飴乃寂


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£それも、もう一つの世界£




家が寺や神社だって言えば、初対面の人は「すごーい!」って言ってくれるけど、それで何か得したことあるかって聞かれたら、特にない。


ボクは霊感がないから霊も見たことないし、お祓いだってもっての他だ。


供養してくださいって曰く付きの人形やお面を引き取ることは稀にあるが、それは神主であるじいちゃんの仕事。


ボクが普段やることと言ったら、それらしく赤い袴を履いて、境内を掃除するくらいだ。


忙しいのは夏祭りとお正月のみって言っても過言じゃないくらい、小さな寺。


それが母方の実家で、今のボクの家。



「くしゅんっ……さむっ!」



今は初秋。肌寒い秋晴れ。

袴の上に雰囲気ぶち壊しの学校指定ジャージを羽織り、竹箒で落ち葉集めに精を出す。


さっさと掃除を終わらせて、エアコン付の自室に戻りたい。


お寺の奥は生活スペースになってるのだが、神主のじいちゃんを差し置いて、ボクの部屋は最も奥で最も広い部屋である。


一番端の部屋なので、正面から入らずとも、境内を突っ切って直行できる。


夜こっそり部屋を抜け出して、またこっそり部屋に戻ることも可能だということだ。



(………結構遊んでたらしいんだけどなぁ……)



竹箒の上で手を組み、顎をのせる。


この鳥居の前からでも、寺の本堂からはみ出た自室はすぐ見えた。


よく抜け出しては親に怒られ、それでも懲りずに夜遊び(肝試し)してたらしいが、ボクにその記憶はない。


いわゆる記憶喪失だ。ボクはここに、静養の意味で住んでいる。


この寺は母方の実家だから、少し前までは学校が夏休みや冬休みの間に、何日か泊まりに来るだけだったらしい。


その時に「二人用」だから、とあてられたのがあの広い部屋。今あそこに住むのは、ボク一人だ。



「何か思い出したか?」


「うん?んー……いや、まだ」



草履を擦る音がしたかと思えば、しわがれた声が近くで聞こえた。


顔を見なくとも分かる。じいちゃんだ。



「そうか」


「ごめんね」


「あに、謝ることではない」



風になびく足元の葉を見ながら、じいちゃんの声に耳をすます。


じいちゃんはのんびりした口調で、先は長い、と言った。



「焦らずじっくり思い出せばいい。だが思い出してお前が怖い思いをするくらいなら、そのまま忘れてしまいなさい」


「……うん」



記憶がなくなったのは、事故のせいだと聞いている。


ボクは軽傷で済み、ケガもキレイに治ったが、仲の良かったらしい兄はその時に他界。


結果的にそれがトラウマになり、ボクは事故に巻き込まれる前のことをすっかり忘れてしまったのだ。


生活に必要な知識はあったけど、今まで学校で何をしていたのか、両親とどんな話をしたのかも、分からない。


その両親は今も小さな店を経営してるから、家にいないことの方が多い。


流石にこんな娘を家に一人にするのは、不安だったんだろう。


二人の勧めもあって、ボクは住んでいた街から遠いこの地にやってきた。


家にはいつもじいちゃんがいるし、家族との思い出もあるし、自然も多い。


この場所にいれば、何か思い出せることがあるかもしれないと。



「でも思い出したい。お医者さんは、記憶が戻らなくても幸せに暮らしてる人は沢山いるって言ってたけど」



ボクの記憶喪失ってのはつまり、脳が生きる為には忘れた方がいいって判断して、記憶を消したのだ。


ならわざわざトラウマを呼び起こして抱え込まなくとも、またイチから人生をスタートさせていいだろうって。


それじゃああまりにも、忘れられた兄が可哀想だ。



「一緒に生まれてきたんだもん。ちゃんと思い出して、墓場まで一緒にいくよ」



学校の友達だという人達の反応を見ても、ボクと兄はとても仲が良かったのだろう。


あんなに仲が良かったから心配だ。無理してないか。バカなことは考えるなよ。


記憶喪失?なら思い出してから寂しくなるより、忘れちゃって楽しく暮らした方が、お兄ちゃんだって浮かばれるよ!


兄の葬儀で、こんなことを言われるくらいだ。最後のは、特例だろうが。



「ほほ、一生の告白のようじゃな」


「お兄ちゃん相手にか」



どんだけブラコンだよ、ボク。


記憶がなくともブラコンだけは健在ってことか?



「近親相姦は感心せんぞ?美男美女どころか、最近は男同士のものばかり……」


「!!?!?!?」



バキッ



「これ、竹箒を折るでない。小遣いからひくぞ」



ストップ、今のは何語だったのかな。


この神聖な境内で、イケナイお話が出てきたような気が。


だって脳が、脳が理解することを拒絶してるのが分かるんですけど、


なんておっしゃったのお祖父様。


なにおかしなことをおっしゃってるのかしら、神主様ったら。ほほ。


反応は時間差でやってきた。



「ぎゃあ゙――――っ!!!?!?部屋に勝手に入るなって言ったじゃん!!!」


「戸を半開きにして、漫画を机の上に放置してるからじゃろ」


「そういや今朝遅刻しそうだったから急いで………じゃない!!!」



急に爆弾投下すんなよ!!!


驚いて竹箒折っちゃったってか、こんな簡単に折れるもんだったのかこれ!!?


真ん中からぱっくりいってるよ!!



「人生終わった……」



あんまりな豪速球が斜め上から、しかも身内に投げられた件について。


いたたまれなくなって両手で顔を覆うと、二つになった箒が足元に転がる音がした。


思春期な息子がお母さんにエロ本見つかった時って、こんな気持ちだったのか。


よりによってじいちゃんに。人畜無害で評判のじいちゃんに。



「周りの若者には知られるなよ。あやつらの中にある、清らかな巫女さんのイメージを崩さないでやってくれ」



受け入れられてるのが逆につらい!!!



「わたくしのような煩悩の塊が、巫女服着ててすみません……っ!!」



今神様がいたら、絶対に土下座する。


巫女だって神主だって、しょせん仕事の顔だ。


仕事が終われば巫女も神主も肉を食って酒を飲むし、週末に同志達と某イベント会場で鼻血を出しているのだ。


同じ人間なのだ。中身は穢れきっている。


お前ほどじゃない。ってコメントは聞こえない。



「大体巫女に夢見すぎんだよ、巫女になる条件は処女って、なんの儀式だよ。いつの時代の話だよ」



忙しい時期になれば主婦でもなんでも、とにかく人を集めて客をさばければいいのだ。


巫女だって恋して一時の気の迷いでホテルに雪崩れ込んだりしゲッフン!!



「寺に女人禁制って設定は萌えるけど……」


「お前も一緒に、朝の座禅組むか?」


「ゲッ、口から出てた!?」



朝の四時起きは無理です!!


だって深夜アニメをリアタイで観るから。


アニメは口に出さず、起きれませんからと座禅は丁重に断って、竹箒を理由に倉庫へ逃げる。


倉庫の引き戸を明けると中は薄暗いが、竹箒があるのは入口の傍だから、明かりはいらない。


中に入ってすぐ左手にあった大きな傘立てのようなカゴから、逆さまに入れられた新しい竹箒を引き抜く。


折ってしまった竹箒はあとで捨てに行くとして、倉庫を出て脇の壁に立てかけた。



さて、掃除再開だ。


早く終わらせて、何かあったかいものが飲みたい。



「ごめんください」


「はい?」



鳥居付近で落ち葉を集めていると声がして、いったん手を止める。男の声だ。


声がした方を振り向き様に、また同じ声がした。



「このお面、引き取ってもらえませんか?」


「…………え?」



振り返って見えたのは、一面の藍色。着物だ。


視線を上にあげると、夕焼けの逆光で顔が影になった男の人がいた。


背が大きい。けど、異変にはすぐ気づいた。


男の素顔は見えない。引き取ってくださいと言うのに、その手には何もない。


じゃあやっぱり、お面って。


じり、と後退り、竹箒を握った手に力を入れる。



「お面、引き取ってもらえませんか」



くぐもった男の声が淡々と繰り返し、またもう一歩後退る。


男の顔には角があり、口は頬まで裂けていた。八重歯ものぞき、耳も鋭く尖っている。


鬼、だと思う。般若にしては、真っ黒だ。


黒い鬼のお面をした男も一歩、近づいてきた。

さっきより早口で、なんか荒い息も聞こえる。



「取れないんです。替わりを見つけないと、取れないんです」



「いやいやいやいや………」



待て待て待て待て。


一体何が起こってる?一体何が起こっている!!?


パニックになりそうな頭を制してじいちゃんを呼ぶ為に大声を上げたいが、いかんせん、呟くのが精一杯で声が出ない。


じいちゃんが気づいてくれればいいけど、寺の中に戻っていたら外は見えない。


最近寒くて窓も閉めきってるのだ。絶望的だ………ってちょっと考えたくない、この先を考えるのは止めよう。


でも後ろ向いた瞬間にこいつ襲ってきそうだし、これは霊感うんぬんがなくたって分かる。



「替われよ!!!!」


(絶対やばい!!!)



相手の大声に竹箒を捨て、反射的に走り出す。


草履は走りにくいから、脱げたのに任せて前だけを見た。


本堂の中に入れば軽い迷路みたいなものだし、じいちゃんもいる。


やばい霊とかとり憑いてるなら、じいちゃんがなんとかしてくれるだろう。


いやその前に警察!!電話があるところに行けばいいのか!?



「やばいやばいやばい何やっていいか分かんなくなってき……うわっ!!」



ぐんっと腕を強い力で引っ張られて、 体が一気に前へ倒れこむ。


首を後ろに向けると、夕焼けをバックに不気味なお面がこちらを睨んでいた。


その口は動いてないのに獣みたいな男の声がするし、背中から倒れて息がつまる。


ズンッと一気に息苦しくなったかと思うと、お面の男が馬乗りになって手を伸ばしてきた。


片手で顔を掴まれる。



もうダメだ、と思った。





 
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