偶然は必然に奇跡を起こす(仮完)

□懐包終夏焉
2ページ/5ページ

「ありがとう、頂くでござるよ。しかし良く拙者の好きなモノを覚えていたでござるなあ」

茶を一口啜ってかすていらに手を伸ばしながら何気なく言った一言に、りのは薄っすらと頬を赤らめた。

「そりゃ…、それくらいは…」

お…押し倒したい!!←

いやいや、可愛いでござる。なんとまあ分かりやすい事か。

そんな事を思いつつ一服が終わるとりのはまた土いじりに、拙者は取って来た薬草の乾燥を始めた。

途中、夕餉の準備に移ったりのに拙者も薬草を外から縁側に移し風呂の用意に取り掛かった。




その後夕餉と風呂を終えて縁側で涼んでいると再び盆を抱えたりのが顔を出した。

「けーんしん、少し呑みますか?」

悪戯っぽく笑ったりのを見上げて釣られる様に笑って頷くと隣に盆を置いたりのは拙者が手に取った猪口に酒を注ぐ。

「凄い虫の声…」

庭を眺めてりのがそう言うと、途端にリーリー、コロコロ、と鳴く虫の声が響いた気がして、そう言えばこうした些細な事を気にした事も無かったと思い至る。

「すっかり秋だねえ…」

寒いのが苦手だと言っていた割に、どこか嬉しそうなりのを不思議に思った。それが顔に出ていたのか、チラリと視線を拙者に向けたりのは笑顔のまま、また庭に視線を戻した。

「…明治に来て、もう半年以上経って…。こうやって一年、二年…この先何十年って、剣心と居られるのが嬉しいの。田舎に居たとはいっても私の住んでいた場所はここまで大自然じゃなかったから…」

東京にいた頃の約束、覚えてる?
そう言って虫達の声に耳を傾けるりのに拙者も同じ様に耳を傾けながら頷いた。

「覚えているよ」

春には花を、夏には星を、秋には月を、冬には雪を…。
些細な事でも二人で感じて、見て、触って、思い出を、二人の歴史を積み重ねていきたい…。

いつだったか、そんな話をした事があった。
今思えば夫婦になってくれと言っている様なモノだが、あの時はそこまで考えてはいなかった。
何処か現実味の無い夢物語の様な話だったが、今はそれを実感している。

隣にはりのが居て、春には花見をした。
夏には沢で涼取り、そして夏の終わりの今は虫達の声を聞いて酒を酌み交わし…。
この先そんな思い出が増えていくのだろうと思うと、子どもの様に今度は何があるのかと、わくわくというかどきどきというか…、胸が弾む。

けれど何が無くても、きっと隣にりのが居ればそれだけで…。

「りのもどうだ?」

猪口を渡して酒を注いでやれば、フワリと笑って呑み干した。

「お、良い飲みっぷりでござるな」

からかい混じりにそう言って酒を注ぎ足すと苦笑いしてそれを呑み干し拙者へと猪口を返した。

「あんまり呑んじゃうと酔ってしまうから」

酒は強くないと言うりのは猪口二杯でも顔を赤くしていて、暑そうに手で顔を扇ぐ。

その横顔が妙に色っぽくて、心臓が跳ねた。
湯上りの浴衣姿にほんのりと濡れた髪、上気した頬…。酒のせいか…、潤んだ瞳は情事の最中を思わせて、ズクリと下肢が疼くのに慌てて思考を別のモノに変えようとするが上手くいかない。

長い髪を全て横へ束ねているから白い項が覗いていて、緩く着付けられた浴衣の合わせからはくっきりと浮き出た鎖骨が動く度にチラチラと見えて、噛み付きたくなる…。

「…んしん…剣心っ?」

「おろ?どうしたでござる」

「どうしたはこっちの台詞!ぼーっとしちゃって…。疲れてるならそろそろ休もう」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ