことにのっけからリボ山先生による数学だった。


今回は黒板ぎっしりに書かれた問題を、グループごとに考えて解けと。


グループは席順で決まったので、メンバーは早川さんとツナと、山本とボク。


本当なら獄寺もいるはずなのに、保健室から未だ帰って来ていない。


あとは一応授業参観らしく保護者も自分の子供のグループに入っているが、問題の難易度にお手上げらしく、傍で見守ってるだけだ。



「なんだ。俺はてっきり水をぶっかけられて、コスプレさせられてんのかと」


「並中の前の女子制服が、セーラーなんだって」



草壁さんから制服を貰った時、ボクもコスプレって言ったが、まさかジンも同じことを言うなんて。


というか腐女子だのコスプレだの、こいつよく知ってるよな。



「そういえば私が並中に通ってた時は、女子はそんな制服だったわね」


「えっ!?ミンちゃん歳いくつ!?」


「乙女の年齢を聞くんじゃないわよ!」


「ギギギブ!!ごめん!!」



今日はミンちゃんに絞められてばかりだ。メチャクチャ痛い。


これ以上バカになったらどうしよう。



「他にも白いセーラー服の学校ってなかったか?」


「あ、あるけど、美形美人が一番揃ってるのは並中だよ。ママさんパパさんまでレベルが高い。本当にここに来て良かった」


(真顔!?)


「イチノちゃん、真顔になってるわよ」


「ハハハッ、品臣はおもしれぇな!」



文章問題ばりに長い式を印刷したプリントが机の真ん中に置いてあるが、誰一人として手をつけない。


だって見るからに完全に宇宙文字だ。解けるわけがない。



「にしてもこう見ると、中学生ってみんな可愛いわね。食べちゃいたいくらい」


「えっ、あの!?」


「ツナ君が可愛いのは否定しないけど、迫るな。食うな」


「かっ、可愛いって………」



ジリジリと尻込みするツナの顔を、まじまじと見るミンちゃん。


ツナから冷や汗が尋常じゃないくらい流れているのが見えるが、ミンちゃんだってこんな公共の場でどうこうしようとは思わないだろう。


やるんなら人気のない廊下で。迫ったら獄寺に邪魔された、ボクからの助言。



「校内の不純異性交遊は生活指導の先生より、風紀委員に先に目をつけ………」


「風紀委員?」



られそうだけど、ボスがお出ましになったりしないかしら。


ボスが、帰ってきたりしないかしら。


バチッとミンちゃんと目が合って、お互い同じことを考えているのだろうと悟った。



「…………」


「…………」


「……なぁ早川、どうして二人とも黙りこくってんだ?」


「多分ろくでもないこと考えてるわ」


「ヒバリさんなら飛んできそうだよね。いや、来るよね。ヒバリさんなら来てくれるよね」



並中の風紀を守る為なら、人口密度が高くなってるこの時間でも、颯爽と現れてくれるよね。


現れてくれるって、信じてる。


だって会いたいんだもん。



「あらじゃあ、試してみちゃう?どのこで試す?」


「ミンちゃんの好きなこ選びなよ」


「いやーん選り取りみどり!」



パァンッ


バタッ



「ミンちゃあああんっ!!?」



チョークが当たって倒れたミンちゃんを見て、チョークが飛んできた方を振り返ると、教卓でリボ山先生がチョークを構えていた。



「生徒を毒牙から守るのも、教師の務めだ」


(初めて教師らしいことしたわね……)


「止めないで先生!ボクはヒバリさんを誘き出す為なら、なんだってやるんだから!!」


「昨日もヒバリさんに追いかけ回されたの、忘れたの!?」


「授業が終わってから、存分に咬み殺されろ」



パァンッ


バタッ



(品臣さんもやられた!!)


「品臣………」


「あーあ、お前授業くらい真面目に受けろよ……気絶しただけだろうからほっとけ」


「ほっといていいんですか!?」


「口閉じねーと、次のチョークがお前を狙ってんぞ」


「!!!」



イチノが気絶したから、実況はこの俺、ジンが引き継ごう。


慌てて口を閉じたツナの横で、一向に進まないプリントを手に取ったのは、困ったように苦笑いした山本武だ。


多分、このグループで一番真面目に授業を受けてるだろう。



「にしても参ったな………この問題は」


「無理だよ山本、解けるわけないよこんなの……」


「こんな時こそ獄寺の頭が必要だってのに、まだ保健室なの?」


「なんだ、獄寺隼人は頭がいいのか?」


「去年転入してきた時から、ずっと学年一位なんですよ。ファンクラブもあるくらい人気です」


「んなモテんのか、あいつ」



人は見かけによらないってのは、このことか。


完全に不良ですって顔と出で立ちだったのに、頭は良いだなんて。


ファンクラブがあるのも、そのギャップ効果だろうか。



「解けたグループには、いいマフィアの就職口を紹介するぞ」


(またリボーンはファミリー候補を探してるし、ランボ達がいないってのに、結局こうなんのかよ!!)


「そういえばツナ君、去年の授業参観はどうやって終わったの?」


「ええっと………確か、チャイムが鳴って時間切れに……って品臣さん!?」


「ナチュラルに戻ってくんなよ!」


「顔が真っ白ね、イチノちゃん」


「大丈夫か?品臣」


「顔が粉っぽい……ケホッ」



床に倒れていたはずのイチノが顔を拭きながら自分の席に戻ってきたから、バトンはイチノに返すぞ。


ボクが気絶してから五分後ってところだな。おのれリボ山、覚えてろ。


眉間から後頭部にかけて鋭い衝撃が走ったせいで、頭が凄くジンジンする。



「イチノちゃん、大丈夫?厳しい先生だけど、授業はちゃんと受けなきゃダメよ?」


「うふ、ごめんなさい」



色々ツッコミたいけど、怒られてるはずなのに超癒されるから、奈々さんって大好きだ。



「じゃあ、今回も時間切れを狙うか」



それはそうとして残りの三十分は、静かに待とう。


そうすればこれ以上気絶する人も、心的外傷を負う人もいないだろう。


チョーク二発目は御免だ。この痛み、トラウマになりそう。



「ちなみに問題が解けない限り、授業は終わらないからな。居残って解いてもらうぞ」


「え゛っ!?」


「どこか一つのグループでも問題が解けたら、そこで今日の授業は終わりだ。早く解けば早く帰れるぞ」


「なに言ってるんだよお前!!そもそも本当の先生はどうしたんだよ!?」



グループの様子を見に見回ってきたリボ山先生に、ツナが小声でめっちゃツッコんでる。



「持病の腹痛で早退したぞ」


「まさか獄寺君も!?」



帰ったのかな、獄寺君。



「なぁお前、パラレルワールドの知恵でなんかないわけ?解けるまで帰れねぇらしいぞ?」


「帰れないのは困るけど………中学生やってたのが大半だし、余り期待できないよ」



こそこそと小声で耳打ちしてきたジンに返しつつ、記憶をさらう。


去年と同レベルの問題なら、この問題もナサレベルってことか。


パラレルワールドでも科学者や数学者のようなものをやった記憶はないけど、類似問題を解いた覚えくらいないだろうか。



「そもそも君って頭いいの?料理上手だけど」


「それはレシピ通りに作ってるだけだ。テキストがあれば覚えられるが、この問題はお前らの教科書にはないだろ。無理だな」



ミンちゃんは未だ気絶してるし、ジンもダメか。



「ほらツっ君も頑張って!いくら難しくたって、先生ならみんなと考えればちゃんと分かる問題しか出さないわよ!」


(あいつは先生じゃなくて、ただの殺し屋なんだよ!!)


「親父は?」


「いやぁ、俺は勉強とかとんとダメだったしな!」



奈々さんは安定の癒し系だし、山本親子も予想通りと言えば、予想通り。


残った早川さんは。



「イチノちゃん、終わったら起こして……」


「早川さん、現実逃避しないで」


「そういえば私、チャットに夢中で二時間しか寝てなかったの。数式なんて眠りの呪文読んでたから、もう限界よ……」


「気持ちは分かるけど、この授業で寝たら、そのまま永眠するかもしれないんだよ!?お願い早まらないで!!」



結局早川さん家からは誰も来てないようで、ある意味自由な彼女は机に伏してしまったが、それを見逃す甘い先生ではない。


教卓にいたリボ山先生はくるっとこちらを見て、チョークを構えた。


やばい、見つかった。



「そこ、寝るんじゃねぇ!」


「言わんこっちゃない!!」



数学の教科書を広げ、恐らくぶつかるだろう早川さんの頭の前に出す。



パァンッ



すぐ両手が痺れるほどの衝撃が走ったが、早川さんは伏せたまま起き上がらないから、チョークは防げたようだ。


ホッとしたのも束の間、背中をぞわりとするものが走る。


慌てて教卓を振り返ると、チョークケースを持ったリボ山先生……と、唖然とこちらを注目しているクラスメイト達が見えた。



「止めた……」


「リボ山のチョークを……」


「すげーな品臣!」



いや、山本だけは笑って賞賛してくれてる。



「生意気な」


「えっ、そんな理由で狙われるなんて有り!?交遊なら未遂、」


「問答無用」


「まっ、ちょっと待って!起きてよ早川さん!!」



教科書の他にノートもわし掴んで先生の方に出せば、パパパァンッとなんとも恐ろしい音がした。


本当にチョークなのかこれ。



「ゲッ、ノートに穴空いてる……」



穴が空いたのは一、二ページだけだけど、なんて威力だ。


表紙は完全に真っ白になってるし。


さっきまでボクの顔もこうだったのか。穴は空いてないけど!



「だっ、大丈夫なの品臣さん……?」


「体には当たってない!」



全身に震えは感じているけど。



「よし。お前のその度胸に免じて、スペシャルサービスだ」


「えっ!?」


「就職口の紹介の他に、マフィア通信の限定版モデル雑誌をつけてやる。美しい殺し屋達が勢揃いしてるぞ」


「さぁ解くぞーっ!!」


「切り換えはやっ!!」



すぐさま教科書とノートを放り投げ、放置されていたプリントを取り上げる。


そんな特典があるんなら先に言ってくれれば、最初から真面目に取り組んだのに。先生も水臭い!



「………お前本当に分かりやすいな」


「………ん゛ん―――……モデル?」


「早川も起きた!?」


「モデル……設定………はげ、る………」


「モデルになると、頭が禿げんのか?」


「多分違うよ、山本。それ早川の寝言だよ!」



あれだけ大きな破裂音が続いてたのに、起きない早川さんは凄い。



「品臣さん。その問題、解けそう?」


「今解く為の公式を思い出すから待って」


「そこから始まるの!?」



さあ降りてこい!マフィア通信の限定版モデル雑誌!




 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ