短編〜中編

□この瞳に映る景色は
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私の瞳〈め〉は、物心着いた頃から見えなくなった。

そうは言っても片目だけだから、きっと苦労はそこまで無いのだろう。
片目だけで見る世界は、時々疲れてしまうけれど、見える事に喜びを感じる。

世の中には、見えない方が良い事も、多いけれど…。




「大丈夫…じゃないよね。痛いよね。ごめんね、助けてあげられるだけの力がなくて…」



私の家は、所謂貧困層で。
明日食べるモノどころか、今食べるモノすら難しかった。
だから両親は、働き手として産んだ私を、


売った。






二十一の時だった。
売られた先はヤクザで、下働きとして働く事になった。
滅多な事では直接ヤクザの人達と関わる事はなくて、裏方で食事や部屋の掃除ばかりだった。

そんな中、一人の男の子が連れて来られて。母親の治療費にあてた借金を返す為だと、スリに失敗し、ボロボロになるまで殴られ蹴られ、放って置かれた所を見つけた私が、手当てした時に聞いた。

「あんたは、その瞳…ここの奴らにやられたのか?」

眼帯をした、左の目を指差した男の子に、その眼帯にそっと触れて首を振った。

「これは、昔から。先天性の異常で、弱視だったのだけれど、物心着いた頃には完全に見えなくなったの」

眼帯の下には、血の様に赤い瞳。
もう片方は、普通に黒い。
何の病気なのかも、解らなくて、医者にかかる程のお金も無かったし、両親には放っておかれた。
ただ、その赤い瞳を見ると、誰もが、両親すら気味悪がったから、いつしか隠す様になった。

「へえ…」

何と答えていいのか分からなかったのか、その男の子はそう言って黙ってしまった。

「早く、ここから出れるといいね」

仕事に戻るね、と言い残して、その場を後にしたけれど、それからもその男の子が傷付く度に手当てをして、私の分のご飯を食べさせた。

「あんた、名前は?」

何度めかの時に、聞かれた質問にキョトリとしたら、怒られた。

「名前!俺は東京府士族明神弥彦!!」

「私は、 藤咲 りのだよ。宜しくね、弥彦君」

ニコリと笑って男の子、弥彦君の手を取れば、顔を真っ赤にさせて、ぶっきらぼうに、オウ、とだけ答えた。

あれからどの位月日が経ったのか、毎日同じ事の繰り返ししかしない私には解らなかったけれど、不意に持ち上がった話に愕然とした。

幹部の人達の、慰み者になれと言う。
体中から血の気が引いて、カタカタ震える体に目の前が真っ白になって、立っている事が出来なかった。

結ばれるなら、好きになった人とが良かった。なんて、こんな場所にいる以上、夢物語でしか無いのかもしれないけれど、せめて始めて位、そう思わずにはいられなかった。
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