飴乃寂


□03
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というのが、ボクの脳内でのシナリオだった。


イケメン美少女の全攻略&撮影は、ボクの目標であることは違いない。


目指せ全友情エンド。並中を眼福パラダイスに。


だから応接室に行って風紀委員会に入ることは、ヒバリさんとお近づきになる一番の近道だと思っていたのに。


なのに。


なーのーにー!ボクときたら!!


応接室に入ったら、ヒバリさんはトンファーの素振りをしていて。


初めて見たが、素人目にも技術が高いことが分かる、洗礼された力強い動きだった。


素で見とれていたし、もっと見ていたかったが、ヒバリさんはすぐ侵入者に気づいて舞いを止めてしまった。


あああぁぁ〜と残念な気持ちを唸り声で表している間も、ヒバリさんは汗一つない顔でボクを見る。



「誰?この部屋になにか用?」



低い声、素っ気ない態度。


朝遠目で見た通りに整った顔に、白い肌。


ツンとした性格を表しているような切れ長の猫目が、なんだか可愛くて。


ああ覚悟はしていたさ。


この方の美貌は、ホントにどうしようもないって。


ああ美しい。ツナ達もだったけど、生は何倍も美しい。


男だなんて信じられない。


どうして学ランが似合うのか、不思議な気がしてきたわ。


何故セーラー服を着ないの。そうかお転婆さんなのね、全くもう困ったチャンなんだから!



「………僕の顔に何かついてるかい?」



ガチで生ヒバリマジパネェ!!!!!


え?何語?ヒバリ愛してるって分かりゃ、なんだっていいんだよ!!


教室では平然を装えたのに、彼の前では黙っていることで精一杯だ。


ああヤバいどうしよう。口から鼻から全身から、血が沸いてるのが分かる。


あっちこっちから吹き出しそう!!


テレビで熱狂的ファンが生の芸能人を見て号泣するのを見たことあるけど、冷静な一般人からしたら「アイツらひくわー」と遠巻きにされるか、生暖かい目で見られるアレが、まさに今のボクだ。


生きてて良かった。来て良かった。


大ファンです。もう狂信者です。大好きですヒバリさん。



「黙ってないでなんとか言いなよ」



ああ喋る度にカッコいい!!


イケボ!エロボ!声までパーフェクト!!



「………」



ああムスッとした顔は、頭ホールドして撫で回し尽くしたいくらい可愛い!!


耐えろ!耐えろ両腕!!


代わりに、自分の貧相な体を抱きしめる。


そんな時にボクの頭には何故か、アスカ姉様(♂)の名言である「良い男はお尻で分かる」が浮かんでいた。


もうダメ。誰か殺して、おかしくなりそう。



「ひ、ヒバリさん………」


「なに?」



視線を下げると、きっちり着こなされたワイシャツに、風紀の腕章が鎮座している。


靴まできちんと磨かれていて、身だしなみは完璧だ。尊敬に値する。


上から下までの不躾な視線にも、ヒバリさんは動じていなかった。


ここでヒバリさんがなにかリアクションをすれば違ったかもしれないが、ボクは言ってしまった。


同時に、実は思ったより短気じゃないんじゃないかと、好感度も上がった気がした。


恋は盲目。些細なことでも絶賛できます。


なんて小悪魔スキルなのヒバリさん!


ああもう本当……本当、に……!!





「襲ってもいいですか!?」



「………」





言った後すぐに、後悔した。


自分の発言にも後悔したが、嘘偽りではないことだけは述べておこう。



「どこからでもかかって来なよ」


「えっ、トンファー?」


「来ないなら、こっちから行くよ」


「えっ!?ちょまっ、なんかちがっ……うああああっ!!?」



なまめかしい笑みと共に、一気に全身を襲う痛い空気。


これが殺気というものか。


目にも止まらぬ速さで向かってきたトンファーを反射的にしゃがんで避けると、頭上で嬉々とした声が聞こえた。



「ワォ、やるね」


「うわああぁ髪の毛すったあぁ!?」


「思い出したよ。そういえば君、今朝応接室の方を見上げていた生徒だね」


「ひっ!?」



どうしよう、ヒバリさんが近くにいる上に覚えてもらってたのに、全く嬉しくない!


今の一撃で、邪な心はどこかへ飛んでいったらしい。


やばい。さっき殺してって言ったけど本当に、しかも本人直々に殺される。


是非!いや、落ち着けワタシ。



「宣戦布告と受け取ったよ」


「なんの!?」


「さぁね、君が好きなのを選べばいいよ。並中の支配者でも、並盛町の秩序でも。どちらを懸けても、僕は構わない」


「選べるものなの!?どっちも嫌だけど!!!」



クラウチングスタートの要領で応接室を飛び出し、廊下に出る間際にドアを閉める。


しかしドアが閉まる音の代わりに、バンッと荒々しくドアを開ける音が聞こえて。


ドアが完全に閉まる前にヒバリさんが廊下へ滑り込んだと考えれば、大して二人の距離がないのは明らかで。


恐ろしすぎて、後ろは振り向けない。



「調度ウォーミングアップで、体が暖まってきたところなんだ。いい時に来てくれたよ」


「嬉しくなあああいっ!!!」



覗けてラッキーとか思った、数分前の自分を殴りたい!!


お陰で向こうは、コンディションばっちりだよ!!


ノックしよう!次はノックしてから入室しよう!


と胸に誓いながら、見えてきた女子トイレに迷わず駆け込んだ。



バンッ



「きゃあっ!?」


「あっ、ごめんね。ビックリさせて!」


「もう!危ないじゃない!」


「すいません!」



他の女生徒もいるし、いくらヒバリさんでも、この中にまで入って来ないだろう。


だとしたら待ち伏せか?



「よし、逃げよう」



極力音を立てないように女子トイレの奥に行き、横開きの換気口の小窓を開ける。


トイレにいたのは廊下に出ようとしていたさっきの一人だけだったようで、今ここにいるのはボクだけだ。


大丈夫。誰も見てないから、変人扱いもされない。


一応外を確認すると、下は裏庭で、人影はない。


あとはこの二階から、どう降りるかが問題だ。


サッシに手をついて考えていると、真下の階の小窓が開けっぱなしになっているのが見えた。


ここと同じ窓から察するに、恐らくトイレだ。


この距離なら届くんじゃないのかと希望を持って、脳内イメージを浮かべる。


まずこの目の前の小窓を乗り越えて、手でしっかり体を支える。


足を一階の小窓の下部につけられれば、あとは地上まで飛べるんじゃないのか。


最悪このまま飛んでも、この高さなら、打ち所が悪くない限り死にはしないだろう。


パラレルワールドで、何度も死を経験したからこそ分かる勘も告げている。



この程度じゃ、人間って死ねない。



たとえそれが悪魔の導きでも、後ろにいる魔王に捕まって確実に昇天するよりは、生き残る可能性は高い!


意を決して小窓を乗り越え、脳内イメージ通りに地上へ降り立つ。



ダンッ


「い゙―――っ!!でも生きて、る……!」



足がジンと痛んだが、そんなことより早くこの場を離れなければ。



「よっし、このままヒバリさんを撒いて対策を………」


「ワォ、まさか本当に窓から降りてくるなんてね」


「!?」



後ろは見ない。


背水の陣ってこういうことなのか。


魔王は変わらず、ボクの背後にいるようだった。



「あそこから脱出するには、窓を伝ってここに降りてくるしかないからね。外で張っていて正解だったよ」



後ろは崖。あえて退路を絶って目の前の敵に挑むことから、この諺は作られた。


後ろに進めないなら、道は一つだ。


たとえ目の前が二階の小窓でもくぐり抜けなければならないし。


たとえ目の前が塀と植木で遮られていたって、



「ヒバリさん足速過ぎるでしょ!?」



真横の小窓をくぐり抜けるしか道がないなら、頭から一階トイレにダイブしますとも。


なんとか頭からではなく足から着地できたが、早く校舎を出なければ。


いやでも今昇降口に向かったら、ヒバリさんと八合わせしそうだし。



「えっと、四時限は体育でグラウンドだから………」



ここはやっぱり、ツナ達に頼るしか。


自分一人じゃ間違いなく、殺される。


わざわざ時間も行動範囲も限定されない、昼休みや放課後を避けたのだ。


教室から更衣室、更衣室から昇降口にグラウンド。


その道中に必ず彼等はいるはずだから、そっちに向かわなければ。


と思って廊下に出たら、隣の男子トイレからヒバリさんが出てきて、今日何度目かの悲鳴をあげた。




 
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