短編〜中編

□再愛
2ページ/7ページ

志士の中で唯一信頼を置ける りのとの関係が覆ったのは、巴を小萩屋に連れ帰ってからだった。

巴は、不思議な女性だった。
帰るどころかそのまま小萩屋に居付き、生活し始めた彼女を、いつしか特別に思い始めるのと同時に、 藤咲とは疎遠になっていった。

同じ小萩屋にいるにも関わらず会う事も余り無くなり、時折志士同士の噂に聞くだけになり。

噂自体も己の耳を疑う様なモノばかりで、どれが真相か解らなかった。
人を斬る時に笑っていたとか、隣にいた同志を顔色一つ変えず突然刺し殺したとか、桂さんと念友だとか、他の志士とも関係があるとか、実は佐幕派の密偵だとか…。

そんな中、共に仕事をする事になった時、久しぶりに会う 藤咲に疎遠になる直前と同じ様に声を掛けたが、出会った時と同じ、冷たい瞳と、硬い声音をした彼女に思い出した噂と、一体何があったのか…不安とは違う、何とも言い難い気持ちが胸中を渦巻いた。

話し掛けても返る言葉は「ああ」「別に」「へえ」とどれも素っ気ないモノで、共に居ても、まるで独りそこに佇んでいる様な、曖昧さと儚さが胸を締め付けた。

一度だけ、桂さんや他の志士と体の関係があるのかと、根も葉もない噂が出回っていると言った時に 藤咲はそれを鼻で笑って、俺を睨み付けた。

けれどその笑った顔は、悲しみと後悔と憎しみと、ほんの少しの別の何かが入り混じった、複雑な顔だった…。

藤咲とはそれきり、遊撃剣士となって二年が過ぎるまで会う事は無かった…。

巴が小萩屋に来てから疎遠になった 藤咲と会うまでの数ヶ月、彼女に何があったのか…真実を知る事になったのは、俺が志士を抜ける間際に桂さんから教えられて、だった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ