銀魂
□膝枕
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焼けつくように太陽がまぶしく輝くその日、沖田は木陰のベンチで暑さをしのいでいた。
制服は腕まくりをしても通気が悪く、だるくて何もやる気が起きなかった。
ベンチといってもそこは、いつも神楽とケンカを繰り広げる公園のベンチではない。
公園ではなく目の前に広がるのは…黒い墓地だった。
「だりィ」
近くのあるお墓には、さっき活けられたばかりの新鮮な花が飾られていた。
亡き人の面影は、今も沖田の前で、
まるでシンキロウのように揺らめいていた。
姉貴、まだ若くできれいだったのに。
結局俺はなんにもしてあげれなかった。今だって…。
その幻影の前では、自分の行いが恥ずかしくなる時がある。
剣の腕はもとより立ったが、思えば姉のために真選組へ入ったのではなかったか。
目的を失った自分はどうすればいいのか。何のために生きているのか。
考えれば考えるほど、泥沼に足をとらえられてゆく。
「…暑くてかなわねぇや」
沖田はそっとつぶやいた。
「じゃあそのまま干からびろヨ」
「!?」
声のするほうに目をやると、赤いチャイナドレスの少女がいた。日差しに弱い彼女はしっかりと傘をさし、涼しげな様子だ。
「チャイナ娘、てめぇかウゼー」
「私のほうこそウゼー。また嫌なものを見てしまったネ。汗くさいネ」
「18歳の美青年の新鮮な汗だ。臭くはねェ」
「男の汗はみんな臭いネ。銀ちゃんだってよく臭うネ」
「はいはい。勝手に言ってろィ」
神楽はベンチに腰かけた。
「隣に座っていいって誰が言った?」
「歌舞伎町の女王神楽様に、誰も指図はできないネ」
「………」
もう返事するのもめんどくせェ。
どこか遠くから、セミのなき声が聞こえた。
神楽はそっと口を開いた。
「お前の姉貴、今日が命日なんだってナ」
「…誰から聞いたんでィ」
「ジミー」
「あいつか。余計なこと言いやがって。だから地味なんだよ」
「だから今日は、いつもの公園に来なかったアルカ?」
「ちがいまさァ。誰かさんと違って、真選組はそこまで暇じゃねぇんで。
…もしかして、来ないから心配して探しに来てくれたんですかィ?」
「勘違いするなヨ。酢こんぶ買おうと思って店まで歩いていたら、シケたツラしたお前がいただけアル」
「この道は遠回りだろィ」
「………」
ふたたび沈黙が続いた。神楽と二人でいて、こんなに静かでいることは今までなかった。
1人切りになりたかったけれど、こいつと黙ってこう過ごすのも悪くないな。
「…膝、貸してやるよ」
突然神楽はポツリと言い、自分の膝をポンポンたたいた。
沖田は耳を疑った。
「はっ?膝に座れって?」
「バカかお前は!膝に頭を乗せろって言ってるネ!こういう時にマミーが私によくそうしてくれたネ」
「…チャイナ、この暑さに頭をヤられたのかィ?」
「この神楽様がじきじきになぐさめてあげようとしているのに、断るアルか?」
「それがなぐさめるやつの態度かよ。それにガキじゃあるめぇし、そんな慰めなんざいらねぇ」
突然、神楽は沖田の顔をつかみ、自分の膝に強く押し付けた。
「いでででで!顔つぶれる!怪力ムスメに顔つぶされる!」
「腹立つネ!!」
「?」
「いつまでもジメジメした顔するなヨ!サドの姉貴はいい人間のまま、みんなに泣かれて亡くなったんだろ?
お前の姉貴はきっと幸せだったネ!だから生きてるお前が死人みたいな顔してると腹立つアル!」
そして、言いにくそうにこうつけたした。
「…うちのバカ兄貴なんて、まだ生きてるけど、死んでも泣いてくれる人なんていないネ!」
神楽は顔をそむけたので、沖田の位置からでは、どんな表情をしているのかわからなかった。
「じゃあお前は、兄貴が死んでも泣かないのか?」
「…兄貴のために流した涙は、兄貴が出て行ったその日のうちに枯れたアル」
ハッと沖田は神楽の顔を見つめた。神楽の兄の話は風のうわさで聞いていた。
実の父親を半殺しにして出て行ったという、残酷なうわさを…。
「私のバカ兄貴はあの日に死んだアル」
そういうと、沖田にニコッと笑って見せた。
沖田は何も言いかえせなかった。ただ神楽の透き通るような青い瞳に魅入ると、目をそらし、だるそうに顔を膝にうめた。
神楽の膝からは、温もりと、あふれるほどの生命力が伝わってくるように思えた。
それが自分の中の、凍りついていた何かを溶かしているようだ。
ほっせー足。
神楽はわずかな振動を膝に感じた。
「…お前、泣いているのカ」
二人の姿を物陰から見守っていた人物がいた。
「!!」
二人の姿に一瞬、過去の自分たちの姿が重なったような気がした。
それは夏の暑さが見せた幻か。
「あっついなオイ」
マヨネーズ型のライターでタバコに火をつけ一服し、ため息のように長く煙をはいた。
彼の胸ポケットには、
捧げられるのを待っているクローバーが揺れていた。
次の日、感謝の意味を込めて神楽をデートに誘い、ストーカーのようにこっそりついて回った銀時が、いつの間にか仲良くなった2人に首をかしげたのは、また別の話。