カラスの五重唱


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リビングを飛び出して、そのまま自室のベッドへダイブする。

毛布をかぶり、早鐘をうつ心臓と火照った顔を落ち着かせるために深呼吸。スーハー。スーハー。

ここに来る途中、明徒がこっちを見て煩そうに眉間にシワを寄せていた。

じゃあ何事かとこっちに来るかな。来るな、あいつのことだから。

いいやむしろ来てくださいお願いします。



「……五分経過……」



俺の思いを知ってか知らずか、明徒は来ない。

食器洗ってたもんなアイツ。来るのに時間かかるよな。食器洗い終わったら来るよな。来てくれるよな。

無視なんてしないよなアイツ。だって俺ら仲間だし?親友だし?幼馴染みだし?



「…………十分……」



しかし、いくら待ってもドアが開く音がしなければ、こっちに向かってくる足音もしない。

いいや、暗殺専門のアイツが足音を立てるのかって聞かれりゃ、そら答えはノーだけど。

気配だ気配。流石に家でまで気配経って歩き回ってたら疲れるぞ。

まぁアイツはもう、無意識にってところがあるんだろうけど。



「……………………二十分………」



まだ来ない……だ、と?





* * *





バタバタバタバタッ


バンッ



「なんで来ないねん明徒!!」


「いちいちお前に構ってられるか」



キッチンに突っ込んで怒鳴ると、ブレイクタイム中らしい明徒が、シンクに寄りかかりながらコーヒーを飲んでいた。



「俺ら幼馴染みとちゃうんか!?仲間とちゃうんか!!?」



この薄情者!!と言えば、喚くな、と冷たい一言。

鉄の男だコイツ。ホンマモンだ。マジモンだ。

流れてるのは赤い血じゃなくて、クイーンにオイルと入れ替えられたんだろこの石頭。



「ほら」


「お、」



ぶっきらぼうに渡されたグラスの中身を飲むと、炭酸が口の中ではじけた。コーラだ。俺の好物。



「一応聞いてやる。クイーンに何されたんだ」


「、」



相手がクイーンなのは決定事項なのな。否定はできんけど。

グラスを両手で持ち直して、じっと残りのコーラを見つめる。



「…………な、名前……」


「名前?」


「……名前で呼べって、言われて…そんで…」


「……」



言ってる間も落ち着かなくて、無意味に指先を絡めてみたり、はじける炭酸の数を数えてみたり。

明徒は黙りっぱなしだが、俺が言うのを最後まで待っててくれてるようだ。

お陰でだんだんだんだん、また顔に熱が集まってくるのが分かる。



「……ほ、ほほほら俺ら、早いうちから、く、クイーンて呼んでるやろ?せやから今更名前で呼ぶとか、きっ、きき緊張してまっ……て、な!?」


「……………」



改めて思い返してみれば、大人達はともかく、俺達はずっとクイーンと呼んでいた。

自分の最も古いあやふやな記憶の頃からもう、既に。

どうしてその名前なのか、理由は覚えているのだが、いつの頃に言われたのかは忘れてしまった。

始まりはともかく、仲間の本名を忘れるなんて言語道断。しかし、口に出したことが無かったし。

むしろそれで呼ぶのは今更っていうか、恐れ多いというか、色んな意味で死にそうっていうか。



「あああああ……逃げ出すとかとんだ腑抜けやないかぁ……しかも全力で…」



もう呼べないんで、いっそ殺してくださいっていうか。

床にしゃがんで腕に顔を埋めると、心臓がアホみたいにバクバクしていて、更にいたたまれなくなる。


どんだけヘタレなんや、俺。



「………どんだけ最強なん、あの人…」



勝つつもりも負かすつもりも更々ないが、勝てる気がしない。



「なぁ明徒、」



今まで聞いてくれていた仲間の意見を仰ごうと、顔をあげる。



「俺はどないしたらエェのや……ろ…」



そのまま右の斜め上を見れば、あの仏頂面が眉間にシワを寄せているんだと思ったが、いない。

反対側の左を見ても、いない。

というかよく見れば、キッチンそのものにいない。



「めえぇとおぉぉっ!!」



すぐ立ち上がって慌ただしくキッチンを出ると、今度はキッチンから見えるベランダで、洗濯物を取り込んでいる明徒が見えた。

俺を見るなり、隠す素振りもなく面倒臭そうな溜息を吐く。



「こらちゃんと話聞いてくれるんとちゃうんかワレェェ!!?」


「バカバカしくて最後まで聞いてられん。好きなだけ悩んで自分で決めろ」


「自分から話聞いてやろうみたいな雰囲気出しといて、結局それかい!!自分ホンマにその体にオイル流れとんのとちゃうか!?」


「生憎だが俺は、誰かの呼び名で悩んだことはないからな」



通常運転の偉そうな口調。一見、返しは至極全うのような気もするが、忘れちゃならない。

コイツは乾いてる物とそうじゃない物を分けながら部屋干ししているように見えるが、



「とてもじゃないが、お前の力になれそうにない。ハッ」



あっきらかに俺をバカにしてる。

今、鼻で笑ったわコイツ。



「おう表に出ェ!!ケリつけたるわ!!」


「自分の洗濯物を片付けてからにしろ。捨てるぞ」


「ハッ、服なんていくらでも買い直せ………あっ!?」


「捨てて良いんだな?」


「ちょっ、ちょちょ、ちょい待ちィ!!」



ちくしょう、このオカンめ。

そこに干してあるジーンズが、俺一番のお気に入りであるウン万円のものだと知っての台詞か。



「………卑怯なり、穴屋明徒……」


「家事は分担という決まりがあるのに、お前はサボってばかりだろう。卑怯なのはどっちだ、尾長シキ」



そらもちろん、悩める仲間に冷たい愛情しかくれんお前やろ?






名前を呼ぶのも一苦労

こんな彼らの不協和音な物語
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