飴乃寂


□06
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「あっ、イチノちゃん!熱は……もういい…………の?」


「早川さん、遠いです」



クラスに行けば体調を心配され、人の温かさに触れたのだが。


みんなボクの格好を見るとだんだん離れて行って、隣の席の早川さんも最初は一メートルの範囲内に立っていたのに、今は机ごと五メートルほど離れている。



「風紀委員会に、入ったの?イチノちゃん……」


「成り行きで。殴ったりしないから傍に来てよ!寂しいよこの距離!」


「でも風紀って、あのヒバリさん……」


「美人じゃん!イケメンじゃん!顔が良ければ全てよし!」


「そういえばイチノちゃん、そういう所あったわね」


「距離が元に戻って何よりです」


「いつかダメ男に引っ掛からないか心配だわ」


「心配ご無用!恋人は誌面の中にしかいません!」


「心配どころか手遅れだったわ。私も人のこと言えないけど」



ガタガタと定位置に戻ってきた席にほっとして、自分の席に座る。


格好が変わっても全く対応が変わらないのは、花ちゃんと京子ちゃん。


でも他のみんなも最初に距離が空くだけで、ボク自身変わってないのが分かると、今までと同じ対応をしてくれた。


この早川さんの場合は何を隠そう、ボクの二次元仲間、腐女子である。図書委員で、並中の図書室や市立図書館の本を読破した猛者だ。


唯一の同志なので、クラスで一番仲がいいのも早川さん。いつも放送禁止用語が飛び交う会話をしているので、そこは割愛する。



「おはよう品臣さん。昨日早退してたけど、体はもう大丈夫なの?」


「おはようツナ君、獄寺君。もう元気っスよ」


「つうかなんだよ、その格好。腕に風紀の腕章……ってまさか」



一緒に教室に入ってきたツナと獄寺に見せるように前に立ち、両手を広げる。



「昨日、早退する前にヒバリさんに追われ、まんまと捕まりました。成り行きだ」


「成り行きっていうか、捕獲!?」


「いつでも助けに来てね!」



切実に、願う。


いつか殺されるかもしれないし。



「ケッ」


「ご、獄寺君……」



獄寺は今日もつれない返事だな。



「そうだ、昨日はプリント届けてくれてありがとうね。獄寺君」


「あぁ?あれは先公が同じマンションに住んでるからとか何とかしつこく押しつけてきたからだ。礼言われる筋合いはねぇよ」


「そんなそんな〜。ジン君も礼言っといてって言ってたし、今日授業参観に学校来るみたいだよ?」


「あっそ」


「ジンクン?ってえぇ!?二人とも同じ所に住んでんの!!?」


「そっか、ツナ君は知らないか」


「えぇ、嫌な偶然っスよ」


「獄寺君は五階で、ボクは七階に住んでるんだよ」


「待て、なんでお前が俺の住む階を知ってるんだ」


「この前君が乗ったエレベーターが五階で止まったの見たから、そうかなって思っただけ。合ってたんだね」


「今、鎌かけやがったのかてめぇ!」


「あっはっは。そんな人聞きの悪い」


「そっ、そうだったんだ……」



そういえばアイツのことを知ってて会ったことがあるのは、獄寺だけだったか。



「それでジンってのは、ボクの従兄のお兄ちゃんだよ」


「品臣さん、お兄さんいたんだ。獄寺君は会ったことがあるの?」


「はい、なよっちそうな若い男でした。こいつの保護者みたいです」


「そうなんだ」



数秒前までボクのことしかめっ面で見てたのに、ツナにはこの変わりよう。


この忠犬め。



「あれでも家事万能男なんだぞ。ご飯超うまい」


「へぇ、男の人なのに凄いね!」


「獄寺君みたいな容姿してるから、見ればすぐ分かると思う」


「え?外国人なの?」


「多分」



多分というか、人間ですらないけど。



「今まで世界各地点々としててどの言語もペラペラだけど、旅が長かったせいか出身地は忘れたって」


「忘れた!!?」


「自分の歳も覚えてないやつだしな」


(また変な人の予感が……)



って、今朝言ってた……よね。


歳は教えたくなくて、忘れたの一点張りだと思うのだが。本当に忘れたのだろうか。



「なぁに?何の話?」


「う゛っ。ボクの従兄の兄ちゃんが、授業参観に来るって話。早川さん……重い」



頭に後ろからのし掛かってきた早川さんの声が、頭上からくぐもって聞こえる。



「あ、えっと。おはよう早川……」


「おはよう、沢田。獄寺も」


「おう」


「二人のところは、誰か授業参観に来るの?」


「あぁ〜俺は……多分、母さんが………いつも来なくていいって言ってるのに……」


「来ねえよ。来てたまるかっての」


「早川さんは?」



よいしょっと早川さんの下から抜けて、にこにこ笑ってる早川さんを見上げる。



「ん〜、うちもお母さんかな?連絡が急だったから、来れるか分からないって」


「そっか」



前日にお知らせがくれば、そりゃそうだよな。



「去年みたいなのは嫌だからね、沢田。リボ山先生怖いし」


「おっ、俺もあんな思いはもうこりごりだよ!」


「去年?」



去年、何かあったの?



「沢田の居候達が授業メチャクチャにしてさぁー、獄寺もお姉さん来た途端にぶっ倒れるし。一瞬自習にもなったんだけど、代理で教室に来たリボ山先生が超スパルタで……もう散々だったんだから」



何があったのか、目の前で見ていたかのように目に浮かぶ。



「オサムとかチョーク恐怖症になって、あのあと暫く黒板に近づかなかったしね!」


「オサム君……て、あの鼻ピの人?」



隣のクラスだけど、中学生で鼻ピアスなんて珍しいから覚えてた。



「そう!リボ山先生、授業中断されるとお母さんにもチョーク投げるのよ。怖いったらないわ」



なんかそんなシーンもあったな。


…………て、ん?


みんなは去年の話をしてるんだよな?



「そういうわけだから、くれぐれも頼んだわよ沢田!」


「俺に言われても………ランボ達には絶対に来るなって言ったけど、無視して来そうだし……」


「ったく、十代目にご迷惑かけやがって………あいつらが教室に来た時は、この俺がシメ出してやりますからご安心を。十代目!!」


「お、穏便にお願いね!」



ボクはオールスターで来てほしいけど、今それを言ったら集中放火をくらいそうだ。


多分去年の授業参観ってのは、ボクが知ってる授業参観だろう。


ボクはなんとなく新入生気分でいたから、今日は既読したシーンを見れると思っていたが、他のみんなはこの学校生活も二年目。


よくよく考えてみると、この前の退学騒動も、ツナ達が一年生の時に起こった話じゃなかったか。


だって二年生って言ったら、ざっくり言ってバトル回だし。


ストーリー自体は二年生時代中心だったから、去年より色濃い一年が始まってることに違いはないけど。



「………時差……?」



考えすぎだろうか。単純に記憶違いって可能性もあるし、そんなに思い悩むことはないかな。



「え?何か言った?」


「いや、何でもないよ」



とどのつまり、今日の授業参観で何が起こるか分からない、と。



チッ。オールスターの出欠が分からないなら、やっぱりここは他のクラスを回って、美ママ美パパに会いに行くべきじゃないか?




 
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