バザール2

□雨の匂い、君の香り
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それはつい昨日の事。
雨は午後から本格的に降りだした。
空の様子を眺めながら、僕は諦めて傘を広げる。とても止みそうにない。
「岬、方向一緒だろ。入れてくれ。」
歩きだしたところで下駄箱から声をかけられ、若林くんが飛び出してきた。
僕の傘の中に入ってきて、助かったぜと言って笑った。
こんな梅雨時なのに若林くんが傘を持ってないなんて、ちょっと意外。
たわいもない話をしながら一つの傘で一緒に帰る。
小学生の時に僕はこの町に引っ越してきた。
若林くんとは家が近く、小学生からの付き合い。ただ同じクラスになったのは中二になった今回が初めてだ。
最近、急に若林くんの身長が伸び出した。僕は普段よりも少し高い位置に傘を掲げている。
不意に右目に痛みを感じて片目を瞑る。思わず立ち止まってしまったので、若林くんが怪訝そうに僕を見た。
「どうした?」
「…ちょっと、目にゴミが入ったみたい。」
あいにく鞄と傘で両手が塞がっているから、目を擦る事もできない。
「見せてみろ?」
通行の邪魔にならないように歩道の端の方に寄って、じっと若林くんを見上げた。若林くんの指が頬に触れ、真剣な顔がどこまでも近付いてくる。
傘に当たる雨の音がやけに耳に響いた。
「………」
「…何か、入ってる?」
至近距離にある若林くんの顔を見つめた。
いつの間にこんなに大人っぽい顔になったんだろう。
あれ、おかしいな。急にドキドキしてきた。
「…いや。まだ、痛いか?」
心配そうな表情。
瞬きをした。微かな痛み。
「あ、これか睫毛。…岬、目を閉じて?」
静かで落ち着いた優しい声。
見つめあってるこの状況から早く逃れたくて、僕は上向いたまま、言われた通り目を閉じる。
若林くんの指が僕の顔の上を移動する。
「動くなよ?…じっとして。」
心臓の音が雨音よりも煩く響く。若林くんに聞こえてるんじゃないだろうか。
暗闇の中、そのまま動けない事が、更に緊張を煽る。
「…っ」
「取れたぜ。どうだ?」
慌てて瞬きをする。痛みはない。
「…うん。…ありがとう。あの、今」
「ん?」
唇に。
「…ううん。何でも、ない。」
…何かが触れた。


僕は昨日の出来事を思い出して、落ち着かなくなる。
目を閉じる時に、まるでキスをされるみたいだと変な事を考えたから、過剰に反応してしまったんだ。
だって、あの後の帰り道も今朝も、若林くんは何も変わらなかった。
あの落書きを見て、若林くんは怒っていた。
当然だと思う。
自分が恥ずかしくなった。
あの落書きを見て、僕はどうしてあんなにドキドキしてしまったんだろう。
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