カラスの五重唱


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――――ス、と細くて白い手が、おもむろに膝を撫でた。

撫でたのは、きっと無意識だ。



「……痛むんか?」



聞くと、返ってきたのはいつもより控えめな笑み。



「なんてことないですよ」



ほら、無意識だったから。

撫でてるのを指摘されて、少し、困ったんやろ?


そのまま膝から外された手は、目の前のテーブルに置かれた。

俺は椅子から立ち上がって、ちょっと微苦笑。



「触っても、エェか?」



どうぞ、と返されて、クイーンが座る椅子の横で膝をついた。

スカートの上からそっと指先で撫でると、見た目じゃ分からずとも、やっぱり触れば分かるな、と思った。

包帯で隠された境目に掌を乗せ、痛みが無くなるように念じながらあたためる。

と、クイーンは笑った。



「貴方が痛そうな顔をしてどうするんです?」


「……俺のせいや」


「………」



脈絡ない返しだったが、俺達の間では、それで十分に伝わった。



「貴方のせいじゃありません」



―――なんて、クイーンは言わなかった。



「どうしてそう思うんです?」



そんなの、理由は簡単だ。

だって、今でも夢に出てくるから。



「……俺の目の前にいたのに」



助けてやれなかったから。

目の前で倒れていく様を、呆然と見ていることしか、出来なかった。



「彼の奇行は、今に始まったことじゃないじゃないですか」



目を閉じて、何ともないように言うクイーン。

実際、何とも思ってないんだろうけど。



「貴方ももう随分と、彼に殺されかける度に集中治療室に運ばれたこと、忘れたんですか?」


「、」



おもむろに、クイーンは自分の膝にあった俺の手を取った。

伏せられた目からは、心情は読み取れない。



「……あの頃はまだ、私の手より小さかったのに…」


「…!」



数拍置いて、相手が昔の俺を嘆いていることに気づいて、驚いた。いや、同情か。

歳が一つ下の俺は、身長も手もクイーンより小さかった。

だけど中学に入った今じゃ、身長も手も、ついでに足も、クイーンよりずっとデカい。



「………昔は、昔や」



じっと見下ろすクイーンから目を逸らして、自分の台詞にハタ、と動きを止めた。



「えぇ。昔は、昔です」



すかさず、クイーンの声。

顔を上げると、いつもの笑みがあった。



「だから気にすることなんか、ありませんよ」


「…、…っ」



ね?と深まった笑みを正面から受けとめきれなくなって、ぎゅっと、包まれたままだった手を握りながら俯いた。



「こ、今度はちゃんと……守ったる」



顔が火照ってくるのを紛らわす為だったけど、俺の本音だ。

片手にある相手の生暖かい両手に、自分の体温が移って熱を帯始める。



「キングからも、他の野郎も、不用意に近づけん」



そう言うと、クイーンは何故かおかしそうに笑った。



「じゃあ、彼のことはもう気にしなくて良いんですから、呼んでみましょうか」


「?」



また顔を上げて首を傾げると、クイーンは両手を握られたまま言った。



「私の名前で、呼んで下さい」


「えぇっ!?」



大袈裟なくらい驚いたのは、俺は一度も、いいや俺どころか、コトバとミミも。

クイーンと同い年だった明徒以外、クイーンを名前で呼んだことがなかったからだ。

理由は単純。上の二人同様、年上組のキングのせいだ。

あのキチガイが、クイーンの名を呼ぶのを許さなかった。

クイーンをクイーンと呼び始めたのも、キングが言い出した。

だからクイーンの名前を呼べたのは多分、親であった先代のボスくらいじゃないのか。

昔から独占欲が強いのなんの。ハタから見れば丸分かり。



「呼んでないからって、忘れてませんよね?」



でも呼べないのは、昔のトラウマじゃなくて。

冗談まじりの笑みを浮かべる、クイーンのせいじゃなくて。



「……………きっ………」



ぎゅっと、また握っていた手に力を込める。



「……きっ……きさっ…」



あと少し。あと一歩。



「……さっ…!」



あぁ、でも。



「……さ…さぁっ………っっ!」


「、尾長君?」


「…………おっ……」


「お?」



やっぱり、



「おっ……俺には無理やあああああぁぁっ!!!」



いたたまれなくなって、俺は脱兎の如くリビングを飛び出した。






「…………」



勢いよく開けられたドアが、キィキィと音を立てて揺れている。

リビングに残された妃はシキのスピードに驚いて、開けっぱなしにされたドアを暫く見つめていた。

が、やがておかしそうに、クスッと口元に軽く握った手を当てる。



「……あらあら…」




 
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