短編〜中編

□日向の影
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「剣心…、少し相談したいことが…」

「すまぬ、薫殿に買い物を頼まれてる故、帰ってからでもいいでござるか?」

……薫さんに、か…。

「うぅん、大した事じゃないの…。ごめん、気にしないで。気を付けて行って来てね」

「ありがとう、行ってくるでござる」

笑って、大丈夫と手を振ると剣心もニコリと笑ってくれた。

相談…したかったんだけどなぁ…。

剣心を見送って、溜息を一つ。
ここに居候を始めて二ヶ月…。初めは薫さんも優しくて、弥彦も懐いてくれていた。

けど…、剣心と恋仲になってからは、耳を塞ぎたくなる程の言葉を浴びせられた。
「女の癖に維新志士なんて」「剣心を盗った」「後から来た癖に」「居候の分際で」「気が効かない」「邪魔」「鬱陶しい」「剣心は優しいから付き合っただけ」「そのうち飽きられる」「欲の捌け口として使ってるだけ」「人殺し」………それこそ、思い付く限りを…。
弥彦も、薫さんに何かを言われたのか…、私を良い目で見なくなった。

「あら、 りのさん…。何してるの?ぼーっとしてないで掃除くらいしてよ。本当、気が効かないんだから…」

「薫さん…、ごめんなさい。直ぐに…」

嫌な顔なんて出来ないからまた笑って、それでも俯いて、足早にその場を離れて道場の掃除を始めた。
刀しか握った事の無かった手は、冷たい水の所為かあかぎれて血が滲んでいる。
けど、薬を欲しいなんて言えないし、買いに行くにも勝手に家を出ると怒られる。
夜だけは皆が寝静まった頃に出られるけど、そんな時間にお店なんて開いてなくて…。

「……ッ、痛…」

水さえも沁みる痛みに顔を歪めて、それでも手を止めると何て言われるか分からないからそのまま床を拭く。

ガタリと戸が開いて振り返ると鍛錬に来たのか、弥彦が居た。咄嗟に笑みを張り付けた。

「弥彦…、ごめんね、もうすぐ終わるから」

「……さっさとしろよ…」

舌打ちと共に吐き出された言葉に、懐いてくれて居た頃の面影は無い。

「ごめん…」

急いで床を拭いて、道場を出る。
そのまま縁側の床を拭き始めた。

ずっと、刀を振るって来た…。剣心と一緒に。
東京で再会出来た時は嬉しかった。

今は、どうしてここに居るのかさえも分からない…。

人を斬って、それに対する恨み言なら嫌と言う程聞いてきた。
けど…、薫さんが言う様な事は今まで言われた事が無くて、それに耐えられない自分に、押し潰されてしまいそう…。

自分から何かを話す事も、意見を言う事も無くなった。
必ず後から薫さんに色々言われるから。
いつも笑って頷くだけ。

それが、正解なのかは分からないけど…。



夜、もう一度剣心に聞いて貰おうと思って声を掛けると、話は聞いてくれたけれど彼からの返答は、私の想像とは違っていた。

「薫殿が…?そんな事、薫殿がする筈ないでござるよ、 りのの思い過ごしではござらんか?」

「そ…う、かな…。そうだね、ごめん、変な事言って…」

「同じ家に居るんだし、拙者達は居候なんだから気を遣うかもしれんが思い込みも良くないでござる。余り薫殿を悪く言ってはいかんよ」

「うん…」
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