短編〜中編
□思い、想い、重い
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『人の過去になんて拘らない、流浪人のあなたに居て欲しい』
流れてから約十年、何処かで疲れていたのかもしれない。
その言葉に何となく、何気なく暫くはその場に居てもいいか、と思った。
運命の出会い、とでも言うのだろうか。
今思えばの話だが・・・
神谷道場に身を寄せて早数ヶ月。
道場の娘である神谷薫に想いを寄せられている事に気付いた。
周りの者も皆気付いていて、恋仲ではないのか、祝言は挙げないのか、と拙者を除いた場所で話が出てるのは知っているが、知らない振りをし続けている。
正直、
困る。
拙者には誰にも話していないだけで、想いを寄せる相手がいるからーーー・・・
「緋村さん!今日もお使いですか?ご苦労様です」
剣「 りの殿、こんにちはでござる。拙者はただの居候の身故、この位はせねば申し訳がたたないでござるよ」
「ふふ、こんにちはが先でしたね、すいません。居候だなんて…聞きましたよ?道場の娘さんと恋仲だって」
剣「!?……それは誰から…、いや、そもそも恋仲でも何でもござらんよ。家主と食客、それだけでござる」
「あら、そうなんですか?あたしったら…、すいません、勝手な事を。赤べこの妙さんが言っていたから、つい」
剣「妙殿にも困ったモノでござるな…」
苦笑いしか出てこない。
どうしてこうも勝手に解釈をするのか・・・
拙者が想いを寄せるのはこの女性、 りのだと言うのに。
近所でも評判の看板娘。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の様、を地で行く様な女子。
笑うとまるで華が咲いた様な芳香を漂わせ、それが自分に向けられれば堪らない、と言うのが近隣の男共の話。
顔を真っ赤にさせている輩を見るのはしょっ中だし、その度にさり気なく間に入っては邪魔をしてみるものの、 りのは全く気付いていない・・・
とほほ・・・
剣「 りの殿こそ、誰ぞ良い人でもいるのでは?」
「いやだ、私なんて誰も拾ってはくれませんよ。きっとそのうちお見合いでもして無難に結婚するんです」
カラカラと何でも無い事の様に言うが、こちらとしては気が気では無い。
お見合いも結婚も、待って欲しい。
剣「その… りの殿はどういった男性がいいでござるか?」
「そうですねえ…優しい人、ですかね。強い方にも憧れはしますが、あまり亭主関白な方は好かないのでやっぱり優しい人がいいです」
剣「優しい人、でござるか…」
「ええ、でも優しいだけの人はいないでしょうし、特に拘る訳ではありませんが。きっと好いてしまえばどんな人であっても関係ないです」
剣「………」
「ああ、お店に戻らなきゃ、それじゃあ緋村さん、また」
剣「あ、気を付けて帰るでござるよ。」
「はい、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げて去って行く後姿を見えなくなるまで見送って帰り道へと足を向ける。
以前結紐が切れた時に買いに行った小間物屋の看板娘。
選んでくれたのは藍色の結紐。
緋色の髪に合うと。
夕暮れの緋と迫る夜の藍。