短編〜中編

□擦れ違いの裏側
1ページ/17ページ

別に、恋人な訳でも無いし好きと言った事も言われた事も無い。
完全に拙者の片想いだって分かっている…。

それでも好きな人の行動や、言葉に一喜一憂して目が合えば恥かしくて思わず視線を反らす癖に、傍に居られるだけで舞い上がるほど嬉しい。

いつも目で追って…。

胸がきゅう、と苦しくなって…それでもまた目で追ってしまう。

弥彦や左之と話しているのを見るだけで、胸の奥に澱みの様に暗い影が広がるけれど振り向いて拙者に笑いかける りの殿にそれも直ぐに分散してしまう。

想いを伝え合った事は無くとも、 りの殿を見ていればその反応や言動に拙者と同じ気持ちでいてくれてるのだと分かる。

「剣心、最近はどう? りのにはもう言ったの?」

「いや…、それがまだ…」

「お互い想い合ってるんだし言葉にしなきゃダメよ! りのってちょっと思い込む所があるし、早目に伝えた方がいいわよ」

「そうでござるな…」

庭で洗濯物を干していると薫殿が来て りの殿の性格を見越して指南してくれる。
初めの頃こそ恥ずかしくてそう言った話をするのを躊躇ったが、薫殿は良き相談相手になってくれた。

洗濯物を干し終えて縁側にいる りの殿に近付くが考え事をしているのか気付いていない。

「諦めた方がいいよね…」

ボソッと呟いた声に首を傾げた。何を諦めるのか…。何か欲しいモノでもあったのだろうか。

「何を諦めるんでござるか、 りの殿」

背後から声を掛けると驚き振り返った りの殿は拙者がまだ庭に居ると思っていたのか、庭先と拙者を交互に二度見していた。

「剣心どこー?」

そこへ薫殿の拙者を呼ぶ声が響く。大方夕餉の買い物でもあるのだろう。

「縁側でござるよ、薫殿」

「ちょっといい?」

「今行くでござる!…良く分からぬが簡単に諦めては駄目でござるよ」

薫殿に返事を返すとニコリと笑って りの殿の傍を離れた。

「………簡単に諦められないから苦しいのに…酷い人…」

そう呟いた りの殿の声は聞こえずに…。
思えばこの時、この声が届いていれば…拙者が気付いていれば りの殿にあんな辛い思いをさせずに済んだのに…。

呼ばれた先で薫殿に案の定買い物を頼まれ町に出ると、頼まれた買い物の前に小間物屋に向かった。

気持ちを伝えるなら、何か一緒に贈り物でもと思ったからだ。
だが結局何をあげたらいいのかも分からず小間物屋を後にして買い物に戻る。

「後で薫殿にでも相談してみるか…」

「よ、剣心!買い物か?」

「左之…夕餉の分をな。左之は遊びの帰りでござるか」

町中であった左之は舎弟達と一緒で、明らかに遊びに行った帰りだ。

「おう、しかしこっちの方には八百屋とかねえだろ?どうしたんでェ」

「いや、 りの殿に何か贈り物をと思ったのでござるが結局何がいいのか分からず薫殿にでも相談しようかと…」

「なる程ねぃ、ま、嬢ちゃんなら りのの事良く分かってるしな!おっと、じゃーな剣心!」

途中舎弟達に呼ばれ左之は軽快な足取りで軽く手を挙げ仲間と共に雑踏に紛れて行く。
それを見送ると再び頼まれた買い物にと戻った。


.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ