飴乃寂


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普通に生活していた気がするのだが、ある時を境にずっと眠っていたように思う。


目が覚めた時、よく寝たなという感覚に襲われたから。



「おっ、起きた……か?」



そこに人の顔を覗き込む見知らぬイケメンがいれば、そりゃあ夢だと思うだろう?



「寝てる」


「いやいやいや!!起きてんだろお前!?」


「夢をみてるなら、今ボク自身は寝てるってことだ」


「目ぇ覚ませ現実だ!!」



よくツッコむイケメンだな。


銀髪に碧眼だから日本人には見えないが、日本語は流暢だ。


お腹に力を入れて起き上がると、身を屈めていたイケメンも背筋を伸ばして一歩離れた。


鼻だけでなく、背も高いようだ。


そんなことを思いつつ辺りを見回せば、一面の白。


でも家具も何もないし、真っ白なのに壁がなくて、広くどこまでも続いているのが分かる不思議な空間だ。


そこに銀髪で長身の男が、灰色の着物というか中国人が着てそうな服を着ていて。


ボクはボクで、真っ白なシーツのベッドに座り、真っ白なワンピースを着ている。


辺りが更地なので、この場所だけ浮かび上がっているような錯覚すらあった。



(……………夢だな)



イケメンと二人きりとか、どんな夢だ。


ご馳走様です!



「おい、お前」


「うん?」


「どこまで覚えてるんだ?」


「は?」



ベッドの脇に立つイケメンを見上げると、イケメンはほらほらと両手を広げてジェスチャーする。



「目覚める前のことだ!何があったか覚えてねぇか?」


「目覚める前のこと?」



これは夢の中だから、寝る前にしていたこと、と解釈していいのだろうか。


顎に手を当てて記憶を遡ろうとして、すぐに気がついた。



「…………あれっ?」


「ん?」



寝る前、ボクは何をしていただろうか。


いくら考えても思い出せない。


おかしいなと焦り始めた時、脳内で写真をバラまかれたイメージが浮かんだ。



「い、いや覚えてる!学校に行って美術部に入って、水泳部で弓ひいた!」


「は?」


「なに言ってんだボクは!?」



ノリツッコミして頭抱えてる場合じゃないだろ!?


ぽかんと口を開けているイケメンを手で制止、片手で頭を押さえる。



「えっと……広くて新しい学校だった。あれ?でも図書室はやけにボロかった気が………」



記憶の断片を繋げようとするほど、繋がらずに途切れている。


学校の放課後には美術部として絵を描いてた気がするし、陸上部や弓道部にいた記憶もある。


水泳部ではそれなりに頑張ってたが、わけあって辞めたのを友達に止められた覚えも……?


いやなんか、もっと大事なことがあちこちで起こってたような気もするし。



「あれっ!!?」


「わ、分かった待て!混乱してんのは分かったから、まず考えるのを止めろ!」



肩を掴まれて軽く揺さぶられ、集中力は途切れた。


目の前のイケメンを見れば、イケメンもどこか困惑してる様子だった。



「よ、よし。お前の名前は?」


「…………」


「………おい、何故ここで黙る?おい、答えてくれよ頼むから!」


「あの、ですね、先生……」


「な、なんだ」



やけに切実な声をあげるイケメンに、恐る恐る挙手。


自分の記憶に自分で信じられないでいるが、どう考えても思い違いではない気がする。



「渾名ではないと思うんだが、名字が思い出せない……」


「よし。じゃあ、名前だけ答えろ」


「リンです。臨むって書く」


「歳は?」


「まちまちです。大学生だったり社会人だったり……でも中学生をやってることが多かった気がします」


「趣味は?」


「美を愛でること」


「…………」


「いいから次いけよ」


「あ、はい」



嘘は言ってない。


早々にカミングアウトすると、バラやユリだっていける口だ。



「家族構成は?」


「両親はいたけど学校の寮とかに、一人暮らしだった気がする」



そこまで言うと、イケメンは肩から手を離して腕を組んだ。


歯を食いしばって天を仰いだり、俯いたり。


かと思えば頭を抱えてしゃがみこみ、わしゃわしゃと頭をかきむしる。



「ね、ねぇ………大丈夫なん、」


「よし分かった!!」


「うわっ!?」



ベッドから手を伸ばしかけたら、イケメンは急に立ち上がって、ボクに人指し指をつきつけた。


ぶつからないようにのけ反ると、イケメンは言う。



「お前、これは夢だと言ったな?」


「う、うん」


「夢だったらなに言われても信じるな!?」


「たっ、多少のことは!」



だって夢だし!?


手を引っ込めて腰に手をあてたイケメンは、高くなっていた声のトーンを少し落とした。


なにかを決意したらしい。



「この世は決して交わることのない、いくつもの平行世界が存在している」


「……あぁ、ぱ、パラレルワールドとかいうやつ?」


「そうだ」



SFなんかじゃお約束みたいな話だな。



「本来ならあり得ないが、俺はある人間を一人、その平行世界から別の世界へ引っ張り込んだ。トリップさせたんだ」


「うん」


「だがその人間はトリップした途端に俺の前から消え失せ、ゴムボールが跳ねるようにトリップを繰り返した」


「うん」


「それをやっと捕まえて寝かせ、起きるのを待つこと二十六時間」


「…うん」


「目覚めた人間はトリップの後遺症なのか、トリップしてる間の記憶や元の世界の記憶がごちゃ混ぜになっていて、パニック状態らしい!」


「………うん」



おもむろにボクは、拳を握った。



「元いた世界の記憶はないと困る!どうにかしてさっさと思い出せ!」


「お前が原因なのに逆ギレかっ!!」


「ぶっ!」


「イケメンだからって顔は狙われないと思ったら、大間違いだからね!?」


「まっ、待て!まだ話は終わってない!!」



ベッドから下りてイケメンを指差すと、床に伏せたイケメンは手をあげて後退りした。



「記憶喪失は想定外だ!治るまで俺がついててやる!話はそれからだ!」


「はぁ?そもそもお前は誰だ」



ずっとイケメンって呼んでたけど、名前も知らないし。



「神だ」


「信じられるか」


「さっき信じるって言ったじゃん!!」


「これが夢だったらな!」


「夢だよ!きっと夢だよ!夢であってほしい!」


「こんな情けない神様いてたまるか!!」



神様が現実逃避していいのか!


床に四つん這いでうなだれてていいのか!?



「シャキッとしろこら!」


「痛い!蹴るな!」


「そもそもなんでボクをトリップさせたんだ!?」


「いたたっ、だから記憶がないなら言っても意味ね……いだっ!」



ベッドから下りたら裸足だったのでそのまま自称イケメン、じゃなかった。


イケメンなのは事実だ。


自称神様の背中を足蹴にしていたが、はしっと足首を掴まれた。


背をねじった体勢から地べたに胡座をかき、正面を向く。


その前で足首を掴まれたまま、腕組みしてるボク。



「おいお前、本当に家族構成は両親だけか?」


「遠い実家に住んでるじいちゃんのことを言ってるの?」


「違う!一緒に住んでたやつで!」


「同居人?」



はて。また頭を捻ってみるも、浮かんでくるのは中年の男女だけだ。


学校の寮で同室だった生徒はいたか?いや、そんな覚えはない。


掴まれている足に力を入れると、相手の手をすり抜けて踵が自称神様の額にヒットした。



「知らない」


「ぐあっ、一々蹴るな!!」


「なんか蹴りたい顔をしてるから」


「理不尽!!てめぇ末代まで祟るぞ!!」


「祟りが怖くてD〇神主集団ホ〇レ〇〇イン神殿ができるかぁ!!」


「紙面の話だろそれ!!紙面でもごめんだがな!!」



放送禁止用語にもめげない神様は、ボクの足が届かないところまで逃げると、本題に戻す!と叫んだ。


やつは目測二十メートル先から、またボクを指さしている。



「話を聞く限り、お前は学生だった!そこはトリップをけしかけた俺も保証する!」


「こっちに来い。踏み潰してやる」


「誰が行くか!この女王様!!」



自称神様から女王様と呼ばれたら、一体どこの国の女王様になるのだろうか。



「考えろ!パラレルワールドにも違いはあるし、最初のトリップでお前が元いた世界は潰れたんだ!あんなに衝撃があったのは初めてだし、それなりの理由があるはずだ!」


「おいちょっと待て。今なんて言った?」



聞き捨てならない話が出たような。



「ぶっちゃけ体質変異が起きててもおかしくない!トリップが続いた事と記憶障害は盲点だったが、他に何か不具合があったら言ってみろ!」


「人の体をなんだと思ってんだこらぁ!!」


「暴力反対!!」



傍にあった枕を自称神様に投げつけると、クリーンヒットして辺りに羽毛が散らばるのが見えた。


枕は破裂してしまったらしい。



「元いた世界は潰れたって言ったか?じゃあ帰れないってことか?夢にしちゃタチ悪いぞおい」



体質変異と聞き、自問自答身しながら体中をパタパタ触ってみるが、特にない気が………



「あ……」



左目の周りを触った時に、違和感があった。


ぐるりと指でなぞってみても肌は平らで、凹凸にひっかからない。



「キズがない!」



さっき出た、水泳部を退部した話。


そういえばそれは、顔のキズが原因だった。


キズの経緯は分からないが、左目の周りに凹凸に残ったキズが見られるのが嫌で、髪をまとめてキャップを被る水泳部は辞めた。


失明は免れたが、前髪を伸ばして眼鏡で押さえていたので、自分はかなりキズを人に見られるのを嫌ったようだ。



「…………あれ?でも………」



他の学校で、キズを隠してた事なんてあったか?


軽く記憶をさらってみても、キズを負った理由どころか、キズ自体なかった気がする。


じゃあこれは、元いた世界の記憶ということだろうか?


そのキズが今ないとなると、やはり初トリップ時にボクの体は、何らかの影響を受けているらしい。



「ねぇ、イケメン」


「………俺のことか?」


「キズがないよ。あんなに嫌になるくらい残ってたのに、どの世界でも、今みたいになかった」



羽毛にまみれながらほふく前進で近づいてきた自称神様を見下ろすと、碧色の目が意外そうにぱちくり瞬きした。


次いで、にやりと笑う。



「嬉しそうだな、口元にやけてんぞ」



かっと、頬が熱くなるのが分かった。



「うっ!うっさい!」


「ぎゃっ!!なんで踏む!?」


「なっ、なんとなく?」


「お前のその足癖、どうにかなんねぇのかよ!?」


「ならんね!」



自称神様から視線を逸らし、無意味に肩にながれる毛先をつまむ。


元々黒髪だったのに、染めることなく明るい茶髪のような暗い金髪のような、中途半端な色になってしまったのは、塩素のダメージを受けたからだ。


水泳も辞めたし、どうせならとガッツリ金色にしたりメッシュにしたり、外見は派手だった方な気がする。


そうだピアスホールは、と耳たぶを触ってみるが、くぼみは跡形もなかった。


なんだ。スルスル思い出せてるぞ?



「その様子だと、記憶が戻るのも時間の問題らしいな」



ボクの仕草で察したのか心を読んだのか、自称神様は立ち上がって、体中の羽毛を叩き落とした。



「明らかに一つだけ、違う世界があるだろ。短期間パラレルワールドに留まってたのと違って、ガキの頃から過ごしてたお前の世界だ」


「う、うん………」



急に真面目に語り出したな。


どこか雰囲気が変わった自称神様が、おもむろに手を伸ばした。


頭にその手の重みを感じて視線を上げると、碧い双眸が真っ直ぐこちらを見下ろしている。



「なのに壊しちまって、悪かったな!」



満面の笑みだと!?


美形が憎い!!



「これからお前が暮らせるだけの援助はしてやるから、許せって、」


「歯ぁ食いしばれてめえぇ―――っ!!!!」


「ぐっはあぁっ!?」



ボクは悟った。


自称神は神でも、こいつは邪神だ。






£0:合言葉は、これは夢だ£ 

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