ハイキュー!!

□今日も僕は誰かに笑う
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ひっきりなしに俺を呼ぶ声。無視してしまえばいいんだろうけど、そうしないのは何故なのか。


昼休みの始まりのチャイムと共に押し寄せる女の子達と手作りのお菓子。

俺に話しかけるために、一瞬でも俺に自分を見てもらうために。”みんな”の及川徹に会うためにこの子たちはたくさんの時間と労力をかけている。そんな彼女達の気持ちを傷つけないよう、笑顔で躱す。気持ちには応えられないから、せめて。岩ちゃんなんかに言わせれば、それが女たらしだと言うんだけど。



「でもさ、毎日よくやるよね、あの子たち。」

人のいない旧図書館の片隅で彼女は笑う。

青葉城西高校には2つの図書館がある。今この時間も受験生や読書好きな生徒で賑わっているだろう新しい図書館と、たぶんもう俺と彼女しか利用していないだろう旧図書館。蔵書は全て新しい方に移されてしまった空っぽの本棚とあまり人が入らないせいで少し埃臭いこの空間。ここで昼休みを過ごすようになったのはいつからだろう。

「わ、このカップケーキおいしい。及川も食べなよ。」
「それ俺が貰ったものだよね?」と言いつつ一口かじってみる。甘過ぎないチョコ味はおいしいけれどこの空気には合わない。

「誰からだろう?わたしもっと食べたい。」
どんな子だった?と訊かれ記憶を遡る。
「うーん、たぶんポニーテールの子。ピンクの花柄のシュシュつけてた。」
彼女はしばらく考えてから顔を上げた。
「愛ちゃんかなぁ?意外、そうゆうことしなさそうなのに。」
「ふぅん。」
彼女が”愛ちゃん”と呼んだ人物についてもう少しよく思い出してみる。確かに周りの子に比べたら少し地味な感じだったかもしれない。
「教室戻ったら訊いてみよう、及川のこと。」
「同じクラスなの?」
マイペースというか、空気の読めないところが彼女らしい。そんな彼女に教室のあの何とも言えない空気は合わないのだろう。友達がいないわけじゃないけど、あそこに常にいたいとは思えないと随分前に言っていた。

もぐもぐと俺が貰ったお菓子を頬張る姿はきちんと女子高生なのに、どこか不思議な空気を漂わせている。
いつだったか、突然の出会いを果たしたこの場所、独特の空気の中にいられるのもあと少しだ。春にはもうここにはいられない。それまでは、彼女と2人で静かな時間を。

「あ、予鈴鳴ってる。」
「教室戻らないと。」
「また明日ね、及川」
「、またね。」

彼女は俺の名前を知っているのに、俺は彼女の名前も知らない。俺が特別名乗る必要は無いし、彼女に訊くタイミングもなかった。いつだってこの空間は全て彼女が操っている。

立ち上がった彼女を見つめて思うことはいつもひとつだ。

もう少し、この時間が続けばいいのに。

名前も知らない、でも毎日一緒の時間を過ごす。我ながら厄介なものに落ちてしまったと気づいた時にはもう遅かったのだ。


ひっきりなしに俺を呼ぶ声。無視してしまえばいいんだろうけど、そうしないのは何故なのか。



今日も僕は誰かに笑う
(その中に君はいないけど)
(たったひとつの夢)

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